乙女ゲームの当て馬悪役令嬢は、王太子殿下の幸せを願います!

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第73話 ミュラー伯爵令息の叙説

アロイジウスによるイドニア王国王太子暗殺未遂事件―――王宮はこれを非公開とした為、精霊祭なかばで王宮からの退場を命ぜられた貴族達の間では様々な憶測が飛び交った。


貴族社会の縮図ともいえる此処ここイドニア王国立魔術学院でもそれは同様であったが、アロイジウスが捕らわれてより十日とおか経った今日にもなると、ある程度は落ち着きを取り戻したかに見える。


「ともあれこれで『アリスにクラウス様ルートを進めさせてクラウス様の暗殺は阻止!ついでにみんなもハッピーエンド!計画』は大成功。万事解決、大慶至極ですわ、おーっほっほっほ!」


学院の中庭。
雲ひとつない晴空に、わたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムの高笑いが響き渡った。
そのわたくしの横では、ギルバートが「わー、おめでとー」とパチパチ拍手している。


「ふっ。貴方あなたが手に入れた魔石の研究書は本当に役立ったわ。なかなか良い仕事をしてくれたわね。褒めて差し上げてよ」
「いやー、お安い御用ですよ。可愛いエリィちゃんの為ならば」


ギルバートはそう言いながら、右手を胸に当て恭しく礼をして、赤褐色の瞳を悪戯いたずらっぽくきらめかせ片目を瞑った。その仕草が妙に様になっていて、相変わらずチャラい。


ちなみに魔石の研究書は、王宮を通してクライネルト伯爵に返却済みである。


ただ、アリスが『精霊王』になれなかったのだけが心残りだわ……」


わたくしがテオバルトの動きを封じてしまった事で、クラウス様の危機を救う為にアリスが〈火〉の〈魔術〉を発現させる『心的外傷トラウマ克服』イベントが起こらなかったので、現在のアリスは『精霊王』ではなく"愛し子"のままだ。


まかり間違ってゲーム通りに事が進まなければクラウス様が死んでしまう可能性もあったので、『心的外傷トラウマ克服』イベントは、あくまでも全てが失敗した場合の最後の砦ではあったのだけれど。
それに『心的外傷トラウマ克服』イベントが発生するという事はテオバルトがクラウス様を襲撃するという事でもある訳で、そうなってしまうと例え〈魔術〉で隷属させられていたからといって、アルヴァハイム侯爵家でテオバルトを庇う事が出来なくなってしまう。
『みんながハッピー』というのもなかなか難しいものなのだ。


因みにそのテオバルトだが、「暗部」を退職、王宮での取り調べを終えた後は、アルヴァハイム侯爵家の使用人として引き取る予定になっている。
フィーはテオバルトがアルヴァハイム侯爵家に来るのを心待ちにしているし、お母様などは「フィーちゃんみたいにウチの養子にしちゃえばいいじゃない〜血の繋がったお兄様なのだし!」と言い出すのを、お父様から「家督問題で不要な風評を生む」とか「猫の子みたいに言うんじゃない」とか懇々こんこんと諭されていた。


「でも『心的外傷トラウマ克服』イベントは、これまでのクラウス様の支えとアリスのクラウス様への想いから起こるイベントだから……きっとこの先、『エバラバ』のエンディングの先でも、アリスが火に対する恐怖を克服する機会はだあるわ」


これまで起こった出来事と『エバラバ』でのイベントを照らし合わせると、アリスは確実にクラウス様ルートを進めている筈だ。


「まーいんじゃない?アリスちゃんが『精霊王』にならなくたって。こうして王太子殿下の暗殺は阻止できたんだし」


そう言って能天気に笑うギルバートを、わたくしはキッと睨み付けた。


「良くないわよ!『精霊王』がいる時代を統治するのは王室にとっても素晴らしく栄誉ある事なのよ!?アリスにとっても、何よりクラウス様にとっても、とっても幸せな事じゃあないの!」


「とっても」「とっても」言い過ぎて少し舌をもつれさせながらも精一杯訴えるわたくしを、ギルバートは少し呆れた様子で見ている。呆れたいのはこちらの方ですわ。


「エリィちゃんは権威とか名誉とか好きだもんなー……でもさ、殿下本人は『精霊王』自体、望んでないかもしれないよ?『エバラバ』ならそうだったかもしれないけどさ、現実ここじゃ殿下だって、ゲームとはまた違うだろ?」
「な、何よ、知った風な口を……!ちょっと?貴方あなた最近、側近並みにクラウス様のお側にいるからって、卒業後にクラウス様の近衛兵に抜擢されたからって、少し調子に乗っているのではございませんこと?後から出て来た癖に、まるでわたくしよりもクラウス様について知っているみたいな、わたくしよりもクラウス様と仲良しみたいな……わたくしだって…わ、わたくしだって………!」


ふるふる震えるわたくしを見て、ギルバートが慌てた。


「待て待て待て。その手巾ハンカチをしまいなさい。ソレ前に言ってた『噛む用の手巾ハンカチ』でしょ。何だ『噛む用の手巾ハンカチ』って。自分で言ってて訳が分からねえ。俺が言ってるのはね、何て言うか…エリィは前世で『エバラバ』大好きで、『エバラバ』に凄ぇ詳しいでしょ?」
「そうよ、凄い詳しいわよ」
「…まあそれもあって、少しゲームに囚われがちな所があると思うんだよな。『エバラバ』には好感度ってもんがあるけど……それは攻略対象から主人公ヒロインに対する好感度であって、例えば『悪役令嬢』に対する好感度なんてものは存在しないだろ?」
「当たり前でしょう。そんなものまで作ってしまったら、複雑過ぎてゲームの製作会社の人が大変じゃあないの」
「まーその複雑なのが現実なんだよね。俺が言いたいのはさ、攻略対象だからって主人公ヒロインを好きになるとも限らないし、こーんな可愛い子から長いこと一途に想われて好きになっちゃうのも、別に変な話じゃないってこと」
「かわっ………!?」
「ほら、赤くなっちゃって。可愛いねー」


揶揄からかう様なギルバートの口調にイラッとしつつ、わたくしは扇を広げて少し火照った顔をパタパタとあおいだ。


「……貴方あなたの言いたい事は分かりましたわ。わたくしほど美しく有能で更に権力まである完璧な淑女であれば、クラウス様がす、好きに、なるのも、ま、まぁ、可笑おかしな話ではないという事ね。それは確かにそうですわね」


ギルバートが「エリィらしーね」と笑う声を聞きながら、ぱたりと畳んだふわっふわの派手扇に視線を落とす。


主人公ヒロインだからといって好きになるとは限らない……確かにそうだ。
でも主人公ヒロインが好かれるのは「主人公ヒロインだから」という理由だけではないと思う。
明るくて優しくて、守ってあげたくなる様な可愛かわいらしさがあって、そんな魅力があるから……そう、現実いまのアリスみたいに。
わたくしに、「それ」があるだろうか。


「やっぱり、わたくしは『悪役令嬢』なのよ………」
「そーいうとこだよ。………ところで、その『クラウス様』がエリィのこと呼んでるんだけど」
「は!?」


驚いて顔を上げると、ギルバートがにっこりと微笑わらった。
そもそも中庭の片隅こんなところで立ち話をしているのは、ギルバートから「用事がある」と話しかけられたからだった事を思い出す。


「用事ってそれ!?ク、クラウス様、学院に来ていらっしゃるの!?」


クラウス様は精霊祭以降、アロイジウスの謀反の事後処理で学院を休んでいるので、今日も居ないと思っていた。


「そ、そう。『話がある』とおっしゃっていましたものね、そうね、きっとその事だわ。一月ひとつき程かかると聞いていましたけれど、思ったよりも早かったのね、驚きましたわ、お、おほほ……」
「おい」


扇をふわぁっと広げ、優雅な動きでさりげなくギルバートから距離を取ると、ギルバートは不審そうな顔をして、じり、とわたくしに一歩近付いた。


瞬間、身を翻して走って逃げようとするわたくしの腕を、ギルバートががっしと掴む。


「イヤー!嫌よ!聞きたくない!!心の準備が!!」
「コラ!逃げんな!」
「離して!じゅ、授業が、授業がだ!」


わたくしの悲鳴に、中庭にまばらに居た生徒達が「何だ何だ」と一斉に視線を向ける。


「連れてかないと、俺が殿下に殺されるんだよ!」
「何よそれ!さては先刻さっきの話もわたくしを懐柔する為の罠ね!?いきなり変な話をし出すから心配して励ましてくれているのかしらなんて考えたわたくしが馬鹿でしたわ!貴方あなたいつからクラウス様の手下になったのよ!権力に屈してわたくしを売る気ね、この裏切り者ーッ!!」


いつからも何も、ギルバートもわたくしもクラウス様の臣下な訳だが、わたくしは形振なりふり構わず逃げようともがく。
しかし戦わない侯爵令嬢のわたくしがギルバートに力でかなう筈もなく、腕を掴むギルバートの手はびくともしないし、わたくしの足は虚しく宙を蹴り続けた。漫画みたいに。


「誰が裏切り者だ!俺はな、いつだってお前の為を想って―――」
「えっ?」


突然のハートフル発言に驚いたわたくしは逃げるのも忘れ、振り向いてギルバートの顔をまじまじと見た。
ギルバートがはっと手を離し、「あ…いや、今のは……」とバツが悪そうに目を逸らして頬をく。顔が少し赤い。


「いいから来いよ。……多分、エリィが考えてる様な話じゃないから」









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