乙女ゲームの当て馬悪役令嬢は、王太子殿下の幸せを願います!

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第32話 暗殺者の妹

『エバラバ』の攻略対象"暗殺者テオ"は隠しキャラだ。


主人公ヒロインアリスの〈礼節〉ステータスが20以下の状態で、特定の時期に町外れの「打ち捨てられた教会」へ行くと出会いイベントが発生、そこから何度か偶然の再会を繰り返し徐々に親交を深めて行く。


その彼が"暗殺者"であった事をアリスが知るのはクラウス様暗殺の後。


王宮への謀反を目論む者に騙され『従者の石』を体に埋め込まれたテオバルトは、「暗部」と呼ばれる王室直属の諜報機関に属しながらも王太子であるクラウス様を手にかけてしまう。


『従者の石』とは「隷属」の〈魔術〉が刻まれた〈闇〉の魔石。
身の内に埋め込まれた者は対となる『主君の石』を持つ者の命に逆らえなくなる。


自分の意思ではなかったにせよ深い後悔と自責の念に駆られたテオバルトはその胸の内をアリスに吐露し、テオバルトの懺悔を聞いたアリスは「彼を助けたい」という強い思いから〈魔術〉を発現させ、テオバルトの中の『従者の石』を消滅させる。


……遅いのよ!
クラウス様が死ぬ前にやってよ、それ!
ゲーム中で何度思った事だろうか。


こうしてアリスは、王宮から追われる身となったテオバルトと共に逃避行、ハッピーエンドではふたりで隣国へ逃げ延び、バッドエンドではテオバルトは捕らえられ処刑されてしまう。
これがテオバルトルートだ。


テオバルト・マイヤーは儚げでミステリアスな雰囲気を持つ銀髪の青年。


そして―――




「フィーの髪はね、本当は鮮やかな銀色なのよ」


ふわふわと柔らかい桜色の髪を一房すくいあげると、フィーがはにかむ様に微笑んだ。


髪に〈魔術〉が施されている事は、近くで見ればぐに分かる。
〈光〉の〈魔術〉で色を変えているのだ。




フィーを保護して屋敷へ帰ったあの日、頭から被った外套ローブを外して現れたのは、銀髪の幼い女の子だった。


翌日に帰宅したお父様に事情を説明してから改めて話を聞くと、彼女の名前はフィーニ・マイヤー、年齢はまだ6歳。
早くに両親を亡くし、年の近い兄が流行り病で亡くなってからは、もうひとりの兄とふたりきりで生活していたらしい。


銀髪。
そしてフィーニ・という名前。


作中でテオバルトは「妹がいた」と語っていた。
「2年前に亡くした」とも。


―――その、妹じゃないの!


思い出した。
フィーを保護した廃教会、どこかで見た事があると思ったら『エバラバ』に出てくる「打ち捨てられた教会」だ。


彼は妹を思い出してあの場所を訪れていたのかもしれない。


フィーから話を聞いたお父様は、フィーの兄は王宮の暗部に関わりがあるのではないかと結論付けた。
流石お父様。鋭い。


暗部は、任務内容から組織構成に至るまでの一切が秘匿されており、王室の命のもと宰相と宮中伯が統率しているが、10名の宮中伯の内誰がそれを受け持っているのか他の宮中伯にも知らされる事はないという非公開組織だ。


部署毎に名称もあるらしいがそれを言葉として発する事すら禁じられているという徹底ぶり。


"影"と呼ばれる、王族などの護衛も暗部に所属する人間だ。


因みにこの"影"、クラウス様と婚約した時点からわたくしにも付いているらしい。
この場合は護衛よりも「王太子の婚約者として不適切な行動がないか」監視するという意味合いが強いのだろうと思う。
前に「屋敷の中にまでは入って来ないので放置しています」と言っていたのでカルラには分かっているらしいが、わたくしは現在に至るまで姿を見た事はおろか気配を感じた事すらない。スゴい。


この様な組織に何故平民の、しかも子供が―――当時テオバルトは12歳だった―――関わっているという考えに達したのかというと、その理由はフィーを保護した場所にあった。


フィーを保護したあの廃教会は、守秘義務があるらしくカルラも詳しくは教えてくれなかったが、暗部の人間が機密情報の受け渡しなどに使う場所であり、周囲の土地全体に〈魔術〉が施されている為「その場所を認知している」人間でなければ辿り着けない仕組みになっていたらしい。


そんな場所で馬を休ませようと思い立つカルラはやはり自由な侍女だと思う。
「近かったもので」と言っていた。


フィーの「銀髪」はこの国では珍しい。


貧しく、決して治安が良いとは言えない地区に住んでいた彼らは、その珍しい髪色から人攫いに狙われたりと普段から危険と隣り合わせの暮らしをしていたらしい。


恐らくは暗部と関わりがあり廃教会その場所を知っていたフィーの兄は、自分が居ない間は妹をそこに匿っていたのではないだろうか。


一方、フィーが住んでいたという家は大火で焼け落ちてしまっていて、兄も見つからなかった。


なんとか兄の元へ帰してやりたいが、暗部と関わりのある可能性が出てきてしまった以上「侯爵家」としてフィーの兄を捜索する事は難しい。


暗部に関して触れる事は厳しく制限されており、探る行為や、公の場で話す事すら叛逆罪に抵触するのだ。


出来る事といったらフィーの兄に会える事を期待して家があった辺りに定期的に使用人を遣わせる事くらいだったのだが、そこでまた新たな問題が発生した。


どうもフィーは何者かに狙われているらしい。


破落戸ごろつきまがいの人間が「銀髪の女の子」を探している様子を何度も見かけたと使用人から報告が上がったのだ。


暗部が関わっているのかは調べようがないし、人攫いにしては執拗すぎた。


フィーを侯爵家で保護したまま暫くが過ぎると、始めは侯爵家に馴染めず兄を思い出して泣いていたフィーも徐々に打ち解け、我がアルヴァハイム侯爵家の方はというと、一家揃ってフィーの事が大好きになってしまっていた。


アルヴァハイム侯爵家はわたくしも含め総じて我が強い。
お父様も我が強ければお兄様も我が強く、一見お淑やかそうに見えるお母様が一番我が強い。


そんな我が家にとっておっとりとしたフィーは癒しだった。


このまま孤児院に預けたりしたらフィーが危険な目に遭うかもしれない。


こうしてフィーはアルヴァハイム侯爵家に養女として引き取られ、フィーを狙う者の正体を突き止めるまでは〈魔術〉で髪の色を変え、名前も「フィオナ」に変え、なるべく外部の人間と接触させないようにと侯爵家で隠し守ってきたのだ。









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