乙女ゲームの当て馬悪役令嬢は、王太子殿下の幸せを願います!
第12話 ミュラー伯爵令息の密談①
放課後。
学院内には守衛や図書館で学習する生徒など人はまばらに残っていたが、生徒達の帰った後の教室には誰もいない。
いるのはわたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムと、侍女のカルラだけだ。
わたくしは自分の席に座っていた。
机の上には教科書や筆記用具がしまわれた鞄がひとつ。
木枯しが窓を揺らすが、暖炉に〈火〉の魔石が設置されている教室は生徒達が帰った後でも暖かい。
「来ました」
わたくしの後ろに控えるカルラの声が、静まり返った教室に小さく響く。
それから少しして、教室の入り口からギルバート・フォン・ミュラーが顔を出した。
「やあ、待った?」
まるでデートの待ち合わせか何かの様な軽さで片手を上げながらこちらにやって来る彼に、わたくしは開いた扇の内側で「はぁーっ」と溜息を吐く。
「わたくしは『迎えの馬車が遅れたので教室に残っていた』、貴方は『教室に忘れ物をして取りに来た』、だった筈よ」
「つれないなぁリーゼちゃん」
悪びれる様子もなくニコニコしているギルバートに、わたくしはビシィッと扇を突き付けた。
「万が一にも『ふたりきりで逢引き』なんて妙な噂が立ったら困るのよ。だから『偶然会って世間話をしていた』体でって言ったでしょ」
「あーあ回りくどい。貴族って面倒臭いよな。リーゼちゃんもそう思わない?」
「『リーゼちゃん』なんて気安く呼ばないで下さる!?」
「じゃあエリィちゃん」
「そういう意味じゃないのよ!」
か、軽い。この男。
『エバラバ』のキャラを演じているのかと思ったけれど、素でコレなの?前世からチャラ男だったのかしら。
ギルバートとは同じ学級だが、会話らしい会話はした事がなかった。
見る度に違う女の子と一緒にいるので『ゲーム通りのチャラ男』という印象しかなかったが、まんまじゃないの。
「わたくしに不名誉な噂が立てば婚約者であるクラウス様の沽券に関わりますのよ。貴方も貴族なのだからその辺しっかりなさいよね」
「エリィちゃんって王太子殿下の事好きだよな」
「はっはぁっ!?好きとか嫌いとかの話ではないでしょう!」
いきなり何言ってるの!?
わたくしは慌てて、熱が集中していく顔を扇で隠した。
「赤くなっちゃって、可愛いねえ。ツンツンしてないで、いつもそうしてりゃあいいのに」
「あなっ貴方ねえ!無遠慮にも程がありますでしょう!」
「だから不思議なんだよなあ、あんた、何でアリスちゃんの事応援してんの?」
ギルバートは椅子を引いてわたくしの隣の席に腰掛けた。
「『エバラバ』を知ってるあんたなら、自分が王太子殿下とくっつく為にいくらでもふたりの邪魔はできる筈だよな。先回りしてイベントを潰しちまえばそれで済むんだから。それなのにあんたはアリスちゃんを王太子殿下のルートに誘導する様な行動ばかりしてる風に見える。王太子殿下に個人指導して貰う様にアリスちゃんに言ったのもあんただろ?」
「…それ誰に聞いたの?」
「アリスちゃんから直接〜」
この男、勝手にアリスと仲良くなったりしてないでしょうね…。
―――すこし時は遡って、アリスのダンスの練習をしていた時の事だ。
「もしもクラウス様かウィルフリード様のどちらかが引き続き魔術の指導をしてくれる事になったら、迷わずクラウス様を選びなさい」
「どうしたんですか急に?」
現在クラウス様とウィルフリードから魔術の個別指導を受けているアリスだが、『エバラバ』の通りであればアリスの〈魔術〉ステータスが一定以上になった所で、クラウス様かウィルフリード、どちらかひとりとの個別指導に移る筈だ。
攻略対象と『ふたりでの個別指導』イベントはクラウス様かウィルフリードのルートを狙う場合には選択必至。逆にその他のキャラを狙う場合にはどちらからの誘いも断らなければならない。
それだけ好感度の上昇値が高いイベントなのだ。
なので、ここでアリスにクラウス様を選ばせる事が出来れば、よほどアリスがおかしな言動を繰り返さない限りクラウス様ルートはほぼ確定したと考えて良い。
ここで問題になって来るのが、アリスがウィルフリードを選ぶ可能性もあるという事だ。あの男は性格が悪いので、あまり一緒にいると悪影響を受けてアリスの性格まで悪くなってしまうかもしれない。
アリスの性格を鑑みれば「これ以上王太子殿下や侯爵令息に面倒をかける訳にはいかない」とどちらからの誘いも辞退するという事もあり得る。というかこれが一番ありそうな気がする。
どうしたらクラウス様を選んでくれるか頭を悩ませていた所にこのダンスの練習だ。
結果的にアリスと個人的に会話する機会が得られたのだが、それは直接アリスの意思に介入できるという事だ。
降って湧いたチャンス。逃す手はない。
これ、なかなかのラッキーじゃない?
もしかしたら、わたくし神に愛されているのではないかしら。
思い付いて早速言ってみたが、踊りの最中に言われたアリスにとっては唐突だったらしく、ステップを踏み間違えていた。「足元をおろそかにしない!」と縦ロール監督の叱咤が飛ぶ。
「いいからクラウス様を選びなさい。わたくしの言う事が聞けなくて?」
「私はいいんですけど…そうなったらエリザベータ様が嫌じゃないんですか?その…エリザベータ様と殿下は御婚約者で…」
「貴女、ご自分の立場を分かってらっしゃらない様ね。『愛し子』は国の宝なのよ。魔術を磨く事は『愛し子』である貴女の責務でもあるし、貴女の成長は誰にとっても有益なの。それにクラウス様は魔力も高いし魔術にも明るいし教え方も上手いわ。あとかっこいいし」
「は、はい…でも、ウィルフリード様では駄目なんですか?」
「だめよ」
「ええと、それは何で…」
「性格が悪いからよ」
「ええっ」
こうしてわたくしは、クラウス様との『ふたりでの個別指導』にアリスを誘導する事、ついでに『ウィルフリードは性格が悪い』とアリスへ伝える事に、
成功したのだった―――
わたくしは扇で口元を隠し、隣に座るギルバートを見て言った。
「…そうね。わたくしはクラウス様とアリスとのハッピーエンドを目指しているのよ」
学院内には守衛や図書館で学習する生徒など人はまばらに残っていたが、生徒達の帰った後の教室には誰もいない。
いるのはわたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムと、侍女のカルラだけだ。
わたくしは自分の席に座っていた。
机の上には教科書や筆記用具がしまわれた鞄がひとつ。
木枯しが窓を揺らすが、暖炉に〈火〉の魔石が設置されている教室は生徒達が帰った後でも暖かい。
「来ました」
わたくしの後ろに控えるカルラの声が、静まり返った教室に小さく響く。
それから少しして、教室の入り口からギルバート・フォン・ミュラーが顔を出した。
「やあ、待った?」
まるでデートの待ち合わせか何かの様な軽さで片手を上げながらこちらにやって来る彼に、わたくしは開いた扇の内側で「はぁーっ」と溜息を吐く。
「わたくしは『迎えの馬車が遅れたので教室に残っていた』、貴方は『教室に忘れ物をして取りに来た』、だった筈よ」
「つれないなぁリーゼちゃん」
悪びれる様子もなくニコニコしているギルバートに、わたくしはビシィッと扇を突き付けた。
「万が一にも『ふたりきりで逢引き』なんて妙な噂が立ったら困るのよ。だから『偶然会って世間話をしていた』体でって言ったでしょ」
「あーあ回りくどい。貴族って面倒臭いよな。リーゼちゃんもそう思わない?」
「『リーゼちゃん』なんて気安く呼ばないで下さる!?」
「じゃあエリィちゃん」
「そういう意味じゃないのよ!」
か、軽い。この男。
『エバラバ』のキャラを演じているのかと思ったけれど、素でコレなの?前世からチャラ男だったのかしら。
ギルバートとは同じ学級だが、会話らしい会話はした事がなかった。
見る度に違う女の子と一緒にいるので『ゲーム通りのチャラ男』という印象しかなかったが、まんまじゃないの。
「わたくしに不名誉な噂が立てば婚約者であるクラウス様の沽券に関わりますのよ。貴方も貴族なのだからその辺しっかりなさいよね」
「エリィちゃんって王太子殿下の事好きだよな」
「はっはぁっ!?好きとか嫌いとかの話ではないでしょう!」
いきなり何言ってるの!?
わたくしは慌てて、熱が集中していく顔を扇で隠した。
「赤くなっちゃって、可愛いねえ。ツンツンしてないで、いつもそうしてりゃあいいのに」
「あなっ貴方ねえ!無遠慮にも程がありますでしょう!」
「だから不思議なんだよなあ、あんた、何でアリスちゃんの事応援してんの?」
ギルバートは椅子を引いてわたくしの隣の席に腰掛けた。
「『エバラバ』を知ってるあんたなら、自分が王太子殿下とくっつく為にいくらでもふたりの邪魔はできる筈だよな。先回りしてイベントを潰しちまえばそれで済むんだから。それなのにあんたはアリスちゃんを王太子殿下のルートに誘導する様な行動ばかりしてる風に見える。王太子殿下に個人指導して貰う様にアリスちゃんに言ったのもあんただろ?」
「…それ誰に聞いたの?」
「アリスちゃんから直接〜」
この男、勝手にアリスと仲良くなったりしてないでしょうね…。
―――すこし時は遡って、アリスのダンスの練習をしていた時の事だ。
「もしもクラウス様かウィルフリード様のどちらかが引き続き魔術の指導をしてくれる事になったら、迷わずクラウス様を選びなさい」
「どうしたんですか急に?」
現在クラウス様とウィルフリードから魔術の個別指導を受けているアリスだが、『エバラバ』の通りであればアリスの〈魔術〉ステータスが一定以上になった所で、クラウス様かウィルフリード、どちらかひとりとの個別指導に移る筈だ。
攻略対象と『ふたりでの個別指導』イベントはクラウス様かウィルフリードのルートを狙う場合には選択必至。逆にその他のキャラを狙う場合にはどちらからの誘いも断らなければならない。
それだけ好感度の上昇値が高いイベントなのだ。
なので、ここでアリスにクラウス様を選ばせる事が出来れば、よほどアリスがおかしな言動を繰り返さない限りクラウス様ルートはほぼ確定したと考えて良い。
ここで問題になって来るのが、アリスがウィルフリードを選ぶ可能性もあるという事だ。あの男は性格が悪いので、あまり一緒にいると悪影響を受けてアリスの性格まで悪くなってしまうかもしれない。
アリスの性格を鑑みれば「これ以上王太子殿下や侯爵令息に面倒をかける訳にはいかない」とどちらからの誘いも辞退するという事もあり得る。というかこれが一番ありそうな気がする。
どうしたらクラウス様を選んでくれるか頭を悩ませていた所にこのダンスの練習だ。
結果的にアリスと個人的に会話する機会が得られたのだが、それは直接アリスの意思に介入できるという事だ。
降って湧いたチャンス。逃す手はない。
これ、なかなかのラッキーじゃない?
もしかしたら、わたくし神に愛されているのではないかしら。
思い付いて早速言ってみたが、踊りの最中に言われたアリスにとっては唐突だったらしく、ステップを踏み間違えていた。「足元をおろそかにしない!」と縦ロール監督の叱咤が飛ぶ。
「いいからクラウス様を選びなさい。わたくしの言う事が聞けなくて?」
「私はいいんですけど…そうなったらエリザベータ様が嫌じゃないんですか?その…エリザベータ様と殿下は御婚約者で…」
「貴女、ご自分の立場を分かってらっしゃらない様ね。『愛し子』は国の宝なのよ。魔術を磨く事は『愛し子』である貴女の責務でもあるし、貴女の成長は誰にとっても有益なの。それにクラウス様は魔力も高いし魔術にも明るいし教え方も上手いわ。あとかっこいいし」
「は、はい…でも、ウィルフリード様では駄目なんですか?」
「だめよ」
「ええと、それは何で…」
「性格が悪いからよ」
「ええっ」
こうしてわたくしは、クラウス様との『ふたりでの個別指導』にアリスを誘導する事、ついでに『ウィルフリードは性格が悪い』とアリスへ伝える事に、
成功したのだった―――
わたくしは扇で口元を隠し、隣に座るギルバートを見て言った。
「…そうね。わたくしはクラウス様とアリスとのハッピーエンドを目指しているのよ」
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