乙女ゲームの当て馬悪役令嬢は、王太子殿下の幸せを願います!
第31話 悪役令嬢の悔恨
わたくしが大火に気付いたのは就寝後。
寝入ってからどの位の時間が経ったのかは定かではないが、部屋の外、使用人達の騒立った気配で目を覚ました。
ふと窓の方を見ると、夜中の筈なのに外がやけに明るい。
跳ね上がる様に寝台から飛び出したわたくしは、窓へと駆け寄り―――愕然とした。
南の空が真っ赤に染め上げられていたからだ。
………大火は、防げなかったの!?
自分が行った所でどうなるものでもないと頭では分かっていたが、いてもたってもいられず即座に屋敷を抜け出した。
そして即座にカルラに捕獲された。
敷地の外にすら出ていなかった。
「カルラ!離して!」
「なりません。川があるのでこちらにまで火の手は回らないでしょうが、危険です」
「離し… …っ!」
「旦那様も対応の為王宮へ向かっておいでです。リーゼお嬢様はお屋敷で大人しくなさっていて下さい」
後ろ手に肩と腕の関節を極められているのでカルラの表情は見えないが、声で分かる。怒っている。
当然だ。
「…でもっ……!」
「リーゼお嬢様が城下の火災対策にお心を砕いていらっしゃった事は理解しています。……お嬢様が示された対策の中には『二次災害を防ぐ為に火事が心配でも見に行かない』というものもあった筈です。ご自身が破られるおつもりですか?」
「………!」
返す言葉もない。
もう、全て話してしまおうか。
そんな考えが頭を過ぎる。
話す?何を?
大火が起こる事は分かっていたのに防ぐ事が出来なくて申し訳ない?
アリスという、会った事もない少女とその両親が心配?
……聞き入れてもらえる気はしない。
それに、既に大火は起こってしまっている。
全てが手遅れだ。
やり方が悪かったのか、何かが足りなかったのか。
そもそも始めから、例え信じてもらえなくても全て話してしまっていれば良かったのだろうか。
そうしたら、何か変わった?
ゲームのシナリオを―――既に決められたこの国の運命を、変える事が出来た?
―――分からない。
「………お嬢様」
力が抜けた腕の拘束が解かれカルラと向き合えば、彼女は痛ましげに眉を顰めた。
酷い顔をしていたのかもしれない。
結局、「カルラの言う事を全面的に聞く」という条件付きで可能な限り近くまで行く事を許してもらった。
因みに「許した」のはカルラの独断。
カルラはなかなかに自由な侍女だ。
同じく侍女のカミラに頼んで、わたくしの不在がバレない様アリバイ工作もしてくれていたらしい。
辻馬車を装った侯爵家の馬車で―――何故こんなものが我が家にあるのかは謎だが―――南へ向かうと、炎はわたくしの予想を大きく上回る規模で、激しく燃え盛っていた。
王宮魔術士団や王宮騎士団による消火活動は〈魔術〉を用いて行われる。
〈火〉と〈風〉で炎の勢いを抑え、〈水〉と〈土〉で鎮静化、〈光〉と〈闇〉が全体を補助する。
各地区の自警団と比較すると大規模の火災に対応可能なのだが、今回は規模の桁が違った。
王宮による対応は既に始まっていたものの、炎の勢いが強すぎて住民の避難で精一杯の様だった。
カルラの許しが得られず思った程近くまで行く事は叶わなかったが、それでも燃え盛る炎の恐ろしさに体が震えた。
巻き込まれた人達は上手く避難出来ているのだろうか。
アリスは―――アリスの両親は無事だろうか。
尚も激しくうねりをあげる炎をなす術もなく眺めている内に、カルラは「馬を休ませる」と言って、人気のない方向へ馬車を走らせた。
町から離れ、林を抜けた先にあったのは小さな廃教会。
使われなくなって随分経つのだろうか、ところどころが朽ちて崩れている。
カルラが何故こんな場所を知っているのか不思議だったが、「前の仕事で使っていた」とだけ教えてくれた。
軋む扉を押し開いて一歩足を踏み入れた所で、カルラに制止されて立ち止まった。
廃教会の中には長椅子が雑然と並び、その先の壇上に今では誰にも使われなくなった演台がうら寂しく佇んでいるのが見える。
来た事のない場所なのにどこかで見た事がある様な―――その時のわたくしに既視感を確かめるだけの気力はなかった。
「御利用中でしたか」
カルラが演台の方へ呼びかける様に言った。
薄暗い構内には、上空で吹き荒ぶ風と遠くで炎がゴウゴウと燃える音がくぐもった様に混ざり合って響くばかりだ。
それでもカルラはわたくしを制止する手は下ろさず、奥を見つめたまま何か考えている様だった。
「ねぇ、誰かいるの?」
カルラに対する問いかけだったが、わたくしの声に反応する様にガタンと音を立て、演台の裏から小さな人影がひょこっと現れた。
頭からすっぽりと被った外套で顔は見えないが、身の丈は低く子供にしか見えない。
駆け寄ったわたくしに対してびくりと身を震わせ、怯えたそぶりを見せるその子に「大丈夫?」と声をかけると、その子はおそるおそる顔を上げた。
外套の隙間から覗いたのは幼い女の子の顔だ。
「にいさんが……帰ってこないの………」
女の子は消え入りそうな声でそう呟いた。
混乱してしまって上手く説明出来ない様だったが、どうやら彼女は兄とふたりで暮らしていて、いつもここに迎えに来る兄がいつまで経っても現れないらしい。
今日に限って来ないなんて……まさか大火に巻き込まれて?
そう思ったわたくしは、ここにひとりで置いていく訳にはいかないと、渋るカルラを説得してその子を連れ帰ったのだった。
これが、わたくしとフィーとの出会い。
屋敷に戻ったわたくしは、フィーの兄が"テオ"である事を知る。
暗殺者テオ―――テオバルト・マイヤー。
『エバラバ』攻略対象の隠しキャラ。
主人公アリスがクラウス様以外のルートに進んだ場合、クラウス様は彼の手によって暗殺される事になる。
寝入ってからどの位の時間が経ったのかは定かではないが、部屋の外、使用人達の騒立った気配で目を覚ました。
ふと窓の方を見ると、夜中の筈なのに外がやけに明るい。
跳ね上がる様に寝台から飛び出したわたくしは、窓へと駆け寄り―――愕然とした。
南の空が真っ赤に染め上げられていたからだ。
………大火は、防げなかったの!?
自分が行った所でどうなるものでもないと頭では分かっていたが、いてもたってもいられず即座に屋敷を抜け出した。
そして即座にカルラに捕獲された。
敷地の外にすら出ていなかった。
「カルラ!離して!」
「なりません。川があるのでこちらにまで火の手は回らないでしょうが、危険です」
「離し… …っ!」
「旦那様も対応の為王宮へ向かっておいでです。リーゼお嬢様はお屋敷で大人しくなさっていて下さい」
後ろ手に肩と腕の関節を極められているのでカルラの表情は見えないが、声で分かる。怒っている。
当然だ。
「…でもっ……!」
「リーゼお嬢様が城下の火災対策にお心を砕いていらっしゃった事は理解しています。……お嬢様が示された対策の中には『二次災害を防ぐ為に火事が心配でも見に行かない』というものもあった筈です。ご自身が破られるおつもりですか?」
「………!」
返す言葉もない。
もう、全て話してしまおうか。
そんな考えが頭を過ぎる。
話す?何を?
大火が起こる事は分かっていたのに防ぐ事が出来なくて申し訳ない?
アリスという、会った事もない少女とその両親が心配?
……聞き入れてもらえる気はしない。
それに、既に大火は起こってしまっている。
全てが手遅れだ。
やり方が悪かったのか、何かが足りなかったのか。
そもそも始めから、例え信じてもらえなくても全て話してしまっていれば良かったのだろうか。
そうしたら、何か変わった?
ゲームのシナリオを―――既に決められたこの国の運命を、変える事が出来た?
―――分からない。
「………お嬢様」
力が抜けた腕の拘束が解かれカルラと向き合えば、彼女は痛ましげに眉を顰めた。
酷い顔をしていたのかもしれない。
結局、「カルラの言う事を全面的に聞く」という条件付きで可能な限り近くまで行く事を許してもらった。
因みに「許した」のはカルラの独断。
カルラはなかなかに自由な侍女だ。
同じく侍女のカミラに頼んで、わたくしの不在がバレない様アリバイ工作もしてくれていたらしい。
辻馬車を装った侯爵家の馬車で―――何故こんなものが我が家にあるのかは謎だが―――南へ向かうと、炎はわたくしの予想を大きく上回る規模で、激しく燃え盛っていた。
王宮魔術士団や王宮騎士団による消火活動は〈魔術〉を用いて行われる。
〈火〉と〈風〉で炎の勢いを抑え、〈水〉と〈土〉で鎮静化、〈光〉と〈闇〉が全体を補助する。
各地区の自警団と比較すると大規模の火災に対応可能なのだが、今回は規模の桁が違った。
王宮による対応は既に始まっていたものの、炎の勢いが強すぎて住民の避難で精一杯の様だった。
カルラの許しが得られず思った程近くまで行く事は叶わなかったが、それでも燃え盛る炎の恐ろしさに体が震えた。
巻き込まれた人達は上手く避難出来ているのだろうか。
アリスは―――アリスの両親は無事だろうか。
尚も激しくうねりをあげる炎をなす術もなく眺めている内に、カルラは「馬を休ませる」と言って、人気のない方向へ馬車を走らせた。
町から離れ、林を抜けた先にあったのは小さな廃教会。
使われなくなって随分経つのだろうか、ところどころが朽ちて崩れている。
カルラが何故こんな場所を知っているのか不思議だったが、「前の仕事で使っていた」とだけ教えてくれた。
軋む扉を押し開いて一歩足を踏み入れた所で、カルラに制止されて立ち止まった。
廃教会の中には長椅子が雑然と並び、その先の壇上に今では誰にも使われなくなった演台がうら寂しく佇んでいるのが見える。
来た事のない場所なのにどこかで見た事がある様な―――その時のわたくしに既視感を確かめるだけの気力はなかった。
「御利用中でしたか」
カルラが演台の方へ呼びかける様に言った。
薄暗い構内には、上空で吹き荒ぶ風と遠くで炎がゴウゴウと燃える音がくぐもった様に混ざり合って響くばかりだ。
それでもカルラはわたくしを制止する手は下ろさず、奥を見つめたまま何か考えている様だった。
「ねぇ、誰かいるの?」
カルラに対する問いかけだったが、わたくしの声に反応する様にガタンと音を立て、演台の裏から小さな人影がひょこっと現れた。
頭からすっぽりと被った外套で顔は見えないが、身の丈は低く子供にしか見えない。
駆け寄ったわたくしに対してびくりと身を震わせ、怯えたそぶりを見せるその子に「大丈夫?」と声をかけると、その子はおそるおそる顔を上げた。
外套の隙間から覗いたのは幼い女の子の顔だ。
「にいさんが……帰ってこないの………」
女の子は消え入りそうな声でそう呟いた。
混乱してしまって上手く説明出来ない様だったが、どうやら彼女は兄とふたりで暮らしていて、いつもここに迎えに来る兄がいつまで経っても現れないらしい。
今日に限って来ないなんて……まさか大火に巻き込まれて?
そう思ったわたくしは、ここにひとりで置いていく訳にはいかないと、渋るカルラを説得してその子を連れ帰ったのだった。
これが、わたくしとフィーとの出会い。
屋敷に戻ったわたくしは、フィーの兄が"テオ"である事を知る。
暗殺者テオ―――テオバルト・マイヤー。
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