生きてもらいます

青い空、白い雲、こんなにいい天気だというのに、私の同僚は背中に黒い影を背負い、屋上のフェンスに手をかけて、自殺しようとしていた。

「相澤...何をしてるのよ」

「何って、死のうと思って」

普通に答えた相澤に私は駆け寄った。

「近寄らないでください」

「ダメよ！死ぬなんてそんなことで死ぬなんて！！」

「そんなこと！？」

相澤は、こんな大声出せたの？というくらい大きな声で叫んだ。

「ボクにとっては死ぬほの恥ずかしいことなんですよ。ボクなんかがモテるわけなかったのに、なんか勘違いしちゃってノコノコついて行ったら案の定。嘘でしたって、からかっただけだって、あの人達の手の中でボクは踊らされていただけだったんですよ...！はぁ、死にたい。生きているのが恥ずかしい。ボクは、愚かで間抜けで生きているだけで恥をかいているような生物なんだ...」

「あんたは悪くないじゃないの！あの女の先輩達が悪いんじゃない！」

「ボクはそんな風には考えられない...」

「何でよ！あんた、会社は憎むくせにあんたにひどいことしたあの女達は憎まないわけ？」

「憎い...か、そうだね。でも、ボクが戒めを忘れてしまったのが悪いんだ。ボクみたいなやつがあんな美人で陽キャは女の先輩達に構ってもらえるわけがないということを本当はわかっていたはずだったのに、いつしか自惚れてしまっていた。愚かだった、全くボクは愚かだった」

「しっかりなさいよ相澤！」

「恥ずかしい、死んでしまいたい。恥ずかしくて死んでしまいたい...」

ダメだわ、何を言っても通用しない。
相澤の耳に私の声は届かないの？

「相澤さん」

さっきまで黙って話を聞いてきた理沙が前に出てきた。

「理沙！？」

「灰子ちゃんの言う通りですよ。そんなことくらいで死ぬなんで、馬鹿みたいです」

理沙は、どんどん相澤に近づいていく。

「来ないでください...」

「どうせ本当はそれくらいで死にたいなんて思っていないのでしょう。元々死にたいと思っていたのに、理由ができた、くらいなんでしょう」

「.....」

「相澤さん、自分なんか自分なんかって過去の私を見ているみたいです」

「...松下さんは、なんでボクとそんなに関わってないのに、そんな事が言えるんですか」

「相澤さんには、助けを求められる人がいるじゃない。灰子ちゃんに助けを求めたけど、助けてくれなかったって。私にはそんな人さえいなかったよ。それなのに、そんなことで死ぬなんて、おかしいって思ったの」

「そんなことそんなことって...でも間違ってはないですよ。ボクは就職に失敗しました。ここもそうですが、ボクのところも結構なブラック企業。しかもあなた達と違って新入社員は一人だけ。期待や教えられることは全部ボクに叩き込まれるんですよ。あなたはそんな事わからないでしょうけどね」

「ブラック企業？私のところもそうだよ。週一日でも休みがあるんだからいいじゃない。上司からセクハラはされた？女の先輩からパシリにされたりは？期待されるのは一人なんだから仕方ないでしょう。私は、就職する前から不幸だったよいじめられて、使われて、助けてもらえると思ったら嘘で、嫌々セクハラだってされた。でも死ななかった、君はそんな事で死ぬんじゃないよね？私より酷いことをされて、元々死のうとしてたんだよね？」

理沙は、相澤の胸ぐらを掴んで顔と顔がくっつくくらいに問い詰めた。

「ひ、ひぃ」

「理沙！ストップ！やめなさい！」

私が理沙の腕を掴んで止めると、理沙はどさりと尻餅をついた相澤を見下ろして、

「もう、死ぬとか言って灰子ちゃんを困らせないでくださいね」

その目は冷たい目だった。
私がぞっとするくらいに。

「さ、灰子ちゃんもう行かないと！」

理沙はニコッと微笑んで私の腕を掴むと、オフィスへと戻った。

戻りがあまりにも遅かった為、私と理沙と相澤はとっても怒られた。
あの一件相澤は私と理沙がいるところを見ると、ヒィッと声を上げて総司や八木杉の後ろに隠れるようになった。

でも、最後。
仕事終わりに、相澤は私の元にきて、

「溝沼さん、今日まで本当にお世話になりました」

「いいわよ」

「ボクは、溝沼さんとお花見の場所取りで隣になれてよかったって思ってますよ」

「私もよ」

「ま、松下さんが怖いのでボクはもう行きますね」

「う、うん...」

私の手にしがみついて理沙はじっと相澤を見つめていた。

「あ、そうだ、松下さん」

「.....」

「松下さんのお陰で仕事頑張ろうと思いました。頑張ります」

「そうですか」

またいつか会いたいわね相澤。

「元気でやりなさいよ！相澤！」

「そんな、一生の別れってわけじゃないんだから」

八木杉が私の隣で苦笑していた。

「え？なにいってんの？」

「え？ライン交換したんだよ。グループも作ったよ」

「なにそれ」

「え？溝沼さん、携帯持ってないの？」

「けーたい？」