乙女ゲームの当て馬悪役令嬢は、王太子殿下の幸せを願います!

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第65話 ザイフリート宮中伯の憂慮

わたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムは派手扇をパタパタさせながら、濃紺の片外套マントを身に纏った体格の良い壮年男性―――ザイフリート宮中伯に微笑みかける。


「あら、おじさま!ご機嫌よう。おじさまこそ、こんな所へいらっしゃるなんて。どうかなさったの?」


宮中伯である彼は、精霊祭の今日は何かと忙しい筈だ。少なくとも、こんな誰もいない旧聖堂の裏をぷらぷらしている暇などないくらいには。


「君の所の侍女が、人間の様なものを持ち運んでいるのを見かけてね」


に、人間の様なもの。


「布でぐるぐる巻きにされていたので遠目にはよく分からなかったのだが、何かあったのかと思い、確認しに来たのだよ。こちらの方から出て来た様だったのでね」


ぬ、布でぐるぐる巻き。


多分、テオバルトの銀髪が人目に付く事を考慮して、途中で布で隠したものと思われる。お陰でテオバルトの存在には気付かれていない様ね。流石はカルラ。有能侍女。
それを差し引いても、テオバルトを小脇に抱えて歩くカルラの姿はさぞ目立った事だろう。


「妹に案内がてら王宮の散策をしていたのですが、怪我をしている方を見つけたもので、カルラに手当てさせたのですわ」


と、いう事にしておく。


「怪我!?やはり、ここで何かあったのか?」


わたくしの言葉に、ザイフリート宮中伯が瞠目した。
おっと、しまった。大事おおごとになるのはまずいわ。
さっと辺りを見渡して思考を巡らせる。


「………いいえ!その方は木から落ちたのですわ!…ひとりで!!」
「木から?」
「え、ええ!その方は何だか突然、木に登りたくなってしまったらしく」
態々わざわざ精霊祭の今日に、王宮に来てまで……自分の屋敷の庭の木にでも、登っておればよかろうに」
「そう。そうです、その通りなのですけれど、その方はどうしても、どうーしても今!『木に登りたい!』という欲求を抑え切れなくなってしまったのです。ですので人目に付かないこの場所で、木に登っていたのです。そして落ちてしまったのですわ」
「何と………奇怪きっかいな」


わたくしもそう思う。


ザイフリート宮中伯は片眉を上げて怪訝な表情を浮かべている。無理もない。
咄嗟にテオバルトを木登り大好き男(でも下手)に仕立て上げてしまった事に若干の申し訳なさを感じつつも、わたくしは話を続けた。


「王宮の医務の手を煩わす程でもないと思いましたので、我が家で治療する事にしたのですわ。王宮へは、日を改めて報告させていただきます」
「うむ…手間をかけるな」
「いいえ!とんでもございませんわ」


今日ばかりは、テオバルトには寝ていて貰わないと困るのよ。


「そういえば、妹御も一緒に居たな」
「フィオナにお会いになるのは今日が初めてでしたわね。おじさまったら、昔の様に訪ねて来て下さらないのですもの」


フィーとザイフリート宮中伯とは、今日の国王陛下への謁見後の挨拶が初顔合わせだった。


「折を見ては訪ねようとしているのだが、アルヴァハイム卿に上手くかわされてしまっているのだよ。どうやら病弱な養女を人目に触れさせたくないほど溺愛しているという噂は本当らしいね」
「まぁ!お父様ったら……申し訳ございません。父はああ見えて心配性なのですわ」


と、いう事にしておく。
お父様が威圧感に満ち溢れた外見の割に心配性なのは本当の事だ。


「それでその……エリザベータ嬢は、大丈夫なのかい?」
「色々と噂はある様ですけれど、妹とは仲良くしておりますわよ?」


子供がいない訳でもないのに突然養子をとって、隠す様に外にも出さないとあれば、衆目を集めるのは当然で、世間では「フィーがお父様の隠し子」説がまことしやかに囁かれている事も知っている。


フィーが我が家に来た当初は、夜になると兄を思い出して泣いてしまう事も多かったのだが、何故かわたくしが夜な夜な義理の妹を泣かせていると噂になった事もある。


「そうではなく………殿下の事だが」


クラウス様……


ピクッと反応したわたくしの様子を、ザイフリート宮中伯は気遣わし気に見ている。


形ばかりの婚約者とは言え、わたくしがクラウス様に思いを寄せている事は周知の事実だ。だって隠していないんですもの。知らない人の方が少ないのではないかしら。


どうやらザイフリート宮中伯の発言は、近々クラウス様との婚約を解消するであろうわたくしを心配したものだった様だ。


「……アリス様は、ザイフリート公爵家の養女になると聞きましたわ」


『エバラバ』にそこまでの細かい記述はなかったが、平民のままでは王太子妃になる事は出来ない。
『愛し子』としてアリス本人が爵位を賜るか、こうして貴族の養女として身分を持つ事は当然の成り行きだ。


クラウス様の「王太子妃を誰にするか決めた」発言も手伝って、アリスが王太子妃の筆頭候補である事もまた、周知の事実。


「うむ。私も平民から成り上がった身だ。共感する部分もあるし、彼女のこれからの苦労を考えると、せめて後ろ盾になってやりたいと思ってね」


ザイフリート宮中伯も元は平民。
魔力の高さと、アリスと同じ『愛し子』である事から爵位を賜り、政治能力の高さで宮中伯の地位まで登り詰めた。


「……エリザベータ嬢としては、色々とやりきれぬ思いもあるだろう。つらい事があるならば、話して欲しい」


その気さくさと配慮ある言動から、国王陛下から絶大な信頼を寄せられている。


前王妃様の崩御で失意の底にいた陛下を慰め、今の王妃様を引き合わせたのも彼なのだとか。


「私にしてやれる事は多くはないが……出来る限りの事はしてやりたいと思っているのだ。これでも、エリザベータ嬢の事は本当の娘の様に思っているのだよ」
「………おじさま」


少し決まりが悪そうに白髪混じりの顎髭を手で整えながらこちらを気遣う姿は、本当にわたくしを心配してくれている様に見えて、思わず心の内を吐露してしまいそうになる程だ。


―――そうやって、陛下にも取り入ったのかしら。









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