乙女ゲームの当て馬悪役令嬢は、王太子殿下の幸せを願います!
第52話 アリス・アイメルトの悋気
放課後、学院の中庭。
銀杏の新緑の中、クラウス様とアリスが並んで歩いて行く。ふたりの向かう先は生徒会執務室だ。
「クラウス殿下〜」
そんなふたりの元へ、猫撫で声を出して駆け寄る紅い髪の女性がいた。
華やかで美しいが険のある顔立ち。クラウス様の婚約者、侯爵令嬢エリザベータだ。
エリザベータはふたりの間にすいと割り込み、クラウス様に腕を絡ませ甘える様にしなだれかかる。
「わたくし、殿下にお話ししたい事がありますの。お時間よろしいかしらぁ」
そう言ってから、エリザベータはクラウス様に腕を絡ませたまま、ちらりとアリスに目を遣り意地悪そうな笑みを浮かべた。アリスはそれからつい目を逸らしてしまう。
(エリザベータ様はクラウス殿下の婚約者。仲睦まじいのは良い事なのに、どうしてこんなに胸が苦しいの……ううん、理由は分かってる。私は、クラウス殿下の事が……)
そっと悲しげに目を伏せるアリスだったが、朗々と通るクラウス様の声に、はっと顔を上げた。
「悪いが、これからアリスに生徒会の業務を教えなければならない」
クラウス様の生徒会の仕事を手伝う為に、アリスは執務室へ向かっていたのだ。
「生徒会のお手伝いでしたら、わたくしにだって出来ますわ!」
「話なら後にしてくれ」
食い下がるエリザベータに、クラウス様はにべもない。エリザベータの腕をあっさりと振り解くと、アリスと共に執務室へと去って行ってしまった。
「〜〜〜っ!何よっ!!」
ひとりその場にとり残されたエリザベータは、元からの吊り目を更に吊り上げ、憤慨に体を打ち震わせるのであった。
―――とまぁ、このイベントでのエリザベータの出番は以上だが、わたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムはここに手巾を噛むアクションも加えてみようと思っている。
折角カルラが用意してくれたのだもの、活用していかないといけませんわ。
アリスが生徒会の業務を手伝う事になり、それについての説明を受けるのが今日であるという情報を、わたくしは本人から聞いて知っていた。
その為こうして青々と茂る銀杏の木の幹に身を潜め、クラウス様とアリスが来るのを待ち伏せているのだ。その姿、ほんのりと不審者。
放課後なので中庭に人影は少ないが、偶に通りすがる生徒達がこちらを見て何やらヒソヒソと囁き合いながら通り過ぎて行く。見世物じゃあないのよ。チラチラ振り返っていないで早く去りなさい。
アリスと仲良くなった今となってはやりづらい事この上ないものとなってしまった今回のイベント、更にはどう考えても自分の心が甚大な被害を被るのは目に見えている為、正直スルーしてしまいたい気持ちもある。
しかしこれはアリスが自分に芽生えた恋心を自覚する重要なイベントでもある。このイベントによってクラウス様ルートが確定すると言っても過言ではないので、エリザベータの行動に至るまで確実に再現しなければいけない、とカルラが言っていた。
やると決めたからには、やるわ。やるわよ、わたくしは。
「リーゼお嬢様。対象が現れました」
銀杏の木の上の方からカルラの声が降って来る。わたくしの侍女は潜むのが上手い。
「ひと仕事終えられましたら、本日の晩餐はお嬢様のお好きなシーフードのクリームシチューですよ」
「カルラ……!わたくし、やるわ!」
「ご武運を」
カルラの言葉に背中を押され、わたくしは彼らの元に駆け寄ろうとした。
―――しかし。
「ク………えぇっ!?」
驚きのあまり、クラウス様の名を呼ぼうとしたわたくしの動きが止まる。
確かにそこにクラウス様は居た。アリスも。
―――でもどうして、ウィルフリードとギルバートまで居るの!?『エバラバ』ではふたりだけだったじゃない!
クラウス様はアリスの他にウィルフリードとギルバートまで連れ、総勢4名で生徒会執務室へと向かっている様だった。
ゲームとは異なる状況に、わたくしの頭が真っ白になる。イレギュラーに弱い、哀しき悪役令嬢エリザベータ。
彼等もまたわたくしの存在に気付いた様子だ。
「ク……クッ………!」
わたくしは、心を決めた。
「クラウス殿下ぁ〜!」
やると言ったら、やるのよ、わたくしは!
イレギュラーには弱いが、逆境にはめっぽう強い、悪役令嬢エリザベータ!!
ギャラリーが増えたからといって、それが一体何だというの!!
今まで出した事のない様な精一杯の甘い声で彼等の元へと駆け寄ったわたくしを見て、クラウス様が僅かに眉を顰める。
いたた、痛い。心が痛い。
「リ、リーゼ様?」
「エリザベータ嬢…?」
いつもと様子の違うわたくしに、アリスとウィルフリードはぽかんとしている。居た堪れない。
唯一『エバラバ』を知るギルバートは真面目な表情のままだったが、その口角がピクピクと震えている。あれは笑いを堪えている表情だわ。後で覚えておきなさいよ。
怒りと羞恥がないまぜになった感情をぐっとこらえ、わたくしは先を続ける。
「わたくし、殿下にお話ししたい事がありますの。お時間よろしいかしらぁ」
『エバラバ』でエリザベータがした様に、自分の腕をクラウス様の腕に絡ませ、その体にしなだれかかった。
やった、やってやったわ!
良かった。腕を組む前にクラウス様から振り払われなくて。ちょっと安心。
「おぉっ!」とギルバートが歓声を上げる。見世物じゃあないのよ。後で覚えておきなさい、絶対に許さないから。
周りを伺うと、「何してんだコイツ」みたいな顔をしたウィルフリードの横には、明らかにむっとした様子のアリスの姿があった。
こっこれは?
今まで何度も空振りに終わった嫌味攻撃に比べ、初めて感じる確かな手応え。これは、嫉妬。嫉妬しているのね、アリス!?
―――頑張って良かった。今までの苦労が報われる様な達成感を覚える。
嫉妬の表情まで可愛いなんて、主人公って半端ないのね。
しかし、そろそろクラウス様からの拒絶の言葉が降って来てもおかしくない頃合いなのだけれど。
恐る恐る視線を上げると、わたくしを見下ろすクラウス様の藍色の瞳が僅かに白んでいた。怒っている!
ひぇっ!そんなに怒らなくても!クラウス様が話を進めてくれたら直ぐにやめますからぁ!
耐えられない、腕を振り解くなら早くして下さい、クラウス様。
泣きそう。帰りたい。今すぐ帰って温かいシチューが食べたい。
あっという間に限界を迎える忍耐。そっと自らクラウス様から離れようとしたわたくしの体は、しかし腰に回された手によって逆に引き寄せられた。
「え!?」
「悪いが、先に行っていてくれ」
「えぇっ!?」
自分ではなく3人の側に向けられたクラウス様の言葉に、わたくしの口から驚愕の声が上がる。
「何だ。話があるのではないのか」
「あっ……そう、なんですけど……」
クラウス様の瞳はすっかり元の藍色に戻っている。見間違い……の筈は、ないのですけれど。
しかしクラウス様の言い分は尤もで、「話がある」と言い出したのはわたくしの方だ。
予想外の返しに固まるわたくしは、イレギュラーに弱い、哀しき悪役令嬢エリザベータ。
「殿下!何ですかその手は!リーゼ様から離れて下さい!!」
アリスがぷんすかしながらわたくしの腰に回されたクラウス様の手をビシッと指差す。
普通「離れて下さい」はわたくしに向かって言うべき台詞なのではないだろうか。
アリスは嫉妬の怒りを相手の女性ではなく本人に向けるタイプなのかもしれない。
「何か問題が?」
「私はっ!リーゼ様のお友達ですよ!」
「それがどうした。俺は婚約者だ」
何だかわたくしがモテている様なよく分からないやり取りの末、アリスがぐぬぬと唸る。ぐぬぬする姿すら可愛らしい。
「ウィル。頼んだ」
「はいはい。行きますよー。ほら、アリス嬢も」
「うぅ〜〜っ!」
クラウス様に促されたウィルフリードが、納得のいかない様子のアリスとニヤニヤしているギルバートを引率して執務室へと去って行ってしまう。
え!?ちょっと、待って!置いて行かないで!!
ふたりこの場に取り残されてしまったクラウス様とわたくし。
………あら?
ここから一体、どうしたらいいのかしら?
銀杏の新緑の中、クラウス様とアリスが並んで歩いて行く。ふたりの向かう先は生徒会執務室だ。
「クラウス殿下〜」
そんなふたりの元へ、猫撫で声を出して駆け寄る紅い髪の女性がいた。
華やかで美しいが険のある顔立ち。クラウス様の婚約者、侯爵令嬢エリザベータだ。
エリザベータはふたりの間にすいと割り込み、クラウス様に腕を絡ませ甘える様にしなだれかかる。
「わたくし、殿下にお話ししたい事がありますの。お時間よろしいかしらぁ」
そう言ってから、エリザベータはクラウス様に腕を絡ませたまま、ちらりとアリスに目を遣り意地悪そうな笑みを浮かべた。アリスはそれからつい目を逸らしてしまう。
(エリザベータ様はクラウス殿下の婚約者。仲睦まじいのは良い事なのに、どうしてこんなに胸が苦しいの……ううん、理由は分かってる。私は、クラウス殿下の事が……)
そっと悲しげに目を伏せるアリスだったが、朗々と通るクラウス様の声に、はっと顔を上げた。
「悪いが、これからアリスに生徒会の業務を教えなければならない」
クラウス様の生徒会の仕事を手伝う為に、アリスは執務室へ向かっていたのだ。
「生徒会のお手伝いでしたら、わたくしにだって出来ますわ!」
「話なら後にしてくれ」
食い下がるエリザベータに、クラウス様はにべもない。エリザベータの腕をあっさりと振り解くと、アリスと共に執務室へと去って行ってしまった。
「〜〜〜っ!何よっ!!」
ひとりその場にとり残されたエリザベータは、元からの吊り目を更に吊り上げ、憤慨に体を打ち震わせるのであった。
―――とまぁ、このイベントでのエリザベータの出番は以上だが、わたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムはここに手巾を噛むアクションも加えてみようと思っている。
折角カルラが用意してくれたのだもの、活用していかないといけませんわ。
アリスが生徒会の業務を手伝う事になり、それについての説明を受けるのが今日であるという情報を、わたくしは本人から聞いて知っていた。
その為こうして青々と茂る銀杏の木の幹に身を潜め、クラウス様とアリスが来るのを待ち伏せているのだ。その姿、ほんのりと不審者。
放課後なので中庭に人影は少ないが、偶に通りすがる生徒達がこちらを見て何やらヒソヒソと囁き合いながら通り過ぎて行く。見世物じゃあないのよ。チラチラ振り返っていないで早く去りなさい。
アリスと仲良くなった今となってはやりづらい事この上ないものとなってしまった今回のイベント、更にはどう考えても自分の心が甚大な被害を被るのは目に見えている為、正直スルーしてしまいたい気持ちもある。
しかしこれはアリスが自分に芽生えた恋心を自覚する重要なイベントでもある。このイベントによってクラウス様ルートが確定すると言っても過言ではないので、エリザベータの行動に至るまで確実に再現しなければいけない、とカルラが言っていた。
やると決めたからには、やるわ。やるわよ、わたくしは。
「リーゼお嬢様。対象が現れました」
銀杏の木の上の方からカルラの声が降って来る。わたくしの侍女は潜むのが上手い。
「ひと仕事終えられましたら、本日の晩餐はお嬢様のお好きなシーフードのクリームシチューですよ」
「カルラ……!わたくし、やるわ!」
「ご武運を」
カルラの言葉に背中を押され、わたくしは彼らの元に駆け寄ろうとした。
―――しかし。
「ク………えぇっ!?」
驚きのあまり、クラウス様の名を呼ぼうとしたわたくしの動きが止まる。
確かにそこにクラウス様は居た。アリスも。
―――でもどうして、ウィルフリードとギルバートまで居るの!?『エバラバ』ではふたりだけだったじゃない!
クラウス様はアリスの他にウィルフリードとギルバートまで連れ、総勢4名で生徒会執務室へと向かっている様だった。
ゲームとは異なる状況に、わたくしの頭が真っ白になる。イレギュラーに弱い、哀しき悪役令嬢エリザベータ。
彼等もまたわたくしの存在に気付いた様子だ。
「ク……クッ………!」
わたくしは、心を決めた。
「クラウス殿下ぁ〜!」
やると言ったら、やるのよ、わたくしは!
イレギュラーには弱いが、逆境にはめっぽう強い、悪役令嬢エリザベータ!!
ギャラリーが増えたからといって、それが一体何だというの!!
今まで出した事のない様な精一杯の甘い声で彼等の元へと駆け寄ったわたくしを見て、クラウス様が僅かに眉を顰める。
いたた、痛い。心が痛い。
「リ、リーゼ様?」
「エリザベータ嬢…?」
いつもと様子の違うわたくしに、アリスとウィルフリードはぽかんとしている。居た堪れない。
唯一『エバラバ』を知るギルバートは真面目な表情のままだったが、その口角がピクピクと震えている。あれは笑いを堪えている表情だわ。後で覚えておきなさいよ。
怒りと羞恥がないまぜになった感情をぐっとこらえ、わたくしは先を続ける。
「わたくし、殿下にお話ししたい事がありますの。お時間よろしいかしらぁ」
『エバラバ』でエリザベータがした様に、自分の腕をクラウス様の腕に絡ませ、その体にしなだれかかった。
やった、やってやったわ!
良かった。腕を組む前にクラウス様から振り払われなくて。ちょっと安心。
「おぉっ!」とギルバートが歓声を上げる。見世物じゃあないのよ。後で覚えておきなさい、絶対に許さないから。
周りを伺うと、「何してんだコイツ」みたいな顔をしたウィルフリードの横には、明らかにむっとした様子のアリスの姿があった。
こっこれは?
今まで何度も空振りに終わった嫌味攻撃に比べ、初めて感じる確かな手応え。これは、嫉妬。嫉妬しているのね、アリス!?
―――頑張って良かった。今までの苦労が報われる様な達成感を覚える。
嫉妬の表情まで可愛いなんて、主人公って半端ないのね。
しかし、そろそろクラウス様からの拒絶の言葉が降って来てもおかしくない頃合いなのだけれど。
恐る恐る視線を上げると、わたくしを見下ろすクラウス様の藍色の瞳が僅かに白んでいた。怒っている!
ひぇっ!そんなに怒らなくても!クラウス様が話を進めてくれたら直ぐにやめますからぁ!
耐えられない、腕を振り解くなら早くして下さい、クラウス様。
泣きそう。帰りたい。今すぐ帰って温かいシチューが食べたい。
あっという間に限界を迎える忍耐。そっと自らクラウス様から離れようとしたわたくしの体は、しかし腰に回された手によって逆に引き寄せられた。
「え!?」
「悪いが、先に行っていてくれ」
「えぇっ!?」
自分ではなく3人の側に向けられたクラウス様の言葉に、わたくしの口から驚愕の声が上がる。
「何だ。話があるのではないのか」
「あっ……そう、なんですけど……」
クラウス様の瞳はすっかり元の藍色に戻っている。見間違い……の筈は、ないのですけれど。
しかしクラウス様の言い分は尤もで、「話がある」と言い出したのはわたくしの方だ。
予想外の返しに固まるわたくしは、イレギュラーに弱い、哀しき悪役令嬢エリザベータ。
「殿下!何ですかその手は!リーゼ様から離れて下さい!!」
アリスがぷんすかしながらわたくしの腰に回されたクラウス様の手をビシッと指差す。
普通「離れて下さい」はわたくしに向かって言うべき台詞なのではないだろうか。
アリスは嫉妬の怒りを相手の女性ではなく本人に向けるタイプなのかもしれない。
「何か問題が?」
「私はっ!リーゼ様のお友達ですよ!」
「それがどうした。俺は婚約者だ」
何だかわたくしがモテている様なよく分からないやり取りの末、アリスがぐぬぬと唸る。ぐぬぬする姿すら可愛らしい。
「ウィル。頼んだ」
「はいはい。行きますよー。ほら、アリス嬢も」
「うぅ〜〜っ!」
クラウス様に促されたウィルフリードが、納得のいかない様子のアリスとニヤニヤしているギルバートを引率して執務室へと去って行ってしまう。
え!?ちょっと、待って!置いて行かないで!!
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