社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

第16話 痛む胸②

「そんなに、父が気になりますか?」
「気になるね。大切なお嬢さんを俺のモノにするのだから。」
信一郎さんは、真剣に話す。
真面目なんだね。
それだけ、芹香との付き合いが、重要なんだね。

「分かってくれ。芹香は、俺にとって大事な宝物なんだよ。」
「うん。」
そこまで大切にしてくれるなんて、信一郎さんは優しい。
でも、私には秘密がある。

「ねえ、信一郎さん。私ね、信一郎さんにお話があるの。」
「何?」
「座って聞いてくれる?」
「ああ。」
そして私達は、ソファーに座った。
「話って?」
「あのね。私の事なんだけど。」
「芹香の事?」
私はうつむいた。
もう芹香だと思われるのも、限界。

そして信一郎さんは、私が芹香じゃないと知ると、別れる決心をするんだ。
そうに決まっている。
そう思うと、涙が出てきた。

「もしかして、別れるとか言わないよな。」
うんとも、ううんとも言えない。
「それは、信一郎さんが、決める事で……」
「俺は、別れないよ。」
私の目からは、ボロボロ涙が零れる。
「結婚するって、言ったろ。」
信一郎さんは、私の側にくると、強く抱きしめてくれた。

「もう、この話はなし。いいね。」
「うん。」
結局、何も言えなかった。
信一郎さんと別れるかもしれないと思うと、何も言えなかった。
芹香、ごめん。

「さあ、美味しい物を食べに行こう。」
私は涙を拭いた。
「ここの料理は、最高だよ。」
「うん、楽しみ。」
私は信一郎さんに、笑顔を見せた。
そして私達は、部屋を出てエレベーターに乗り、レストランへ向かった。
「とてもお洒落ね。」
「だろ?ここが俺の一押しなんだよ。」

その時だった。
「黒崎。」
振り返ると、信一郎さんに手を挙げている人がいた。
「ああ、三崎じゃないか。」
信一郎さんとその人は、知り合いみたいで、近づいて話をし始めた。
「仕事は上手くいってるか。」
「そこそこな。」
「また、コラボできる事を祈っているよ。」
「ああ。」
仕事のパートナーでもあるのね。
そして、三崎さんと目が合った。

「ところで、可愛い子を連れているじゃないか。」
「ああ、今真剣にお付き合いしている方なんだ。」
すると三崎さんは、私に向かって頭を下げた。
私も頭を下げる。
「どこで知り合ったんだよ。」
「お見合い。おまえも知ってるだろう。沢井社長の娘さん。」
私は、ハッとした。
この人、芹香を知っている。

「へえ。沢井薬品のお嬢さん、こんなにお淑やかな感じだったかな。」
ヤバい。バレる。
私は、いつの間にか信一郎さんの腕を掴んでいた。
「そうか。あの元気のいいお嬢さんを、大人しくさせたのは黒崎の魅力か。」
「えっ?」
「じゃあ、せいぜい振られないように、頑張るんだな。」
そう言って黒崎さんは、行ってしまった。

間一髪だった。
でも、確実にあの三崎さんって人は、芹香を知っている。

「三崎さんって方、信一郎さんの友人?」
「大学の同級生だよ。この前、一緒に仕事をしたんだ。どうして?」
「あの方、私の事誤解しているみたい。」
「ああ、元気のいいお嬢さんだって言ってたもんな。」
良かった。
信一郎さんは、私の事を疑っていないみたい。

「行きましょう。」
そして私達は、レストランに入ると、コース料理を食べた。
「美味しいか?芹香。」
私は、ゆっくりと頷いた。

レストランから帰って来て、私達は玄関で熱いキスを交わした。
「芹香。我慢できないよ。」
「私も。」
そう答えると、信一郎さんは私を抱きかかえて、ベッドに横にした。

「芹香。これからは、俺だけだと誓ってくれ。」
「信一郎さん……」
私はこれからも、信一郎さんと会える?
別れないと言った、あの言葉を信じていいの?
「結婚しよう、芹香。」
私を見降ろして、首筋にキスをする信一郎さん。
「あぁ……」
それだけで、身体が敏感になってしまう。

「これからは、ずっと一緒だよ。芹香。」
「うん。」
これが本当に、私に向けられた言葉だったら。
”礼奈”って呼んでくれたら。
胸が痛い。

「芹香、愛している。」
「私も、信一郎さん。」
私達は、一つに繋がって、愛を確かめ合った。

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