乙女ゲームの当て馬悪役令嬢は、王太子殿下の幸せを願います!

waga

第66話 悪役令嬢の誤算

乙女ゲーム『evergreenエバーグリーン loversラバーズ』通称『エバラバ』の物語後半。
クラウス様ルートを除く全てのシナリオで、精霊祭の直中ただなかにクラウス様は暗殺されてしまう。


以降は逃亡劇となる実行犯テオバルトルートでは暗殺の首謀者が明らかになる事はない。テオバルトルートでは、黒幕は基本的にシルエット演出なもので。まぁ声優で分かりますけれどね。
明らかになるのは、クラウス様の側近ウィルフリードルートだ。


クラウス様暗殺の真相を解明すべく、アリスと協力して事件を追及するウィルフリードは、その(性格を表す様な)執拗な調査の末、遂に首謀者を突き止める。


王室の「暗部」を不正に動かし凶行に及んだのは、宮中伯アロイジウス・フォン・ザイフリート―――目の前の、この男だ。


「わたくしは大丈夫ですわ。クラウス様との婚約が……いずれ解消されるのは、初めから決まっていた事です」
「殿下から、解消について話はあったかい?期日であるとか」
「クラウス様からは何も…そういった事は王宮そちらの方が詳しいのでは?」
「それが、この手の話はかわされてしまっていてね。殿下がお忙しい事は分かっている……しかし先延ばしにした所でエリザベータ嬢がつらい思いをするばかりだと、私からも進言してはいるのだが」


クラウス様との婚約解消がいつになるのかを死刑宣告を待つ罪人の様な気持ちで恐れている事は確かだが、悪役令嬢根性の染み込んだわたくしに後回しにされる事に対する不満は特にない。悪役令嬢の扱いなんてこんなものではないのかしら。
むしろ現状に焦れているのは、後見人としてアリスとクラウス様との縁談を進めたいザイフリート宮中伯の方だろう。


優しく素直な…言ってしまえばくみし易い国王陛下とは違い、策も情も通用しないクラウス様は、ザイフリート宮中伯にとっては邪魔な存在だ。


ザイフリート宮中伯は、元の名をアロイジウス・ヴォルフという。
平民でありながらも、〈光〉と〈闇〉、2種の〈魔術〉の適性を持つ『愛し子』として子爵位を賜り、その後シャウエルテ伯爵と結婚して伯爵夫君となった。
しかしそれから三年も経たず、シャウエルテ伯爵が当時のザイフリート公爵夫君と情死。
衝撃的な事件により妻を失ったアロイジウスと夫を失ったザイフリート公爵の交流はそこから始まったが、心の傷を慰め合う内に深い関係となるまで、そう時間はかからなかったという。
程なくしてふたりは結婚。
アロイジウスは、前夫の不義による心労がたたってしがちになってしまったザイフリート公爵の名代を長きにわたって務め、最終的には妻である公爵本人の嘆願を国王陛下が聞き入れる形で、正式にザイフリート公爵となった。


イドニア王国では前例のない、王室とは血縁関係のない者への公爵位の譲渡。
それに反対していた前王妃殿下が崩御されて間もない時期に、半ば強引に行われた事もあり、快く思わぬ者は多かったのだが、その頃には陛下からの絶大な信頼を勝ち得ていたアロイジウスに、表立って意見出来る者は既にいなかった。


宮中伯の地位をも手に入れ、ザイフリート公爵家より多額の援助を受けるイェリネク伯爵家の長女を王妃に押し上げた後、当人達の意に沿わぬ形で「王妃派」と「王太子派」の対立構造を作り上げたアロイジウス。
そのまま王宮への影響力を磐石のものとするかに思われたが。


現王妃殿下は政治に疎く、ザイフリート宮中伯からすると国王陛下同様に御し易いタイプではあったが、国王陛下が選んだだけあって心根が優しく情の深い方で、幼くして母を亡くしたクラウス様に対して同情的だった。
付け加えるならば、年少の頃のクラウス様は同年代の子供に比べると大人びてはいたが、それでも控えめに言って天使だった為、現王妃殿下が絆されてしまうのも無理はないと思う。


クラウス様はクラウス様で、義理の母に取り立てて反発する訳でもなく、後に生まれたふたりの王子に対しても何かと世話を焼いている。
何も知らない者は「冷淡無情なクラウス様からは想像が付かない」と言うが、クラウス様は別に冷淡でも無情でもないし、王子殿下達もクラウス様の無表情を恐れる事なく慕っている。物心付いた時から無表情なので、そんなものだと思っている。多分。


派閥自体は出来たものの、当の本人同士が対立しない。
更には次々と臣下の不正や背信が発覚し、「王妃派」に属する者の殆どが王宮を追われ、姿を消した―――当時はまだ幼かった(天使)クラウス様と、宰相閣下の手によって。


国王陛下も、前王妃殿下の忘れ形見であるクラウス様を溺愛しており、「早い内にクラウスに王位を譲って隠居したい」などと生前退位を仄めかす発言もあったらしく、ザイフリート宮中伯としては、なるべく早くに王太子妃の義父としての足場を固めたい筈だ。


「お時間があるのでしたら、庭園を一緒にお散歩いたしません?こうしてお話が出来るのも久々ですもの」
「そうだね」


まさかテオバルトをずっと寝かせておく訳にもいかないので、出来る事ならば今日中にこの男から『主君の石』を奪いたい。
情報を引き出す為に多少挑発したとしても、人目のある場所ならばそう大それた真似はして来ないだろう。
そう思って建物の表に回ろうと歩を進めようとした、その時に初めて―――自分の足が、地面に縫い止められたかの様に動かない事に気が付いた。


「―――ッ!?」


ザイフリート宮中伯はそんなわたくしの様子を一度観察する様に眺めてから、普段と変わらぬ穏やかな笑顔を浮かべる。


「丁度よかった。……私もエリザベータ嬢とは、ゆっくりと話がしたいと思っていたんだ」









コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品