乙女ゲームの当て馬悪役令嬢は、王太子殿下の幸せを願います!

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第44話 ハンナのお茶会①

王都のファウルハーバー子爵家別邸。
貴族の家の応接室サロンにしてはややこじんまりとした空間の中に、国外からの輸入品とおぼしき美術品が数多く飾られている。かといって雑多といった印象は全く受けず、バランス良く調和された配置からはこの家の主人のセンスの良さがうかがえた。


「ようこそ、エリザベータ様!」


ふんわりとした若草色のボブヘアーを揺らし快活な笑顔でわたくしを迎えるのは、ハンナ・フォン・ファウルハーバー。
『エバラバ』では主人公ヒロインアリスの親友、兼、サポートキャラで、彼女から話を聞く事でイベントが開放されたり、攻略対象の好感度を教えてくれたりする。


「お招きいただき感謝申し上げますわ」


淑女の礼で挨拶を返してから、愛用の派手扇を広げる。
今日の扇はラメの入ったレース付き。ギラギラしているわよ。


「ふふん。今や王太子妃筆頭候補のアリス様と仲のよろしいハンナ様が何を企んでいらっしゃるのかは存じ上げませんが、受けて立って差し上げましてよ、おーっほっほっほっ!」


わたくしはそう言って高らかに笑った。


お茶会の招待状には『親しい友人のみを招いた』とあったが、わたくしとハンナは特別親しい訳ではない。


思えば歓迎会のドレスを買いに行くアリスとハンナに勝手に付いて行ったり、悪役令嬢としての職務を全うする為アリスにウザ絡みに行った時などに、言葉を交わす事はあったが、こういった内輪の集まりに参加する様な間柄ではないのだ。


というかクラウス様の現婚約者だがそろそろ解消される予定のわたくしと、クラウス様の結婚相手の本命候補であるアリスの親友ハンナとは、どちらかというと敵対関係に当たるのではないだろうか。世間体的には。


「やだなー、エリザベータ様。そーいうのじゃないですよ。アリスはどーーっしてもエリザベータ様に会いたいって言うし、私もエリザベータ様とゆっくりお話ししてみたいなって前々から思ってたんです。でもエリザベータ様ってばお茶会や夜会には滅多に出席されないって有名でしょ?ダメ元で誘ってみたんですよ。だから、今日のお茶会は3人だけなんです」


ハンナがそう言ってカラカラと笑っていると。


「エリザベータ様!」


鈴を転がす様な声でわたくしの名を呼び、こちらに駆け寄って来る少女。


来たわね主人公ヒロイン


見ていたわよ。
先に着いて紅茶を飲んでいたけれど、わたくしが到着したらソワソワし出して、ハンナとわたくしが話し終えるのを待っていようとはしたものの、結局待ちきれなくてたまらず駆け出してしまった、その一部始終を、わたくしは見ていないフリをしながら見ていたわよ。


アリス・アイメルト。


まるで性格を表すかの様な真っ直ぐ癖のない蜂蜜色のロングヘアーがサラサラと揺れる。
この澄んだエメラルドの瞳に見つめられたなら、どんな男性でも目を奪われてしまうだろう。
現に女性のわたくしだって今、目を奪われてしまっている。眩しい。


フッ……やるじゃない。
少し見ない間に、また一段と〈魅力うで〉を上げた様じゃあないの。
と思いつつも、わたくしは少しおののいていた。


『エバラバ』ではステータスはどれも99でカンストだったけれど、なんだか、なんというか……もうカンストしてない?上げすぎじゃない?


「男子、三日会わざれば刮目してみよ」という言葉があるけれど、この子がそれだわ。女子だけれど。
会う度に可愛くなっている。


現実にステータスなんてものが存在するのかは知らないけれど、これ以上〈魅力〉を上げたら、眩しすぎて顔が見えなくなっちゃうんじゃあないの?心配だわ。流石にそこまで行くと日常生活に支障をきたしてしまうもの。


でもこうは考えられないだろうか。
〈魅力〉ならクラウス様だって負けていない。
戦力が同等であれば状態異常は無効化されるとか、なんかそんな感じで大丈夫かもしれない。


なら良し!!


「エリザベータ様!私、エリザベータ様にお礼を……」
「あーらアリス様ご機嫌よう。このわたくしを相手に挨拶もなく話し始めるだなんてもう王太子妃にでもなられたおつもりかしら油断なさってますと足元掬われますわよおーっほっほっほっ!」
「あぁっ!すみません!エリザベータ様、ご機嫌よう!それでですね……」


くっ!相変わらずのマイペースね、この子は。
息継ぎなしで言い切った出会い頭の先制嫌味ジャブがなんなくいなされ、わたくしは歯噛みした。


わたくし渾身の嫌味攻撃も、最近ではアリスの鈍感力の前に暖簾に腕押し状態。最早もはや形骸化しつつある。


どういう事なの。『エバラバ』のアリスだったらもうちょっとこう、落ち込むなりへこむなりしてヒロインらしいか弱さをかもし出してくれていたわよ。
でも実際、ゲームのアリスみたいにこの程度の嫌味で落ち込んでしまう様では王太子妃になった所でぐに潰れてしまうかもしれない。


なら良し!!


それにわたくしに言われて慌ててとった淑女の礼。〈礼節〉ステータスも順調に上げている様ね。


初めの頃こそ拙さを隠し切れないたどたどしかった淑女の礼をとっていたアリスも、今では見違える様だ。何も知らない者が見たならば、彼女の身分が平民である事に驚くだろう、流れる様に美しい所作だった。
わたくしの予想だけれど、〈礼節〉ステータスの数値で言えば70〜80といった所かしら。時期的にも理想的な数値だ。


強く………なったのね。


「火傷も治してもらってもう元気だって言ってるのに5日も休学になるし、その間にエリザベータ様は停学になってるし、私、ずっと、エリザベータ様にお礼が言いたかったんです!」


感慨にふけるわたくしを余所よそに、アリスは一生懸命話し続ける。


「エリザベータ様、助けてくれて、ありがとうございました」


ぐわーっ!かわいい!!


わたくしは女性の中では上背がある方なので、小柄なアリスは必然的に下から見上げる格好になる。
上目遣いにエメラルドの瞳をこちらに向けながら、頬をほんのりと桜色に染め、はにかむ様に笑うその姿は、なんなの、妖精なの?精霊なの?あ、精霊王だったわね。


「ふ…ふんっ!勘違いなさらないで!別に貴女あなたを助けた訳ではありませんわ!」


どこをどう見てもアリスを助けた様にしか見えなかっただろうが、わたくしは動揺のあまり扇で顔を隠してそっぽを向いた。


「まーまー、いつまでも立ち話というのも何ですから、座ってお茶会を始めましょう?」


ハンナがわたくしを宥めすかして、紅茶の用意がされた茶卓子ティーテーブルの方へと促す。


金の塗料で色付けされた鋼の脚が美しい曲線を描く、硝子ガラスの天板が嵌め込まれた可愛い茶卓子ティーテーブルわきに、シンプルなデザインの椅子が3脚用意されている。


まさか、現物を拝める日が訪れるなんて。


これが………『ハンナのお茶会』。









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