乙女ゲームの当て馬悪役令嬢は、王太子殿下の幸せを願います!
第22話 ヴァールブルク侯爵令息の調書①
〈魔術〉の教室の隣、教員の控え室も兼ねた準備室。
執務机の前に置かれた応接卓子を挟んで、わたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムは、ウィルフリードとアドルフ伯爵のふたりと向かい合って座っていた。
随従を許可されたカルラはわたくしの後ろに控えている。
職員が用意した紅茶とお茶菓子を見て「カツ丼じゃなくて良かった…」と一安心したわたくしだったが、考えてみると「質問がある」と言われただけだし、何もやましい事はないのだから堂々としていれば良いのよね。
紅茶を一口飲んでから、ウィルフリードは榛色の瞳をこちらへ向けた。
「アリス嬢の様子はどうでした?」
「身体に別状はないそうよ。手に火傷を負っていたけれど、治癒出来る範囲だそうだわ」
魔術学院の医務室には治癒の〈魔術〉が使える医務員が常駐している。
アリスの火傷は幸い軽症だったので痕も残らずに済むらしい。
「それは良かった。目が覚めたら誰かに家まで送らせましょう。アドルフ伯爵、手配をお願いします」
微笑みを崩さないまま言うウィルフリードに、アドルフ伯爵は「承知しました」と礼をとってから退室して行った。
生徒が教員に指示を出す姿は不思議なものだが、ウィルフリードは侯爵家嫡男、且つクラウス様の側近でもあるので、アドルフ伯爵よりも実際の立場は上なのだ。
「今回の件はアリス嬢の教本に何者かが細工したのではないかと私は考えています。恐らくアリス嬢本人に気付かれない様、教本の術式の上に同じ術式を重ね書きしてあったのではないでしょうか。そしてその術式に魔力を注ぎ込んだ」
「なるほどね」
アドルフ伯爵が去った後、ウィルフリードは卓子の上に羊皮紙を広げ、羽ペンで速記を走らせながら話し始めた。会話を記録に残しているのだろう。
普通こういう時って「この会話は記録されています」とか何とか一言わたくしに伝えてから始めるものなんじゃあないの。
ともあれウィルフリードの言う通りだろう。
〈魔術〉は通常、魔力を以て術式を綴る事で発現させるのだが、術式を文字として書き起こしたものに魔力を込める事でも同じ事が出来るのだ。
授業で使っている〈魔術〉の教本には、学院での修得過程の全ての術式が記されている。
本来ならば生徒が―――例え無意識にであろうと―――魔力を発揮させる度、教本に載っている術式の中から勝手に〈魔術〉が発現してしまい、授業は阿鼻叫喚の地獄絵図と化すだろう。
〈魔術〉の授業が生きるか死ぬかのサバイバルゲームにならずに済んでいるのは、教本自体に「魔力不感知」の〈魔術〉が施されているからだ。
しかし上書きしてしまえば、今回の様な事も起こり得る。
「でもそれって違法行為でしょう?」
教本の所有権は王国にある、謂わばリース品なので、卒業と共に返却しなければならず、その改竄は法で禁じられている筈だ。
「そうです。覚え書き程度であれば黙認する事も出来ますが、今回の様な事例であれば教本に手を加えた人間を見つけ出して処罰しなければいけません。………まぁそういう訳で、真っ先に疑いが向けられるであろう貴女にお話を伺っておこうかと思いまして」
「わたくし!?」
やっぱり疑われているんじゃないの!
ウィルフリードは悪びれる様子もなく和かに話を続ける。
「はい、そうです。エリザベータ嬢が一番近くに居ましたからね。他の理由としましては、発現したのがアリス嬢には適性の無い〈火〉の〈魔術〉だった事と、貴女の対応が適切すぎた事でしょうか。普通であれば紡ぎ出される術式を予め知っていなければ、あれ程即座に打ち消しは出来ませんから」
「ふっ…わたくしの有能さが逆に仇となった、という訳ね」
「はいそうですね」
「真面目に聞いてる?」
女性では珍しい様ですけれど、わたくしにも速記は出来るのですからね?貴方がわたくしの言葉の後に「巫山戯た言動だが本人は至って真面目」と注釈を入れているのも分かっているのよ?
「はい真面目に聞いていますよ。会議まであまり時間も無いので、早めに答えて頂けますか?」
ウィルフリードの「まったくもー」みたいな笑顔、本当腹立つわ。
魔力が"並"のわたくしに強力な〈魔術〉は使えない。術式を紡いだ所で相応の魔力がなければ〈魔術〉は発現しないのだ。
しかし「打ち消し」の〈魔術〉に関しては話は別だ。
「何故〈火〉の〈魔術〉だったのかは分かりませんけれど、わたくしの対応が迅速且つ的確だった事に関してでしたら理由は簡単ですわ。わたくし、術式が公開されている〈火〉の〈魔術〉は全て把握しておりますので、術式を一目見れば即座に打ち消せます。あの程度、わたくしにかかれば造作もない事でしてよ。おーっほっほっほ!」
〈魔術〉の術式とは『精霊文字』で綴られた文章を指し、『精霊文字』と呼ばれる古代言語はその殆どが未だ解読されていない為、王宮の学者によって解明、公表された術式に限り使用が許可されている。
そして、適性を持つ〈魔術〉に関してはその術式に干渉する事が出来るのだ。
紡がれた術式から、必要な文字を抜いたり、逆に余計な文字を足したりする事で、意味の通らない文章にしてしまえば〈魔術〉は発現しない。
わたくしが行った「打ち消し」がこれだ。
『精霊文字』はどの言語も未解明の部分が多く、文字を差し替える事で思わぬ文章が出来上がってしまう事故を防ぐ為に「打ち消し」用の綴りも術式毎に細かく決められている。
「公表された術式に限り」とはいえ結構な数なので、「打ち消し」の綴りも併せて全て覚えているという者は稀だろう。そもそもそんなに必要なものでもない。
しかしわたくしにとっては違った。
「打ち消し」の〈魔術〉は、既に魔力を込められた術式の文字をいくつか変えるだけのもので、魔力を殆ど使わない。
必要なのは只ひとつ、ひたすら暗記する事のみ。
「魔力」という才能がなくとも努力で何とかなる分野なので、「ここだけは誰にも負けたくない」と必死に暗記しまくったのだ。
「それにウィルフリード様も分かっているのではなくて?あの時のわたくしに、教本に魔力を注ぐなどという真似は出来なかったと」
わたくしは持っていた扇を開いて口元を隠し、ウィルフリードを見据えた。黒い前髪の間から覗く榛色の瞳は、陽の光があまり入らないこの部屋では薄ら緑がかって見える。
「何故ならば!わたくし、実演で貴方に見せた〈火〉の〈魔術〉で魔力を殆ど使い果たしていたので、あんなに大きな炎を発現させる事など到底無理だったのですわ!仮にあの時わたくしが魔力を込めたとしても、せいぜい教本の端を焦がす程度が関の山でしたでしょうね!」
この国においての「〈魔術〉の才能」とは即ち「魔力の総量」。
ウィルフリード程の魔力を持つ者であれば、わたくしが全精力を注いで紡ぎ上げた炎の蜘蛛でも、10体位は軽く作って演習場を蒸し風呂の様にしてしまう事も可能だっただろう。
だがあの男は蜘蛛が苦手なので作るとしたらヘ………いや、考えたくない。
しかしわたくしでは、あの1体が限界だ。
わたくしが高らかに宣言すると、ウィルフリードは少し呆れた様に微笑った。
「情け無い発言を自信満々に言う所は、ある意味貴女の長所なのかもしれませんね」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「いえ、嫌味です」
「貴方は一言多いわよね!?」
本っ当、底意地の悪い男ね!?
「私も一応は教員の補佐としてあの場に居ましたから、貴女の魔力が底を突いていた事は把握しております。「打ち消し」の〈魔術〉の能力の高さについてもこれまでの授業の成績から納得出来る範囲内ですね。そもそもあの時発現した〈魔術〉から感じた魔力は貴女のものではありませんでしたし」
「………え?じゃあこの取り調べは何?」
分かっているのなら何故聞くの?
何だかウィルフリードの言動にはわたくしに対する疑いが感じられない。やる気あるの?
「貴女に疑いが向けられたなら結局は同じ事が必要になるのです。本人の発言の記録が有れば、後から態々呼び出される面倒も無いでしょう?友人としての『思いやり』というものです」
「感謝して欲しい位ですよ」の恩着せがましい一言がなければ素直に感謝も出来るのですけれど。
あとわたくしが前に「思いやりがない」と言った事を根に持っているわね?
「それに、貴女が巻き込まれると殿下が煩いんですよ。なのに自分から首を突っ込んで来るものだから、こちらとしてはいい迷惑です」
「クラウス様が?ご心配なさらずとも、わたくしはクラウス様の不利益になる様な行動は絶っ対に致しませんわ」
「うーん………まぁいいです」
ウィルフリードは何だか微妙な表情だったが納得した様だ。
クラウス様に言い寄る令嬢達を蹴散らしたり、アリスに嫌味を言うのは………出来れば見逃してほしい。
「じゃあ貴方にはあの〈魔術〉が誰のものだったのかも分かっているの?」
ウィルフリードは教本から発現させられた〈魔術〉がわたくしのものではないと分かっている風だった。
確かに、魔力の高い者には〈魔術〉を見て誰の魔力が働いているのか判別する事が出来るらしい。
わたくしには分からないが。
「〈魔術〉の演習場に教室側からの魔力は届きませんので、教本に魔力を送る事が出来たのはあの場で一人しか居ません。〈魔術〉から感じた魔力も彼女のものでした」
アリスの教本が誰かの策略によって燃やされるというイベントは『エバラバ』にもあったが、わたくしはこのイベントは起こらないと思っていた。
ウィルフリードの言葉に、わたくしの心臓が嫌な感じに跳ね上がる。別に驚いた訳ではない。
「プライセル嬢です」
だって『エバラバ』では、教本を燃やした犯人は名もなきモブキャラの縦ロール令嬢―――ロジーネ・フォン・プライセルだったから。
執務机の前に置かれた応接卓子を挟んで、わたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムは、ウィルフリードとアドルフ伯爵のふたりと向かい合って座っていた。
随従を許可されたカルラはわたくしの後ろに控えている。
職員が用意した紅茶とお茶菓子を見て「カツ丼じゃなくて良かった…」と一安心したわたくしだったが、考えてみると「質問がある」と言われただけだし、何もやましい事はないのだから堂々としていれば良いのよね。
紅茶を一口飲んでから、ウィルフリードは榛色の瞳をこちらへ向けた。
「アリス嬢の様子はどうでした?」
「身体に別状はないそうよ。手に火傷を負っていたけれど、治癒出来る範囲だそうだわ」
魔術学院の医務室には治癒の〈魔術〉が使える医務員が常駐している。
アリスの火傷は幸い軽症だったので痕も残らずに済むらしい。
「それは良かった。目が覚めたら誰かに家まで送らせましょう。アドルフ伯爵、手配をお願いします」
微笑みを崩さないまま言うウィルフリードに、アドルフ伯爵は「承知しました」と礼をとってから退室して行った。
生徒が教員に指示を出す姿は不思議なものだが、ウィルフリードは侯爵家嫡男、且つクラウス様の側近でもあるので、アドルフ伯爵よりも実際の立場は上なのだ。
「今回の件はアリス嬢の教本に何者かが細工したのではないかと私は考えています。恐らくアリス嬢本人に気付かれない様、教本の術式の上に同じ術式を重ね書きしてあったのではないでしょうか。そしてその術式に魔力を注ぎ込んだ」
「なるほどね」
アドルフ伯爵が去った後、ウィルフリードは卓子の上に羊皮紙を広げ、羽ペンで速記を走らせながら話し始めた。会話を記録に残しているのだろう。
普通こういう時って「この会話は記録されています」とか何とか一言わたくしに伝えてから始めるものなんじゃあないの。
ともあれウィルフリードの言う通りだろう。
〈魔術〉は通常、魔力を以て術式を綴る事で発現させるのだが、術式を文字として書き起こしたものに魔力を込める事でも同じ事が出来るのだ。
授業で使っている〈魔術〉の教本には、学院での修得過程の全ての術式が記されている。
本来ならば生徒が―――例え無意識にであろうと―――魔力を発揮させる度、教本に載っている術式の中から勝手に〈魔術〉が発現してしまい、授業は阿鼻叫喚の地獄絵図と化すだろう。
〈魔術〉の授業が生きるか死ぬかのサバイバルゲームにならずに済んでいるのは、教本自体に「魔力不感知」の〈魔術〉が施されているからだ。
しかし上書きしてしまえば、今回の様な事も起こり得る。
「でもそれって違法行為でしょう?」
教本の所有権は王国にある、謂わばリース品なので、卒業と共に返却しなければならず、その改竄は法で禁じられている筈だ。
「そうです。覚え書き程度であれば黙認する事も出来ますが、今回の様な事例であれば教本に手を加えた人間を見つけ出して処罰しなければいけません。………まぁそういう訳で、真っ先に疑いが向けられるであろう貴女にお話を伺っておこうかと思いまして」
「わたくし!?」
やっぱり疑われているんじゃないの!
ウィルフリードは悪びれる様子もなく和かに話を続ける。
「はい、そうです。エリザベータ嬢が一番近くに居ましたからね。他の理由としましては、発現したのがアリス嬢には適性の無い〈火〉の〈魔術〉だった事と、貴女の対応が適切すぎた事でしょうか。普通であれば紡ぎ出される術式を予め知っていなければ、あれ程即座に打ち消しは出来ませんから」
「ふっ…わたくしの有能さが逆に仇となった、という訳ね」
「はいそうですね」
「真面目に聞いてる?」
女性では珍しい様ですけれど、わたくしにも速記は出来るのですからね?貴方がわたくしの言葉の後に「巫山戯た言動だが本人は至って真面目」と注釈を入れているのも分かっているのよ?
「はい真面目に聞いていますよ。会議まであまり時間も無いので、早めに答えて頂けますか?」
ウィルフリードの「まったくもー」みたいな笑顔、本当腹立つわ。
魔力が"並"のわたくしに強力な〈魔術〉は使えない。術式を紡いだ所で相応の魔力がなければ〈魔術〉は発現しないのだ。
しかし「打ち消し」の〈魔術〉に関しては話は別だ。
「何故〈火〉の〈魔術〉だったのかは分かりませんけれど、わたくしの対応が迅速且つ的確だった事に関してでしたら理由は簡単ですわ。わたくし、術式が公開されている〈火〉の〈魔術〉は全て把握しておりますので、術式を一目見れば即座に打ち消せます。あの程度、わたくしにかかれば造作もない事でしてよ。おーっほっほっほ!」
〈魔術〉の術式とは『精霊文字』で綴られた文章を指し、『精霊文字』と呼ばれる古代言語はその殆どが未だ解読されていない為、王宮の学者によって解明、公表された術式に限り使用が許可されている。
そして、適性を持つ〈魔術〉に関してはその術式に干渉する事が出来るのだ。
紡がれた術式から、必要な文字を抜いたり、逆に余計な文字を足したりする事で、意味の通らない文章にしてしまえば〈魔術〉は発現しない。
わたくしが行った「打ち消し」がこれだ。
『精霊文字』はどの言語も未解明の部分が多く、文字を差し替える事で思わぬ文章が出来上がってしまう事故を防ぐ為に「打ち消し」用の綴りも術式毎に細かく決められている。
「公表された術式に限り」とはいえ結構な数なので、「打ち消し」の綴りも併せて全て覚えているという者は稀だろう。そもそもそんなに必要なものでもない。
しかしわたくしにとっては違った。
「打ち消し」の〈魔術〉は、既に魔力を込められた術式の文字をいくつか変えるだけのもので、魔力を殆ど使わない。
必要なのは只ひとつ、ひたすら暗記する事のみ。
「魔力」という才能がなくとも努力で何とかなる分野なので、「ここだけは誰にも負けたくない」と必死に暗記しまくったのだ。
「それにウィルフリード様も分かっているのではなくて?あの時のわたくしに、教本に魔力を注ぐなどという真似は出来なかったと」
わたくしは持っていた扇を開いて口元を隠し、ウィルフリードを見据えた。黒い前髪の間から覗く榛色の瞳は、陽の光があまり入らないこの部屋では薄ら緑がかって見える。
「何故ならば!わたくし、実演で貴方に見せた〈火〉の〈魔術〉で魔力を殆ど使い果たしていたので、あんなに大きな炎を発現させる事など到底無理だったのですわ!仮にあの時わたくしが魔力を込めたとしても、せいぜい教本の端を焦がす程度が関の山でしたでしょうね!」
この国においての「〈魔術〉の才能」とは即ち「魔力の総量」。
ウィルフリード程の魔力を持つ者であれば、わたくしが全精力を注いで紡ぎ上げた炎の蜘蛛でも、10体位は軽く作って演習場を蒸し風呂の様にしてしまう事も可能だっただろう。
だがあの男は蜘蛛が苦手なので作るとしたらヘ………いや、考えたくない。
しかしわたくしでは、あの1体が限界だ。
わたくしが高らかに宣言すると、ウィルフリードは少し呆れた様に微笑った。
「情け無い発言を自信満々に言う所は、ある意味貴女の長所なのかもしれませんね」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「いえ、嫌味です」
「貴方は一言多いわよね!?」
本っ当、底意地の悪い男ね!?
「私も一応は教員の補佐としてあの場に居ましたから、貴女の魔力が底を突いていた事は把握しております。「打ち消し」の〈魔術〉の能力の高さについてもこれまでの授業の成績から納得出来る範囲内ですね。そもそもあの時発現した〈魔術〉から感じた魔力は貴女のものではありませんでしたし」
「………え?じゃあこの取り調べは何?」
分かっているのなら何故聞くの?
何だかウィルフリードの言動にはわたくしに対する疑いが感じられない。やる気あるの?
「貴女に疑いが向けられたなら結局は同じ事が必要になるのです。本人の発言の記録が有れば、後から態々呼び出される面倒も無いでしょう?友人としての『思いやり』というものです」
「感謝して欲しい位ですよ」の恩着せがましい一言がなければ素直に感謝も出来るのですけれど。
あとわたくしが前に「思いやりがない」と言った事を根に持っているわね?
「それに、貴女が巻き込まれると殿下が煩いんですよ。なのに自分から首を突っ込んで来るものだから、こちらとしてはいい迷惑です」
「クラウス様が?ご心配なさらずとも、わたくしはクラウス様の不利益になる様な行動は絶っ対に致しませんわ」
「うーん………まぁいいです」
ウィルフリードは何だか微妙な表情だったが納得した様だ。
クラウス様に言い寄る令嬢達を蹴散らしたり、アリスに嫌味を言うのは………出来れば見逃してほしい。
「じゃあ貴方にはあの〈魔術〉が誰のものだったのかも分かっているの?」
ウィルフリードは教本から発現させられた〈魔術〉がわたくしのものではないと分かっている風だった。
確かに、魔力の高い者には〈魔術〉を見て誰の魔力が働いているのか判別する事が出来るらしい。
わたくしには分からないが。
「〈魔術〉の演習場に教室側からの魔力は届きませんので、教本に魔力を送る事が出来たのはあの場で一人しか居ません。〈魔術〉から感じた魔力も彼女のものでした」
アリスの教本が誰かの策略によって燃やされるというイベントは『エバラバ』にもあったが、わたくしはこのイベントは起こらないと思っていた。
ウィルフリードの言葉に、わたくしの心臓が嫌な感じに跳ね上がる。別に驚いた訳ではない。
「プライセル嬢です」
だって『エバラバ』では、教本を燃やした犯人は名もなきモブキャラの縦ロール令嬢―――ロジーネ・フォン・プライセルだったから。
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