社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

第7話 二人の間の壁①

今日は久しぶりに、芹香がお茶しない?と言って来た。
「たまに家から出ないと、息つまるんだよね。」
お嬢様の身分で、25歳で仕事をしていない芹香。
どうせ嫁に行くのだから、仕事なんかしなくてもいいと親御さんに言われているらしい。
でも、実家にいると息がつまるのは、分かる気がする。

「そうだ。どうだった?お見合い。」
「えっ……ああ、お見合いね。」
「ちょっと、まだ2週間前の話だよ?忘れたの?」
芹香は、お見合いを断って欲しいと言っていた。
それは芹香にとって、大した相手じゃなかったって事?

「うん、ちゃんと断ったよ。」
お見合いの日、二人共お互いを気に入って、その一週間後に美術館デートした事は内緒だ。
「有難う。面倒な事頼んで、ごめんね。」
「ううん。こちらこそ、いつもお世話になっているから。」
そう。私達は友人だけど、持ちつ持たれつの関係。

「ところで、どんな人だった?」
「えっ?相手の人に、興味あるの?芹香。」
意外だった。信一郎さんの写真も見てないと言っていたのに。
「後から考えたら、どんな人か分からないのに断るって、後味悪いなぁって。」

「そっか。そうだよね。」
今更芹香に、興味を持たれても困る。
私は間違った情報を、与える事にした。

「うーん……ちょっと小太りだったかな。」
「ええ?御曹司なのに?やばいじゃん、それ。」
「後は、やっぱり我儘だったかな。」
「そっか。会わなくてよかったかな。」
「うん。よかったと思うよ。」
芹香は笑っていたけれど、こんな感じかな。

「ねえ、礼奈。ちょっとはときめかなかったの?」
「えっ!」
ドキッとした。
信一郎さんにドキドキしたのは、本当の事だったから。

「どうして?」
「だって御曹司だよ?上手く行けば玉の輿じゃん。」
芹香は、期待の眼で見ていた。
「うん、少しは期待したかな。」
私は誤魔化すように、ジュースを飲んだ。

「期待外れって事か。」
「そうだね。」
素敵な人だったって、バレたくない。
「そっか。写真まだあるかな。見ておくかな。」
「えっ 」
芹香の発言に、不安が過る。
「まだ、信一郎さんの写真、持ってるの?」
「信一郎さんって言うんだ。名前も知らなかった。うん、あると思う。」

どうしよう。芹香が信一郎さんの写真を見て、素敵な人だって思ったら。
「……見るの?」
「だって、小太りの我儘オジサンなんて、興味あるじゃん。」
「芹香。どういう趣味してるの?」

芹香から興味を遠ざけようとして、却って興味を引くだなんて。
「そうだ。スマホに送って貰おう。」
「待って!」
私は芹香の行動を止めた。
「……もう断った人なんだから、どうでもいいじゃない。」
「それもそうか。」

芹香はスマホを、テーブルの上に置いた。
間一髪ってやつだった。
すると芹香が、話題を変えた。
「ところで最近。礼奈、綺麗になったんじゃない?」
「えっ?」
思わず頬に手を当ててしまった。

「久しぶりに会ったけれど、びっくりしたよ。」
「そ、そうかな。」
女は恋をすると、綺麗になるって言うけれど、本当なのかな。
「何?好きな人でもできた?」
私は返事をせずに、ジュースを飲んだ。

「教えてよ。礼奈。」
「芹香だって、好きな人いるけど、教えてくれないじゃん。」
「教えるよ、礼奈だったら。」
「じゃあ、どんな人?」

芹香は頬杖をついて、楽しそうに考えている。
「これ、言っていいのかな。宅配便してる人なんだ。」
「えっ?一般の人?」
「何それ。私が好きになるのに、そういう身分とか、関係ないでしょ。」

芹香はちょっと不機嫌になった。
「ごめん。でも、もっとお金持ちの人を選ぶと思っていたから。」
確かにそれは、勝手な私の思い込みなのかもしれない。
「きっかけは?」
「宅配便届けに来て、たまたま私が出て、意気投合してって感じ?」

「付き合うの?」
「ふふふ。たぶん。」
芹香は嬉しそうだ。
人の幸せそうな笑顔を見ると、自分も幸せに感じるのは、どうしてなんだろう。

「早く告白しちゃいなよ。」
私は芹香を突っついた。
「ええ?私から言うの?そう言うのは、男の人から言うんじゃないの?」
「今は、そう言うの男とか女とか、関係ないよ。」
芹香が告白するだなんて、想像つかないけれど、本人が好きなんだから仕方ない。

「ちょっと、私の話ばかりじゃなくて、礼奈の話も聞かせてよ。」
「私?私はね。」
釣られて言おうとして、ハッとした。
「どうしたの?」
「……ううん。普通の人だよ。」
「普通じゃ、分かんないじゃん。何の仕事している人なの?」
私の頭の中に、信一郎さんの顔が浮かんだ。

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