【短編】【完結】もっとも苦手な彼と一夜を共にしたならば
4
翌々日の休日、元彼と近くのファミレスで待ち合わせをした。
もちろん、その前に神園さんと待ち合わせだ。
「今日は俺にまかせておけばいい。
森谷は相槌打つだけでいいからな」
「よ、よろしくお願い、……します」
駅前で落ち合った彼に、ぎこちない笑顔を向ける。
「緊張……しないほうが、おかしいよな」
困ったように神園さんが笑う。
もう気にしていないと思っていても、やはり元彼と顔を合わせるとなると、平静でいられる自信がなかった。
「じゃあ」
両手をパンツのポケットに突っ込んだまま、彼がその高い背を屈めて顔を近づけてくる。
それを間抜けにも、ぽけっと見ていた。
スローモーションのように彼の唇が私の唇と重なる。
ゆっくりと離れていく彼の顔を、目で追った。
彼の視線は私を捕らえ、離さない。
「これでリラックス、できただろ」
まるで私の唇の感触を確かめるかのように、彼の舌が自身の唇を舐める。
それで、まるで夢から覚めたかのように現実に戻った。
「……キ」
「キ?」
「キスとかしないでー!」
怒りで身体がわなわなと震える。
しかし、見上げた彼はおかしそうに笑っていた。
「はははっ、怒った!」
「そりゃ、怒るでしょ!」
「でも緊張は解けただろ?」
ぱちんと神園さんが右目をつぶってみせる。
確かに、ガチガチだった身も心もリラックスしていた。
「ま、まあ、ありがとうって言っとく」
彼の思惑どおりで腹立たしいがそれでも助かったので、嫌々ながらお礼を言う。
「ん、じゃあ行くか」
慰めるように彼が私の頭をぽんぽんする。
それが、嬉しいなんて思うのはなんでだろう?
私が手にしていた紙袋をさりげなく神園さんは持ち、私に歩くように促した。
悔しいがそういうところ、元彼よりも紳士だ。
「さ……き」
先に待ち合わせ場所に着いていた元彼は私が男連れなのを見て、中途半端に手を上げたまま固まった。
「おまたせ。
これ、荷物」
それを無視して持ってきた紙袋を渡す。
「あ、ああ。
ありが、とう」
それを微妙な笑顔で受け取り、元彼はちらりと視線を神園さんに向けた。
「だ、誰……?」
「はじめまして、咲希の彼氏の神園です」
困惑気味の元彼に爽やかに挨拶し、神園さんがその正面に座る。
「かれ、……し、ですか?」
その言葉を聞き、元彼の笑顔が引き攣った。
「はい。
近いうちにあなたには、ご挨拶にいかなければと思っていたんですよね」
神園さんはにこにこと笑っていて胡散臭い。
「咲希!
どういうことだよ、これ!」
元彼は神園さんとは会話をしたくないらしく、身体ごと私の前に移動し、私を責めてきた。
「えっ、その」
男の人に大きな声を出されれば、普通に怖い。
しかし彼は私が怯えているのは、浮気をしていてうしろめたいのだとジャッジしたようだ。
「お前、浮気してるのかよ!」
殴りかからんばかりに元彼がテーブルから身を乗りだしてくる。
「やめてもらえますか」
けれど神園さんの腕が、庇うように彼から私を引き離した。
「咲希はずっと、あなたと別れるまでは俺の気持ちは受け入れられないと断り続けていました。
俺と一緒になりたいのに、優しい咲希はなかなかあなたに別れを切り出せなかったんです。
このたびは咲希と別れてくださり、ありがとうございます」
頭を下げる神園さんをただ見ていた。
私は彼と浮気をしている設定だったはずだが、これだとギリギリ不貞は働いていない。
「要するに、僕と別れる前からお前たちは両想いだったんだろ!
これもう、立派な浮気だよな!」
元彼の指摘はもっともだが、浮気相手と子供まで作った人間に言われると無性に腹が立つ。
「なっ」
感情にまかせて口を開いたところで、神園さんから思いっきり手を握られた。
それで、一気に冷静になる。
彼が私にわかるように頷き、私も頷き返した。
「そうですね。
でも、咲希はあなたと別れるまでは、と固い意思で俺を拒み続けた。
そんな咲希を、あなたは責められるんですか?」
「うっ」
そこは突かれたくないところらしく、元彼が言葉を詰まらせる。
「で、でも、浮気は浮気だろ」
それでもまだ嫌味を言い、彼は腕を組んで神園さんから顔を逸らした。
「じゃあ、これでどうですか。
俺はずっと、咲希からあなたの浮気の相談をされていました。
言っておきますが、俺が一方的に咲希に想いを寄せ、悩んでいる彼女に話すように勧めたんです」
神園さんの口からはすらすらと嘘が出てくる。
少し、そういう度胸が羨ましい。
「最初は渋っていましたが、誰にも話せなくてつらかったんでしょうね、少しずつ俺に相談してくれるようになりました。
そのうち、咲希も俺に想いを寄せてくれるようになって」
言葉を切って遠くを見た神園さんは、淋しそうな顔をしていた。
「でも、思うんですよね。
あなたが浮気をせずに咲希を大切にしていれば、咲希はあなたと結婚して幸せになり、俺はそれを遠くから眺めるに終わったんだろうな、って。
それでもあなたは、咲希を責められますか?」
すーっと眼鏡の奥で目を細め、元彼を見る神園さんの視線は切れそうなほど鋭利で、隣に座る私の肝も冷えた。
あれを直接食らっている元彼の恐怖は計り知れない。
「ぼ、僕が悪いというのか」
いまだに自分の非を認めず、私のせいにしたい元彼はある意味、尊敬に値する。
いや、だからこそ別れてよかったと思えた。
もちろん、その前に神園さんと待ち合わせだ。
「今日は俺にまかせておけばいい。
森谷は相槌打つだけでいいからな」
「よ、よろしくお願い、……します」
駅前で落ち合った彼に、ぎこちない笑顔を向ける。
「緊張……しないほうが、おかしいよな」
困ったように神園さんが笑う。
もう気にしていないと思っていても、やはり元彼と顔を合わせるとなると、平静でいられる自信がなかった。
「じゃあ」
両手をパンツのポケットに突っ込んだまま、彼がその高い背を屈めて顔を近づけてくる。
それを間抜けにも、ぽけっと見ていた。
スローモーションのように彼の唇が私の唇と重なる。
ゆっくりと離れていく彼の顔を、目で追った。
彼の視線は私を捕らえ、離さない。
「これでリラックス、できただろ」
まるで私の唇の感触を確かめるかのように、彼の舌が自身の唇を舐める。
それで、まるで夢から覚めたかのように現実に戻った。
「……キ」
「キ?」
「キスとかしないでー!」
怒りで身体がわなわなと震える。
しかし、見上げた彼はおかしそうに笑っていた。
「はははっ、怒った!」
「そりゃ、怒るでしょ!」
「でも緊張は解けただろ?」
ぱちんと神園さんが右目をつぶってみせる。
確かに、ガチガチだった身も心もリラックスしていた。
「ま、まあ、ありがとうって言っとく」
彼の思惑どおりで腹立たしいがそれでも助かったので、嫌々ながらお礼を言う。
「ん、じゃあ行くか」
慰めるように彼が私の頭をぽんぽんする。
それが、嬉しいなんて思うのはなんでだろう?
私が手にしていた紙袋をさりげなく神園さんは持ち、私に歩くように促した。
悔しいがそういうところ、元彼よりも紳士だ。
「さ……き」
先に待ち合わせ場所に着いていた元彼は私が男連れなのを見て、中途半端に手を上げたまま固まった。
「おまたせ。
これ、荷物」
それを無視して持ってきた紙袋を渡す。
「あ、ああ。
ありが、とう」
それを微妙な笑顔で受け取り、元彼はちらりと視線を神園さんに向けた。
「だ、誰……?」
「はじめまして、咲希の彼氏の神園です」
困惑気味の元彼に爽やかに挨拶し、神園さんがその正面に座る。
「かれ、……し、ですか?」
その言葉を聞き、元彼の笑顔が引き攣った。
「はい。
近いうちにあなたには、ご挨拶にいかなければと思っていたんですよね」
神園さんはにこにこと笑っていて胡散臭い。
「咲希!
どういうことだよ、これ!」
元彼は神園さんとは会話をしたくないらしく、身体ごと私の前に移動し、私を責めてきた。
「えっ、その」
男の人に大きな声を出されれば、普通に怖い。
しかし彼は私が怯えているのは、浮気をしていてうしろめたいのだとジャッジしたようだ。
「お前、浮気してるのかよ!」
殴りかからんばかりに元彼がテーブルから身を乗りだしてくる。
「やめてもらえますか」
けれど神園さんの腕が、庇うように彼から私を引き離した。
「咲希はずっと、あなたと別れるまでは俺の気持ちは受け入れられないと断り続けていました。
俺と一緒になりたいのに、優しい咲希はなかなかあなたに別れを切り出せなかったんです。
このたびは咲希と別れてくださり、ありがとうございます」
頭を下げる神園さんをただ見ていた。
私は彼と浮気をしている設定だったはずだが、これだとギリギリ不貞は働いていない。
「要するに、僕と別れる前からお前たちは両想いだったんだろ!
これもう、立派な浮気だよな!」
元彼の指摘はもっともだが、浮気相手と子供まで作った人間に言われると無性に腹が立つ。
「なっ」
感情にまかせて口を開いたところで、神園さんから思いっきり手を握られた。
それで、一気に冷静になる。
彼が私にわかるように頷き、私も頷き返した。
「そうですね。
でも、咲希はあなたと別れるまでは、と固い意思で俺を拒み続けた。
そんな咲希を、あなたは責められるんですか?」
「うっ」
そこは突かれたくないところらしく、元彼が言葉を詰まらせる。
「で、でも、浮気は浮気だろ」
それでもまだ嫌味を言い、彼は腕を組んで神園さんから顔を逸らした。
「じゃあ、これでどうですか。
俺はずっと、咲希からあなたの浮気の相談をされていました。
言っておきますが、俺が一方的に咲希に想いを寄せ、悩んでいる彼女に話すように勧めたんです」
神園さんの口からはすらすらと嘘が出てくる。
少し、そういう度胸が羨ましい。
「最初は渋っていましたが、誰にも話せなくてつらかったんでしょうね、少しずつ俺に相談してくれるようになりました。
そのうち、咲希も俺に想いを寄せてくれるようになって」
言葉を切って遠くを見た神園さんは、淋しそうな顔をしていた。
「でも、思うんですよね。
あなたが浮気をせずに咲希を大切にしていれば、咲希はあなたと結婚して幸せになり、俺はそれを遠くから眺めるに終わったんだろうな、って。
それでもあなたは、咲希を責められますか?」
すーっと眼鏡の奥で目を細め、元彼を見る神園さんの視線は切れそうなほど鋭利で、隣に座る私の肝も冷えた。
あれを直接食らっている元彼の恐怖は計り知れない。
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