乙女ゲームの当て馬悪役令嬢は、王太子殿下の幸せを願います!

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第2話 プライセル伯爵令嬢の受難

突然ですがわたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムには前世の記憶がある。


あるとはいえども、どんな風に生きてどんな風に死んだのか思い出そうとしても思い出せないくらいの朧げなもので、じゃあ何を憶えているのかというと自分がおそらく思春期の頃にどハマりしていた乙女ゲームの事だ。


乙女ゲーム『evergreenエバーグリーン loversラバーズ』通称『エバラバ』。
ヒロインは類稀なる魔術の才能を見出されイドニア王国立魔術学院に編入する事となったアリス・アイメルト。
4人+隠しキャラ2人の計6人の中から攻略対象を選び〈武芸〉〈礼節〉〈魔術〉〈魅力〉〈勇気〉5つのステータスと選択肢によって好きな相手を攻略するゲームだ。


そのゲームにわたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムも登場する。


ヒロインであるアリスの邪魔をする悪役令嬢としてね!


エリザベータはアルヴァハイム侯爵令嬢だ。
ゆるやかにウェーブがかったあか色の髪、ギッとつり上がった目には同じくあか色の瞳、見た目はいかにもな悪役令嬢。
常に持ち歩いている派手な扇と頭に響く高笑いがトレードマークで、事あるごとにアリスに嫌味攻撃をお見舞いするのを生業なりわいとしている。


先程アリスに話しかけた金髪縦ロールの彼女はプライセル伯爵令嬢で、残る3人はその取り巻き的存在の子爵令嬢達。
彼女達はゲームにも登場するが名前までは出てこない。所謂いわゆるモブキャラというやつだ。


貴重な悪役シーンをモブキャラばかりに任せてはいられないわ。
我がアルヴァハイム侯爵家の名にかけてね!


気合いを入れ直したわたくしは扇で口元を隠し、改めてアリスを見る。


アリス・アイメルトは可愛らしい少女だ。
乙女ゲームの主役をはるからには可愛くなくては務まらない。
しかし…実物をまじまじと見るのは初めてだけれど、可愛すぎない?


すとんと真っ直ぐな蜂蜜色の金髪にぱっちりと大きなエメラルドの瞳。
きめ細やかな肌は透き通るようで。
小柄な彼女が(わたくしの出現にビビって)おどおどとする様は儚げで、男性でなくても守ってあげたい気持ちになるだろう。


アリスの〈魅力〉の初期値は40だったわよね。えーと、こんなに可愛かった?
とても40の可愛さじゃないわよ?
えぇ〜?
チートでも使ってんじゃないのぉ〜?(言いがかり)


「御機嫌よう、あの…」


習いたてであろう貴族の礼をとりながらアリスが遠慮がちにわたくしを見る。


わたくしとアリスの間に縦ロール伯爵令嬢がずいっと身を乗り出した。


「アイメルトさん、まさかエリザベータ様をご存知ないの?」
「は、はい…すみません」
「信じられませんわ!『イドニアの盾』と名高いアルヴァハイム侯爵家のご令嬢でしてよ!」


子爵令嬢達も「まあ!」「信じられない!」などとそれに追従する。


ふっ。
見まして?
わたくしの前では縦ロール令嬢ですら取り巻きと化す…これが侯爵家の力よ。
やはり権力…権力の前に人は無力。


「あのアルヴァハイム侯爵家の!すみません…わたし、失礼を…」


アリスが慌てて礼をし直す。


平民も知ってる!アルヴァハイム侯爵家!有名!


「そんな事も知らないからあんな事ができるのね」


縦ロールがわざとらしく溜息をついた。


ん?『そんな事』は分かるけど『あんな事』って何?
どんな事?


「エリザベータ様はね、クラウス王太子殿下の婚約者様ですのよ」


成程その事ね。


どんな事かを説明すると。
『エバラバ』のオープニングで魔術の才能が明らかになってここを訪れたアリスに学院の説明をするのは、何とこの国の王太子殿下。
何故王太子殿下自らなのかというと、彼はこの学院の生徒会長でもあるからだ。
王国立のこの学院では在学中の王族は生徒会役員を務めるという規則があり、王太子殿下であらせられるクラウス様は自動的に生徒会長なのだ。
入学した瞬間から既に生徒会長なのだ。権力。


そしてそれはゲームの中では『出会いイベント』でもある。


クラウス様は『エバラバ』の攻略対象。
王太子という権力に加え、文武両道、眉目秀麗で生徒人気も高い。


という事なので、『出会いイベント』を済ませたアリスはクラウス様と既に面識があり、更には学院を案内してもらった際に2人で歩いているのを生徒に目撃されてちょっとした噂になっていたりもする。
多分それで縦ロールに目を付けられたのだろう。
侯爵令嬢わたくしという婚約者の存在からクラウス様とお近付きになりたくてもなれない令嬢達からの反感を買ってしまったという訳だ。


「婚約者のいる殿方にあまり馴れ馴れしくなさらないことね。ましてや王太子殿下、本来なら貴女の様な平民は話しかける事すら許されない身分の御方なのよ」
「でも学院内では皆が生徒なのだから、用があれば話しかけなければいけないわ」
「えっエリザベータ様?…すみません」
「いいのよ。続けて」


話の腰を折ってしまったが、間違いは早い内に正しておかなければならない。


気を取り直して縦ロールが続ける。


「そもそもこの学院に入れたのだって本当にそんな大層な魔術を持っているのかどうか怪しいものですわ。大方、色仕掛けでも使って入り込んだのではなくて?所詮娼婦の子は…という所ですわね」
「アリス様の魔術の才能については王宮が厳密に調査しているので間違いないわ。それに『娼婦の子』というのも―――最近噂になっているらしいけれど―――アリス様は幼い頃にご両親を亡くされた様ですけれどご職業等々既に調査済みで娼婦であったという事実はないわ」


王国立のこの学院に素性の知れない者を招いたとあらば王宮の信頼を揺るがす大問題なので調査は厳重に行われている。
今後事実が発覚した際に恥をかくのは縦ロールなので、ここは悪役令嬢仲間として助け船を出してあげなければ。


「… … …エリザベータ様…」


…おや?縦ロールの様子が……?


「わたくし、何かエリザベータ様の気に障る事でもしてしまいましたか…?」


こちらを振り向いた縦ロールはすっかり意気消沈してしまっていた。目に涙さえ滲んでいる。何故!?


「何をおっしゃるの縦ロー… プライセル様!貴女は充分頑張っているわ!もっと自分に自信を持って!さあ!続きを!!」


わたくしの熱い励ましに、縦ロールは再びアリスに向き直る。
流石はアリス…「えっ」とか「そんな…」位の言葉しか発していないのに縦ロールをここまで憔悴させるとは。ヒロインの名は伊達じゃあない様ね。


「あとは、えーとえーと… …とにかく!あまり調子に乗らないでよね!」


半ばヤケクソ気味に言い放ち、縦ロールは仲間を連れて退散していった。


あれっもう終わり?


まばらに残っていた筈の他の生徒達もいつの間にか帰ってしまっていて、教室にはわたくしとアリスだけが取り残された。


「お嬢様。馬車の準備が整いました」


縦ロールが去った一瞬の沈黙を捕まえてわたくしに声をかけたのは侍女のカルラだった。
少し離れた場所で話が終わるのを待っていたらしい。


「そう。それではわたくしも失礼致しますわ。では御機嫌よう、アリス様」


扇を畳み、アリスに礼をする。


「あっはい… …御機嫌よう……」


呆気に取られたままのアリスを残し、わたくしは教室を後にした。









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