社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

第22話 本当の名前は②

「ええっとー……」
まさか、彼氏の家に泊まって来たなんて言えない。
そして、お母さんも姿を現した。
「お父さん、野暮な事聞くんじゃありませんよ。」
「野暮な事 まさか、男か 」
だから察して欲しい、お父さん。

「いつからだ いつから付き合っている 」
「ああ、もう!会社に遅れるから!」
急いで階段を登り、今日の服に着替えた。
そして駆け足で、階段を降りる。

「おい、礼奈!質問に答えろ!」
「おいおい教えるから!」
そう言って私は、玄関のドアを閉めた。
はぁー、やっぱり父親は、ああいう態度になるよね。

急いで門を出て、会社に向かった。
電車もギリギリで間に合った。
「おはよう、森井さん。」
「おはようございますぅ。」

下沢さんの隣の席に、滑り込むようにして座った。
「なんか森井さん、朝から疲れているね。」
「ははは……」
本当にその通りだ。
でも、会社に遅刻しないで、よかった。

そんな事を思っていると、下沢さんが大きな段ボールを持って、私の席に来た。
「どうしたんですか?その段ボール。」
「今日の仕事。大会議室で、会議の用意。」
「えっ そんなのあるんですか 」

大会議室って言うと、社長室があるフロアだ。
「そう。社長を交えての会議だから、抜かりなくね。」
それを聞いたら、身体が震えてきた。
もし、万が一。
信一郎さんに、会ってしまったら。

「森井さん?大丈夫?」
「えっ?」
「いや、顔色悪いから。」
下沢さんの心配を他所に、私は震える身体を何とかしようと、自分の身体を抱きしめた。
「じゃあ、行こうか。」
「はい。」
私も小道具を持って、下沢さんと一緒に、エレベーターに乗った。

「会議、何時からですか?」
「10時。それまでには、準備できてないと。」
「はい。」
残り1時間もない。
急いで準備しないと、信一郎さんに見つかってしまう。

「私達、会議に出席する訳じゃないですよね。」
「当たり前でしょ。」
「すみません。」
それを聞いて、ほっと一安心。
要するに、さっさと準備を終わらせ、信一郎さんが来る前に、大会議室から出ればセーフだ。

私と下沢さんは、大会議室に入ると、段ボールの中に入っていた資料とお茶を、急いで置いて行った。
「なんか、森井さん。張り切ってるね。」
「はい。私、こういうの得意なんです。」
次々と置いて行くスピードに、下沢さんも感心している。
「と言う事は、森井さん。事務職に向いてるのかもね。」
「有難うございます!」
頭を下げる余裕もなくて、私は次々と資料とお茶を置いた。

「はい、終わり!」
下沢さんが、終了のコールをした。
時間を見ると、残り25分を切っている。
やったあ!
私は密かにガッツポーズをした。

「ええっと、後は……」
下沢さんが、最終チェックに入る。
「あっ!ペン忘れて来た。」
「ペン ペンも用意するんですか 」
それぐらい自分で、持ってくるでしょ 

「一応ね。しかも、事務室から持って来てないや。俺持ってくるから。森井さん、ここで待ってて。」
「えっ!下沢さん?」
「直ぐに持ってくるから。」
そう言って下沢さんは、大会議室を出て行ってしまった。

ウソ!間に合うの 
少なくても10分前、ううん15分前には出なきゃいけないのに!
早く、早く来て!下沢さん!
ああ、願うだけってこうもイライラするものだった?
時計の針が、やけに早く進んでいるような気がした。

その時だ。
5,6人の人が、大会議室に入って来た。
「生田部長。今日の会議、暇ですね。」
「大した議題もない。社長のパフォーマンスだよ。」
部長達。こんなにいるなんて、大きな会社なんだ。

「ところで。社長の結婚が間近という噂を聞いたんですが。」
「あの社長も、ようやく身の納め時か。」
私は背中越しに聞いているけれど、何となく分かる。
信一郎さんの事、よく思ってないんだって。

「しかし、御曹司って言うのは、こうも簡単に社長の座が来る訳だ。」
「我々がどんなに頑張っても、やって来ないですからね。」
どうしてあんな人達が、信一郎さんの周りにいるの?
私は、ふとその人達の方を見た。
しかも運悪く、その内の一人と目が合ってしまった。

「何だ?どこの部署の奴だ?」
あまりの口の悪さに、物凄く引いてしまった。
「失礼な奴だな!どこの部署かと聞いてるんだ!」
その人が立ち上がった瞬間、私は目を瞑った。

「どこの部署かなんて、関係ないだろ。」
聞き慣れた声に、思わず目を開けた。
まさか!
「ん?君は……芹香?芹香じゃないか。」
部長から庇ってくれた人が、信一郎さんだなんて!

私は、一歩後ろに下がった。
その時、大会議室のドアが開き、下沢さんが入って来た。
「森井さん、ごめん。遅くなって。」
「えっ?森井さん?」
信一郎さんは、私の社員証を見ると、目を丸くした。
「森井……礼奈?どういう事だ?君は、森井礼奈なのか?」
その瞬間、目の前が暗くなった。


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