社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

第6話 ご令嬢②

「そ、そう?」
お母さんがニヤニヤしている。
「デート?」
「違うよ。芹香と出かけるの。」
ウソを言って、バクバクしている。

「それにしては、女の子らしい恰好じゃない。」
「たまにはね。」
「ふーん。」
お母さんのニヤニヤは、まだ続く。
「まあ、いいんじゃない?女の子なんだから。」
「そうだよね。」

あっさりとデートだとバレて、ドキドキしているけれど、今は誤魔化すしかない。
「楽しんできなさい。」
「だから、デートじゃないってば。」
「あら、お母さん。デートって言ってないわよ。」
これだから、お母さんには敵わない。

「行って来ます。」
「気を付けてね。」
ちょっと照れながら道路に出て、歩きながら待ち合わせの美術館に向かう。
「あーあ。帰ったら絶対、今日の事聞かれるな。」
ぽつり呟きながら、駅まで急いで歩いた。

電車で10分の場所に、美術館はあった。
「芹香さん。」
声のする方を見ると、信一郎さんが近づいて来た。
「信一郎さん……えっ、美術館で待ち合わせじゃ。」
「待てなくて、来てしまいました。」
信一郎さんは、私を見てニコッと笑う。

「と言うのは嘘で。芹香さんに一秒でも早く会いたくて。」
胸がキュンとなった。
「そうですか。」
カバンを持つ手が、恥ずかしがっている。

「行きましょう。」
「はい。」
駅から二人で美術館に向かい、私達は受付の前に立った。
「こちらのチケットで。」
受付の女性が、信一郎さんが出したチケットを見ると、途端に騒ぎ始めた。

「どうぞ。お楽しみ下さい。」
「ありがとう。」
お金を払うことなく、私達は常設展示場へと向かっている。
「お金払わなくて、よかったの?」
「前売り券だからね。」

「でも、受付の人達驚いてましたよ。」
「ああ、特別なチケットだったからね。」
「特別?」
そして常設展に着いて、信一郎さんはもう一度チケットを出した。

「この美術館にはね、僕の家が資金を1/3援助しているんだ。」
「えっ……」
私はそこで立ち止まってしまった。
「そのお礼として、毎年無料のチケットが送られてくるんだ。」
「……凄いですね。」

入り口から見える、高そうな絵画達。
それが、信一郎さんの家が寄付したお金で、買われているだなんて。
世の中には、そんな美術品とか、工芸品を惜しげもなく買える人達がいるのだ。

「芹香さん、行きましょう。」
「あっ、はい。」
もう芹香の名前で、信一郎さんに呼ばれるのにも慣れた。

常設展に入って、見える世界は広がった。
たくさんの素晴らしい絵。
一つ一つ、新しい世界に連れて行ってくれる。

「どうです?」
信一郎さんは、私の顔を覗き込んだ。
「ええ。どれも素晴らしいモノばかりで、楽しいです。」
「それはよかった。」

ふと信一郎さんの横顔を見た。
美術館にお金を寄付しているだなんて、彼の家は本当にお金持ちなんだ。
それこそ芹香の家と同等。
ううん、それ以上の家なのかもしれない。

「どうしました?芹香さん。」
「いえ、何でも。」
私が次の絵に行くと、信一郎さんが付いてきた。
「僕は何でも話してくれた方がいいなぁ。」
信一郎さんを見ると、真剣な目をまた見る事になった。

「……信一郎さんの家の事です。」
「僕の家が何だって?」
「お金持ちで、羨ましいなぁって。」
すると信一郎さんは、クスッと笑った。
「芹香さんの家も、資産家じゃないですか。」

私の胸に、グサッと何かが刺さった。
「私の……家も……」
「ええ。沢井薬品の社長と言えば、日本有数の資産家ですよ。」

あまりにも、私の家と違う芹香の家。
そして私は、そんな資産家のご令嬢として、信一郎さんに見られているんだ。

「信一郎さん……」
「はい。」
「私、そんな家のお嬢様に見えています?」
作り笑いをした私を、きっと芹香は笑い飛ばすと思う。

”私はそんなの、気にした事ないわよ!”
芹香なら、きっとそんな事を言うだろう。
でも、私は違う。

「そんなに追い詰められてような顔をして。」
「えっ?」
「芹香さんは芹香さんじゃないですか。沢井の家に縛られる事なんてないですよ。」
私の悩みが、一瞬にして吹き飛んでしまった。
「ありがとう、ございます。」

軽く頭を下げると、信一郎さんの手があった。
デートなのに手も繋がないなんて、寂しいと思った。


コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品