乙女ゲームの当て馬悪役令嬢は、王太子殿下の幸せを願います!
第75話 想いを捧ぐ②
固まったまま、陸に揚げられた魚の様に口をはくはくとさせるわたくし。
「な、な、な……」
「ギルバートから聞いた」
言葉にならない「何故それを」という疑問を受けて、クラウス様が答えた。
「多少強引な手は使ったが洗いざらい吐いてもらった。あくまで俺とギルバートのみの間での話であって、他言はしていない」
あ…あの………
あんの……ギルバート〜〜〜!!
やったわね、やってくれたわね、あの男!
どうりで最近クラウス様に近しい訳だわ!
魔石の研究書、あれだって、ギルバートがお願い☆したからといってクラウス様が態々クライネルト領にまで赴いて貸し出しを要請するなんておかしいとは思っていたのよ。
でもそれが「テオバルトを「隷属」の〈魔術〉から解放する術を探していると知っていたから」だったとしたなら合点がいく。テオバルトは王室の「暗部」の人間だったもの。
許せないのはクラウス様にバラした事ではなく、それをわたくしには隠していた事よ。
クラウス様に洗いざらい吐いた―――それはつまり、クラウス様と『エバラバ』について語り合ったという事に他ならない。
あの男はわたくしに黙ってクラウス様と秘密の作戦会議を―――
「クラウス様と」「秘密」の「作戦会議」!
な、何て魅力的な響きなの!
よくも……!
よくもこのわたくしを差し置いて、クラウス様を独り占めしてくれたわね。
これは許されざる抜け駆け行為―――!
わたくしの心のギルバートが、両手を縛られ断頭台に上げられた。
次に会ったら覚えていらっしゃい。
「クラウス様は……その話を信じたのですか?」
そう言いながら「噛む用の手巾」をそっと口元に持っていくわたくしの手を、クラウス様がわたくしの髪を撫でる手とは反対側の手でそっと下ろす。
「お前達の行動原理は理解したが、ゲームだとか前世だとか、頭から信じるには些か現実味に欠ける話ではあるな」
「デスヨネ」
それでも話は聞いてくれるなんて、クラウス様、優しい。
そこまで考えて―――わたくしはふと重要な、この王国にとっても重要な事実に思い至った。
あの罪人がクラウス様に、本当に全てを話していたのだとしたら、クラウス様は勿論その事も知っている筈で。
「じゃあ、あの……ま、まさか、アリスが、その」
「リーゼの言わんとしている事が、アリスが『精霊王』になり得るという話であれば、アリスは既に〈火〉の魔力を発現させている」
「え゛え゛っ!!?」
目をひん剥いて叫ぶわたくしとは対照的に「凄い声だな」と冷静に感想を述べるクラウス様を見ていると、何だか騒ぐ程の事でもなかったかな、と錯覚してしまいそうになるが、とんでもない。
『精霊王』。
6種全ての精霊の加護を受ける奇跡の存在。
権力も権力、イドニア王国の権力の頂点よ?
「本人が『精霊王』を望まなかったので、現在は〈火〉の魔力のみを「遮蔽」の〈魔術〉で隠している状態だ。これは陛下やゲオルグにも知らせていない事なのでくれぐれも口外しない様に」
せ、『精霊王』を、隠蔽!?
そんな事が許されるのだろうか。
あと、宰相閣下や国王陛下にすら知らせていない機密を然も世間話の如くわたくしに話しているけれど、これも許されるのだろうか。怖い。
……しかしまさか、既にアリスが〈火〉の魔力を発現させていたなんて。無事に心的外傷を乗り越える事が出来たのね。
「……じゃあやっぱり、アリスを王太子妃にしないなんて嘘ですわ」
「何故そうなる」
「だって、アリスは恐怖を克服して〈火〉の魔力を発現させたのでしょう!?それってつまり、『城下町デートイベント』も『ふたりきりの放課後イベント』も、発生済みという事になりますもの!」
「そうでしょう!?」と訴えかけるわたくしに、クラウス様が僅かに眉根を寄せる。
「何だ、そのふざけた名前の……『イベント』とは」
クラウス様は『イベント』というワードにいまいちピンとこないご様子だ。
ほらぁ、やっぱり!
ギルバートなんかに説明を任せるからそうなるのですわ。
わたくしでしたら、ゲームのシステムから内部値の解析データまで、余す事なく説明して差し上げますのに!
「ゲームを進展させる上で起こる出来事を『イベント』と呼ぶのです。今言った『イベント』を通してクラウス様とアリスは絆を深め合い、それによってアリスの心に恐怖と向き合う勇気が生まれるのですわ!」
「そんなものを深め合った覚えはないが」
「アリスに『恐れる必要はない。俺が守る』とか言ったでしょう!?」
「言っていない。俺が何故、奴にそんな事を言わなければならない?自分の身は自分で守れば良いだろう」
「『精霊王』に『奴』とか言ったら駄目ですわ!」
「『精霊王』ならな。即位していない以上、あくまで奴は"愛し子"のままだ」
「あーっ!また言った!!」
クラウス様は少し呆れた様に、わぁわぁ騒ぐわたくしを眺めながら軽く溜め息を吐く。
「言っておくが、『精霊王』では王太子妃の近衛になどなれないと泣きついて来たので「遮蔽」の〈魔術〉を教えはしたが、どの様にして〈火〉の魔力を発現させたのかは俺の与り知らぬ所だ」
「じゃあ、アリスはどうやって……?」
「知らん。聞いた事もない」
「えぇっ!?どうして聞かないのですか!?」
「『精霊王』か否かは王国にとっても重要な事柄だが、そこへ至るまでの経緯については個人の内面的な問題なのだから、俺が介入する必要性は感じられない」
「そ、そんなぁ…それじゃあゲームが進みませんよぅ……」
「進める気もないからな。リーゼの言う『ゲーム』の中での"俺"は違ったのかもしれないが、"そいつ"と俺は違う」
『エバラバ』でも、クラウス様は変わらず格好良かったですよ?
『エバラバ』のクラウス様も推しには違いないのだけれど、こんな風に少し不服そうだったり、かと思えば面白がっている様だったり、色々な表情を見せてくれる現実のクラウス様の方が、わたくしは好きかもしれない。
……ドキドキし過ぎて心臓に悪いのは困りものですけれど。
「大体、何なのだ『乙女ゲーム』というのは。『乙女』の名を冠しておきながら、話を聞けば出てくるのは男ばかりではないか」
「ええと、それはですね、『乙女ゲーム』というのは、乙女が出てくるゲームではなく、いえ出てはくるのですけれど、乙女の夢が詰まったゲームといいますか………」
わたくしは未だ、現在の状況を呑み込めていない。
クラウス様の右手は相変わらずわたくしの紅い髪を優しく梳くように撫でているし、左手なんて先刻「噛む用の手巾」を噛むのを阻止した時以来、ずっとわたくしの右手を握っている。
こんなに甘々な雰囲気で、こんなに近く、まるで、こ、恋人みたいな距離で、クラウス様に『乙女ゲーム』について説明するわたくし。
何なの、何なのこれは。
「夢?リーゼもそういったものが好きなのか?」
「え?」
「様々な男と恋愛を楽しんだりしたいものか?」
「な、何を仰います!『エバラバ』に逆ハーエンドはございませんわ!!それにわたくし、全ルートクリアはいたしましたけれど、前世からずっとクラウス様一筋ですので!!」
「なら良かった」
……何なのこれは。
「なら良かった」って何ですか。
「リーゼは真面目だから、王太子が恋情で伴侶を決める事を我儘と思うかもしれないな。―――だが存外俺は我儘な人間らしい。王太子妃として自分の隣に立つのは、心から愛した女性がいいと、そう思っている」
どうしてそれをわたくしに言うの。
どうしてそんな瞳でわたくしを見るの。
こんなの………こんなのまるで。
「…クラウス様の仰る、王太子妃って………」
"そう"だったらいいのに。
そんな期待が口を衝いてしまう。
だって、こんな風にされたらどうしたって期待してしまうでしょう?
お願いだから、否定しないで。
そう縋る様に祈りながら、けれどもその問いの先を紡ぐ勇気がどうしても出ない。
泣きたくなって視線を伏せると、髪を撫でていたクラウス様の右手がふわりと頬に触れた。
「まだ分からないか?」
輪郭をなぞる様に頬を撫で下ろし顎を軽く持ち上げるその手の促すままに視線を上げると、こちらを見据える真っ直ぐな瞳とぶつかる。
その藍色がまるで薄月の夜の海の様に、あまりに綺麗で、あまりに深くて―――わたくしは吸い込まれる様な心地のまま、自分の唇にクラウス様の唇が触れるのを感じていた。
「な、な、な……」
「ギルバートから聞いた」
言葉にならない「何故それを」という疑問を受けて、クラウス様が答えた。
「多少強引な手は使ったが洗いざらい吐いてもらった。あくまで俺とギルバートのみの間での話であって、他言はしていない」
あ…あの………
あんの……ギルバート〜〜〜!!
やったわね、やってくれたわね、あの男!
どうりで最近クラウス様に近しい訳だわ!
魔石の研究書、あれだって、ギルバートがお願い☆したからといってクラウス様が態々クライネルト領にまで赴いて貸し出しを要請するなんておかしいとは思っていたのよ。
でもそれが「テオバルトを「隷属」の〈魔術〉から解放する術を探していると知っていたから」だったとしたなら合点がいく。テオバルトは王室の「暗部」の人間だったもの。
許せないのはクラウス様にバラした事ではなく、それをわたくしには隠していた事よ。
クラウス様に洗いざらい吐いた―――それはつまり、クラウス様と『エバラバ』について語り合ったという事に他ならない。
あの男はわたくしに黙ってクラウス様と秘密の作戦会議を―――
「クラウス様と」「秘密」の「作戦会議」!
な、何て魅力的な響きなの!
よくも……!
よくもこのわたくしを差し置いて、クラウス様を独り占めしてくれたわね。
これは許されざる抜け駆け行為―――!
わたくしの心のギルバートが、両手を縛られ断頭台に上げられた。
次に会ったら覚えていらっしゃい。
「クラウス様は……その話を信じたのですか?」
そう言いながら「噛む用の手巾」をそっと口元に持っていくわたくしの手を、クラウス様がわたくしの髪を撫でる手とは反対側の手でそっと下ろす。
「お前達の行動原理は理解したが、ゲームだとか前世だとか、頭から信じるには些か現実味に欠ける話ではあるな」
「デスヨネ」
それでも話は聞いてくれるなんて、クラウス様、優しい。
そこまで考えて―――わたくしはふと重要な、この王国にとっても重要な事実に思い至った。
あの罪人がクラウス様に、本当に全てを話していたのだとしたら、クラウス様は勿論その事も知っている筈で。
「じゃあ、あの……ま、まさか、アリスが、その」
「リーゼの言わんとしている事が、アリスが『精霊王』になり得るという話であれば、アリスは既に〈火〉の魔力を発現させている」
「え゛え゛っ!!?」
目をひん剥いて叫ぶわたくしとは対照的に「凄い声だな」と冷静に感想を述べるクラウス様を見ていると、何だか騒ぐ程の事でもなかったかな、と錯覚してしまいそうになるが、とんでもない。
『精霊王』。
6種全ての精霊の加護を受ける奇跡の存在。
権力も権力、イドニア王国の権力の頂点よ?
「本人が『精霊王』を望まなかったので、現在は〈火〉の魔力のみを「遮蔽」の〈魔術〉で隠している状態だ。これは陛下やゲオルグにも知らせていない事なのでくれぐれも口外しない様に」
せ、『精霊王』を、隠蔽!?
そんな事が許されるのだろうか。
あと、宰相閣下や国王陛下にすら知らせていない機密を然も世間話の如くわたくしに話しているけれど、これも許されるのだろうか。怖い。
……しかしまさか、既にアリスが〈火〉の魔力を発現させていたなんて。無事に心的外傷を乗り越える事が出来たのね。
「……じゃあやっぱり、アリスを王太子妃にしないなんて嘘ですわ」
「何故そうなる」
「だって、アリスは恐怖を克服して〈火〉の魔力を発現させたのでしょう!?それってつまり、『城下町デートイベント』も『ふたりきりの放課後イベント』も、発生済みという事になりますもの!」
「そうでしょう!?」と訴えかけるわたくしに、クラウス様が僅かに眉根を寄せる。
「何だ、そのふざけた名前の……『イベント』とは」
クラウス様は『イベント』というワードにいまいちピンとこないご様子だ。
ほらぁ、やっぱり!
ギルバートなんかに説明を任せるからそうなるのですわ。
わたくしでしたら、ゲームのシステムから内部値の解析データまで、余す事なく説明して差し上げますのに!
「ゲームを進展させる上で起こる出来事を『イベント』と呼ぶのです。今言った『イベント』を通してクラウス様とアリスは絆を深め合い、それによってアリスの心に恐怖と向き合う勇気が生まれるのですわ!」
「そんなものを深め合った覚えはないが」
「アリスに『恐れる必要はない。俺が守る』とか言ったでしょう!?」
「言っていない。俺が何故、奴にそんな事を言わなければならない?自分の身は自分で守れば良いだろう」
「『精霊王』に『奴』とか言ったら駄目ですわ!」
「『精霊王』ならな。即位していない以上、あくまで奴は"愛し子"のままだ」
「あーっ!また言った!!」
クラウス様は少し呆れた様に、わぁわぁ騒ぐわたくしを眺めながら軽く溜め息を吐く。
「言っておくが、『精霊王』では王太子妃の近衛になどなれないと泣きついて来たので「遮蔽」の〈魔術〉を教えはしたが、どの様にして〈火〉の魔力を発現させたのかは俺の与り知らぬ所だ」
「じゃあ、アリスはどうやって……?」
「知らん。聞いた事もない」
「えぇっ!?どうして聞かないのですか!?」
「『精霊王』か否かは王国にとっても重要な事柄だが、そこへ至るまでの経緯については個人の内面的な問題なのだから、俺が介入する必要性は感じられない」
「そ、そんなぁ…それじゃあゲームが進みませんよぅ……」
「進める気もないからな。リーゼの言う『ゲーム』の中での"俺"は違ったのかもしれないが、"そいつ"と俺は違う」
『エバラバ』でも、クラウス様は変わらず格好良かったですよ?
『エバラバ』のクラウス様も推しには違いないのだけれど、こんな風に少し不服そうだったり、かと思えば面白がっている様だったり、色々な表情を見せてくれる現実のクラウス様の方が、わたくしは好きかもしれない。
……ドキドキし過ぎて心臓に悪いのは困りものですけれど。
「大体、何なのだ『乙女ゲーム』というのは。『乙女』の名を冠しておきながら、話を聞けば出てくるのは男ばかりではないか」
「ええと、それはですね、『乙女ゲーム』というのは、乙女が出てくるゲームではなく、いえ出てはくるのですけれど、乙女の夢が詰まったゲームといいますか………」
わたくしは未だ、現在の状況を呑み込めていない。
クラウス様の右手は相変わらずわたくしの紅い髪を優しく梳くように撫でているし、左手なんて先刻「噛む用の手巾」を噛むのを阻止した時以来、ずっとわたくしの右手を握っている。
こんなに甘々な雰囲気で、こんなに近く、まるで、こ、恋人みたいな距離で、クラウス様に『乙女ゲーム』について説明するわたくし。
何なの、何なのこれは。
「夢?リーゼもそういったものが好きなのか?」
「え?」
「様々な男と恋愛を楽しんだりしたいものか?」
「な、何を仰います!『エバラバ』に逆ハーエンドはございませんわ!!それにわたくし、全ルートクリアはいたしましたけれど、前世からずっとクラウス様一筋ですので!!」
「なら良かった」
……何なのこれは。
「なら良かった」って何ですか。
「リーゼは真面目だから、王太子が恋情で伴侶を決める事を我儘と思うかもしれないな。―――だが存外俺は我儘な人間らしい。王太子妃として自分の隣に立つのは、心から愛した女性がいいと、そう思っている」
どうしてそれをわたくしに言うの。
どうしてそんな瞳でわたくしを見るの。
こんなの………こんなのまるで。
「…クラウス様の仰る、王太子妃って………」
"そう"だったらいいのに。
そんな期待が口を衝いてしまう。
だって、こんな風にされたらどうしたって期待してしまうでしょう?
お願いだから、否定しないで。
そう縋る様に祈りながら、けれどもその問いの先を紡ぐ勇気がどうしても出ない。
泣きたくなって視線を伏せると、髪を撫でていたクラウス様の右手がふわりと頬に触れた。
「まだ分からないか?」
輪郭をなぞる様に頬を撫で下ろし顎を軽く持ち上げるその手の促すままに視線を上げると、こちらを見据える真っ直ぐな瞳とぶつかる。
その藍色がまるで薄月の夜の海の様に、あまりに綺麗で、あまりに深くて―――わたくしは吸い込まれる様な心地のまま、自分の唇にクラウス様の唇が触れるのを感じていた。
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