【短編】【完結】もっとも苦手な彼と一夜を共にしたならば
5
「いえ。
あなたにはあなたの事情があるでしょうし」
神園さんはにっこりと笑ったが、それは元彼を完全に拒絶している。
「そうだ、僕だって好きで浮気していたわけじゃなく、仕方なく……!」
けれど神園さんの真意に気づかず、元彼は同意が得られたとばかりに急に生き生きとしだした。
「僕は別にあの女なんて好きじゃないが、でも僕しか頼る人がいないとか言うから……」
続いていく元彼の言い訳を、冷めた頭で聞いていた。
私が好きだった人は、こんな最低な人間だったんだ。
彼が父親だなんて、生まれてくる子供が可哀想になってくる。
「だから、自分は他の女と結婚しようと、咲希は自分のものだと?」
「へ?」
神園さんの指摘で、蕩々と語っていた元彼が止まる。
「僕は別に、そんなこと」
考えを当てられたのか、元彼の視線は忙しなくあちこちを向き定まらない。
「先程、咲希に、『浮気しているのか』と言いましたよね?
『浮気していたのか』ではなく。
それって、そういう意味じゃないんですか?」
神園さんに言われて、初めて気づいた。
もう、元彼との関係は終わっているのだから、浮気していたと過去形なのが当たり前だ。
でも、浮気しているとは、まだ私は元彼と現在進行形で付き合っていなければ成立しない。
「ああもうっ、うるさいな!
そんな女、くれてやる!
これでいいんだろっ!」
屈辱で顔を真っ赤に染め、元彼が勢いよく立ち上がる。
「じゃあな、ビッチ」
捨て台詞を吐き、元彼は去っていった。
「ビッチって、やっぱりアイツ、殴ってやればよかった」
ボキボキと指を鳴らす神園さんは、今にも彼を追っていって殴りそうだ。
「でも、すっきりした。
ありがとう」
心の底から彼にお礼を言う。
神園さんは元彼を〝最低クソ野郎〟と言っていたが、さすがにそれは言いすぎだと思っていた。
けれど、今日の彼は、そのとおりで否定できない。
「自分は浮気したのに咲希の浮気は許せない、って?
何様だよ、あの野郎。
やっぱり今から追いかけて……」
「神園さん、ステーイ」
彼が腰を浮かし、笑ってしまう。
「彼の本当の姿がわかって、よかったよ。
なにも知らずに結婚してたらって考えたら、怖くなっちゃう」
きっと浮気相手とのあいだに子供ができず、彼と何事もなく結婚していたら、私の未来には不幸が待っていただろう。
彼と結婚しなくてよかった。
彼の子として生まれてくる予定の子供は……少しでも幸せになるように陰から祈っておこう。
「よかったな、アイツと結婚しなくて」
頬杖をつき、神園さんが私を見る。
彼は眼鏡の下で目を細め、うっとりとした顔をしていた。
それを見て頬が熱くなってくる。
それに気づかれたくなくて、俯いた。
「……うん。
でもよくあんな嘘、思いついたね?」
神園さんはまるで真実であるかのように語っていたので、元彼も嘘だとはちっとも疑っていなかった。
「あー……。
一部本当で、あとは俺の願望による妄想だからな」
「ふぇ?」
予想もできない答えが返ってきて、変な声が漏れる。
一部本当って、どこが?
それに、あれが神園さんの願望?
「まだ気づかないのか?
俺はずっと前から咲希が好きだってこと」
「ふぇ?」
やっぱり、理解できない事実を突きつけられ、ついに首が横に倒れた。
「あー、もー、咲希は可愛いなー」
神園さんは嬉しそうににこにこと笑っている。
「ますます俺を惚れさせて、どうするの?」
するりと彼の手が、私の頭から横髪を撫でて離れるのをただ見ていた。
「その。
……神園さんは私を好き、と?」
なんだか理解が、追いつかない。
そのせいで僅かに頭が痛む気がして、こめかみを押さえた。
「そうだけど?」
「それって、たくさんいる女友達と一緒の好き、だよね?」
「え、俺、咲希からそんなチャラ男に見られてたの?」
さも意外そうにぱちぱちと何度か、眼鏡の向こうで神園さんがまばたきをする。
「確かに女の子とは気軽に話すし、親切にはするけど。
俺、一途だよ?
恋人はひとりしか作らないよ?」
私の両手を掴み、神園さんは真剣だ。
「そう、なんだ……」
私は元彼と一緒で、神園さんも外面だけを見て誤解していた?
しかし、彼が真剣に私を好きだとわかっても、受け入れられるわけではない。
「そう。
さっきの話は俺の願望で妄想だけど、気持ちに嘘はないから」
なんか、元彼への復讐からとんでもない方向へ話が進んでいっている気がする。
どこから私は間違えたのだろう?
神園さんとあの日、出会ってしまったのがきっと、悪かったのだ。
彼に、抱いてくれなんて頼まなければ。
いや、いくらダメージが大きかったからといって、前を見ずに歩いていたのが悪い。
……でも。
紅茶を飲むフリをして、ちらりと上目で彼をうかがう。
あの日、私を抱かずにいてくれた彼が嬉しかった。
優しい人なのはもう知っている。
私は彼を、好きになっていいんだろうか。
「これから咲希を本気にさせるからな。
よろしく」
ファミレスだというのに、彼は私にキスしてきた。
「だから。
キスしないでって」
口先では怒りながらも、それはまったく嫌じゃなかった。
【終】
あなたにはあなたの事情があるでしょうし」
神園さんはにっこりと笑ったが、それは元彼を完全に拒絶している。
「そうだ、僕だって好きで浮気していたわけじゃなく、仕方なく……!」
けれど神園さんの真意に気づかず、元彼は同意が得られたとばかりに急に生き生きとしだした。
「僕は別にあの女なんて好きじゃないが、でも僕しか頼る人がいないとか言うから……」
続いていく元彼の言い訳を、冷めた頭で聞いていた。
私が好きだった人は、こんな最低な人間だったんだ。
彼が父親だなんて、生まれてくる子供が可哀想になってくる。
「だから、自分は他の女と結婚しようと、咲希は自分のものだと?」
「へ?」
神園さんの指摘で、蕩々と語っていた元彼が止まる。
「僕は別に、そんなこと」
考えを当てられたのか、元彼の視線は忙しなくあちこちを向き定まらない。
「先程、咲希に、『浮気しているのか』と言いましたよね?
『浮気していたのか』ではなく。
それって、そういう意味じゃないんですか?」
神園さんに言われて、初めて気づいた。
もう、元彼との関係は終わっているのだから、浮気していたと過去形なのが当たり前だ。
でも、浮気しているとは、まだ私は元彼と現在進行形で付き合っていなければ成立しない。
「ああもうっ、うるさいな!
そんな女、くれてやる!
これでいいんだろっ!」
屈辱で顔を真っ赤に染め、元彼が勢いよく立ち上がる。
「じゃあな、ビッチ」
捨て台詞を吐き、元彼は去っていった。
「ビッチって、やっぱりアイツ、殴ってやればよかった」
ボキボキと指を鳴らす神園さんは、今にも彼を追っていって殴りそうだ。
「でも、すっきりした。
ありがとう」
心の底から彼にお礼を言う。
神園さんは元彼を〝最低クソ野郎〟と言っていたが、さすがにそれは言いすぎだと思っていた。
けれど、今日の彼は、そのとおりで否定できない。
「自分は浮気したのに咲希の浮気は許せない、って?
何様だよ、あの野郎。
やっぱり今から追いかけて……」
「神園さん、ステーイ」
彼が腰を浮かし、笑ってしまう。
「彼の本当の姿がわかって、よかったよ。
なにも知らずに結婚してたらって考えたら、怖くなっちゃう」
きっと浮気相手とのあいだに子供ができず、彼と何事もなく結婚していたら、私の未来には不幸が待っていただろう。
彼と結婚しなくてよかった。
彼の子として生まれてくる予定の子供は……少しでも幸せになるように陰から祈っておこう。
「よかったな、アイツと結婚しなくて」
頬杖をつき、神園さんが私を見る。
彼は眼鏡の下で目を細め、うっとりとした顔をしていた。
それを見て頬が熱くなってくる。
それに気づかれたくなくて、俯いた。
「……うん。
でもよくあんな嘘、思いついたね?」
神園さんはまるで真実であるかのように語っていたので、元彼も嘘だとはちっとも疑っていなかった。
「あー……。
一部本当で、あとは俺の願望による妄想だからな」
「ふぇ?」
予想もできない答えが返ってきて、変な声が漏れる。
一部本当って、どこが?
それに、あれが神園さんの願望?
「まだ気づかないのか?
俺はずっと前から咲希が好きだってこと」
「ふぇ?」
やっぱり、理解できない事実を突きつけられ、ついに首が横に倒れた。
「あー、もー、咲希は可愛いなー」
神園さんは嬉しそうににこにこと笑っている。
「ますます俺を惚れさせて、どうするの?」
するりと彼の手が、私の頭から横髪を撫でて離れるのをただ見ていた。
「その。
……神園さんは私を好き、と?」
なんだか理解が、追いつかない。
そのせいで僅かに頭が痛む気がして、こめかみを押さえた。
「そうだけど?」
「それって、たくさんいる女友達と一緒の好き、だよね?」
「え、俺、咲希からそんなチャラ男に見られてたの?」
さも意外そうにぱちぱちと何度か、眼鏡の向こうで神園さんがまばたきをする。
「確かに女の子とは気軽に話すし、親切にはするけど。
俺、一途だよ?
恋人はひとりしか作らないよ?」
私の両手を掴み、神園さんは真剣だ。
「そう、なんだ……」
私は元彼と一緒で、神園さんも外面だけを見て誤解していた?
しかし、彼が真剣に私を好きだとわかっても、受け入れられるわけではない。
「そう。
さっきの話は俺の願望で妄想だけど、気持ちに嘘はないから」
なんか、元彼への復讐からとんでもない方向へ話が進んでいっている気がする。
どこから私は間違えたのだろう?
神園さんとあの日、出会ってしまったのがきっと、悪かったのだ。
彼に、抱いてくれなんて頼まなければ。
いや、いくらダメージが大きかったからといって、前を見ずに歩いていたのが悪い。
……でも。
紅茶を飲むフリをして、ちらりと上目で彼をうかがう。
あの日、私を抱かずにいてくれた彼が嬉しかった。
優しい人なのはもう知っている。
私は彼を、好きになっていいんだろうか。
「これから咲希を本気にさせるからな。
よろしく」
ファミレスだというのに、彼は私にキスしてきた。
「だから。
キスしないでって」
口先では怒りながらも、それはまったく嫌じゃなかった。
【終】
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