社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

第29話 結婚してくれたら①

信一郎さんに、資料を貰ったお父さんは、夕食後もそれを見つめていた。
「お父さん、そんなに難しい話なの?」
私は、その資料を見せて貰った。

普通に援助するってだけ、書いてあると思うんだけど。
「簡単過ぎて、信頼できねえ。」
「ん?どういう事?」
「金だけ出すって、何か裏があるんじゃねえのか?」
「……見返りを求められた方がいいって事?」
「当たり前よ。仕事はギブアンドテイクだからな。」

そうか。お父さん、信一郎さんの優しさだけじゃ、納得できないんだね。
「私、信一郎さんに話してみるよ。」
「ああ。」
私はスマホを持って、縁側に出た。

『はい、信一郎です。』
「信一郎さん、さっきの業務提携の話なんだけど。」
『ああ。お父さん、納得してくれた?』
柔らかい声。
本当は仕事の話なんて、したくない。

「お父さん、お金だけ出して貰うだけじゃ、信頼できないんだって。」
『えっ?もっと何か欲しいって事?』
「違うよ。」
言葉って、難しいなって思った。
「信一郎さんの方に見返りがないのは、おかしいんじゃないかって。」
『俺達の方に?』
信一郎さんは、困っている感じがした。
『そんなの初めて聞いた。他の人は、融資だけを望んでいたのに。』

その時、自分のお父さんが、誇らしく思えた。
両方得する関係。
お父さんは、それを望んでいるのだ。
『もう一度、考え直すよ。』
「分かった。」
私は電話を切った。

「信一郎さん、考え直すって。」
「おう、よかった。」
居間にデンと構えて座っているお父さん。
何だか、今までと違う見え方をした。
「信一郎さん、驚いてたよ。」
「何をだ?」
「今までの人は、お金さえ出せばそれでよかったのにって。」
「はっ!そう言う奴らは、簡単に人を裏切るさ。」

お父さん、情に厚いんだね。
「いい取引先になるといいね。」
「そうだな。」
私は、お父さんが誇らしく思えた。

しばらくして、信一郎さんがまた工場にやってきた。
「やあ。」
信一郎さんが、家に来るなんて、ちょっと嬉しい。
「お父さん、いる?」
「うん。工場にいるよ。入ってみる?」
「うん。邪魔でなければ。」
信一郎さん、嫌がる気配もない。
やっぱり、この人を選んでよかった。

そして私は、信一郎さんを工場に連れて来た。
「お父さん、信一郎さんが来たよ。」
「おう。」
お父さんは、仕事の手を止めると、信一郎さんと私の元に来てくれた。
「すまんね。こんなむさ苦しいところに。」
「いえ。俺、こういう場所、実は好きなんですよ。」
そう言ってくれる信一郎さんが、たまらなく好きだ。

「今日は、修正案をお持ちしました。」
「ああ、じゃあこっちに来て貰おうか。」
お父さんは、信一郎さんを奥のテーブルと椅子がある場所に、移動させた。
もちろん、私も付いて行く。

「修正案と言うのは?」
「はい。こちらです。」
信一郎さんは、バインダーに閉じてある書類を、お父さんに渡した。
「随分、厚いんだな。」
「はい。いくつか案を持って来ております。」

お父さんは、全ての書類に目を通した。
そして、最終ページを見終わった後、うんと頷いた。
「どれも、素晴らしい案だった。」
「本当ですか。よかった。」
信一郎さん、ほっとしている。
よかった。お父さんが気に入ってくれて。

「その中でも、日本一の絹糸を使ったタオル。これが、特に素晴らしいと思った。」
「はい。こちらの絹糸は、コンテストでも優勝した程の実力があります。」
「そうか。俺は一度、絹糸を使ってタオルを作ってみたかったんだ。」
「では、こちらの案で行きましょう。融資は任せて下さい。」
そして、お父さんと信一郎さんが、立ち上がって握手をした。
「よかったね、お父さん。」
「ああ。信一郎君のおかげだ。」
お父さんも、信一郎さんの事、気に入ったみたい。

「では、早速先方に話をつけます。」
「お願いするよ、信一郎君。」
信一郎さんは、頭を下げてお父さんの元から離れた。

「もう、行っちゃうの?」
私も信一郎さんに、ついて行った。
「礼奈と少しゆっくりしたいけれど、仕事は、スピードが大切だからね。」
「そっか。」
又会えたと思ったのに、もう帰っちゃうのか。

「礼奈。」
信一郎さんは、工場を出たところで、私を抱き寄せた。
「今度ゆっくり会えるように、時間取るよ。」
「うん。」
この時間が、すごく好き。
信一郎さんに、包まれているような気がして。

「今日は、本当に有難う。」
私からも信一郎さんにお礼を言う。
「お父さんにも、気に入って貰ったし。よかったよ。」
「うん。」
信一郎さんが笑顔になると、何故か切なくなった。
「信一郎さん。本当に、本当に有難う。」
「礼奈……」


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