乙女ゲームの当て馬悪役令嬢は、王太子殿下の幸せを願います!

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第4話 エリザベータという女①

お嬢様―――アルヴァハイム侯爵家が御長女エリザベータ様の侍女を務め、お嬢様からは『カルラ』の愛称でお呼び頂いております、カロリーナ・フォン・ロイスと申します。


15歳でのデビュタントを機に前職から足を洗った私は、当時7歳であらせられましたお嬢様の専属として侍女デビューも同時に果たし、以来10年こうしてお側で仕えさせて頂いている次第でございます。


我がロイス伯爵家は代々アルヴァハイム侯爵家に仕える家柄で、前職もそれに纏わるものではございました。
とは言え後ろ暗い過去を持つ身、お嬢様に恐れられはしないかと不安もごさいましたが、お嬢様は「女には秘密のひとつやふたつ位あるものだわ!」とまだ幼いながらにどこで覚えてこられたのかよく分からない言葉と共に私を受け入れて下さったのでございます。
王宮の暗部で暗殺業務を担当していた過去を「オンナのヒミツ☆」で済ませて良いものか判断に迷う所ですがそこはそれ、主人が「是」と言えばそれは「是」なのでございます。


そもそも何故この様な経歴を持つ私がお嬢様の侍女に抜擢されたかと申しますと、理由はお嬢様の御婚約にございました。


お嬢様が我がイドニア王国の王太子クラウス殿下と御婚約されましたのはお二方が8歳になられた時でしたが、実際に御婚約が内定したのは7歳の時です。 


当時の王宮は前王妃殿下―――クラウス殿下の御母堂様です―――が崩御されて混乱の最中。
と申しますのも、我がイドニア王国の国王陛下は大変有能ではいらっしゃるのですが、お優しく心の純粋な…有り体に言えばすぐに人を信じて騙されるという傀儡にはうってつけの方でございまして、その部分を補い陰ながら動いていたのが前王妃殿下でいらっしゃったのでございます。
前王妃殿下が消えたこの機に国王陛下に取り入ろうとする者、次期国王となるであろうクラウス殿下の懐柔を目論む者、王宮内は様々な陰謀が渦巻き混沌としておりました。


アルヴァハイムの様に多大な力を持つ家は敵も多いもの。王太子殿下との御婚約によって更なる危険に晒されるであろうお嬢様をお守りする為に、私の様な者共が新たに雇われたという訳なのでございます。


アルヴァハイム侯爵家を快く思わぬ者、クラウス殿下の婚約者の座を狙う家、どうしてもお嬢様はそういった輩の標的になってしまいます。
これまでも何度かお命を狙われていらっしゃいますが、その都度前職で培ったノウハウを活かし、私が責任を持って対処させて頂きました。やはり実務経験は大切でございますね。


実際の成婚の如何に関わらず、王家とアルヴァハイム侯爵家との婚約は慣例といいますか暗黙の了解的なものもありますので、他の家に比べればこれでも反発は少なかった方だと言えますでしょう。


そんな中でもお嬢様は伸び伸び朗らかに育たれました。
始めの頃こそ「カルラは強いのよ!」などと吹聴する姿に「あっちこっちで余計な事喋って歩くんじゃねぇだろうなこのバカガキ」と不安もございましたが、お嬢様は私が思うよりずっと御自身の状況は理解されておいでの様でした。
脊髄反射で話しているかに見えて、話すべき事そうでない事の線引きはきちんとされている方です。


まぁ昔から突拍子の無い事を言い出す事は多かったですけどね。
先程も『悪役令嬢』とか何とか。学院の授業に演劇でもあるのでしょうか。確かにお嬢様には『心優しき薄幸の少女』などの役は与えられないでしょう。眼力めぢからが強すぎます。


御夕食も御沐浴も済まされたお嬢様は、私以外の侍女は下げ御自室にてカモミールティーを嗜まれながらクラウス殿下の肖像画を御鑑賞中です。


お嬢様はクラウス殿下の肖像画に関しては一家言ある方ですので、それを選別する私にも並々ならぬ苦労がございます。
ただ技巧に優れていれば良いというものではなく、好みも時により変化するので、お嬢様の心の機微を察し拾い上げる能力が必要なのです。
下手な物を買ってお嬢様のお好みにそぐわなければ「自分で買いに行く」とでも言い出しかねず、それは由々しき事態でございます。
仮にも侯爵家令嬢が自身の婚約者の肖像画を買い漁っている事が周囲に知れたらどうなるか。「婚約者と不仲で絵で気持ちを紛らわしている」「肖像画も貰えないほど婚約者から相手にされていない」などと不名誉な噂が立ちかねず、アルヴァハイム侯爵家の体面が損なわれてしまいます。
念の為肖像画を購入する際には私も変装しております。ここでも前職での経験が役立っているのですね。


その様にして集められた汗と涙の結晶が、今お嬢様のお手元にあるのです。
恍惚と肖像画を眺めるお嬢様は、笑顔が行きすぎて他の人間にはちょっと見せられないお顔になってきています。いけません、お嬢様。それ以上は。侯爵家令嬢ともあろうお方が今にもよだれを垂らさんばかり。私以外の侍女を下がらせておいて良かった。あれはアルヴァハイム侯爵家の体面が損なわれてしまうお顔です。


一言注意すべきか否か私が迷っておりますと、やおらにお顔を上げられたお嬢様が


「素晴らしいものばかりだわ!やはりカルラに任せて正解ね!」


満面の笑顔で「ありがとう!」とおっしゃいました。


あら、まあ。


「お気に召されまして、わたくしめも嬉しゅうございますよ。リーゼお嬢様」


今の今まで「表情が杜撰でいらっしゃいます」と言おうとしていた事も忘れ、つい私まで微笑んでしまいました。


あちこちの画廊や露店を渡り歩き吟味に吟味を重ねてきた結果、今や顔馴染となった店主からは私がクラウス殿下の熱狂的信者と思われている事に釈然としない気持ちもございますが、全てはお嬢様のこの笑顔のためなのでございます。









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