君、異世界生活で学んだことは⁈

ゆちば

第4話 飯テロは合同説明会で

 就職活動の時期には、合同説明会に繰り出す機会が多くなる。
 わたしは、説明を聴く側ではない。する側だ。


 日本の大手ゲームメーカーである我が社、株式会社スタートイでは、合同説明会には採用面接官であるわたしの他に、日替わりで開発チームやマーケティングチームなども参加する。
 専門チームがいるため、わたしが話すことは社の概要。そして、どのような人材を求めているかを、強く強く伝える。


 まぁ、土台無理な話だろうが、エントリーシートや面接で、自分を偽らないでほしい。過度に話を盛らないでほしい。真実を語ってほしい。
 軽々しく、
「異世界を無能と思われるスキルで無双した」
「Fランク冒険者なのにハーレム作っちゃいました」
「破滅エンド回避したら、攻略対象から溺愛されました」
 などという、ありふれたラノベのタイトルのような自己PRはしないでほしい。


 就活生の偽りを暴くわたしのスキルも、使用すると疲れるのだ。


 わたしは先述した合同説明会で、他社の責任者と交流する機会があったのだが、他社には他社の苦労があるようだった。




●瀬野葉月(40)
「私は、ヨウミールホールディングスの人事責任者をしています。最近は、インパクトのある話をしようとして、逆に薄っぺらくなる就活生が増えましたね」


 さまざまな飲食店チェーンを抱えるヨウミールグループに所属する、瀬野葉月は飲み終えた豆乳ドリンクの紙パックを潰しながら、わたしにそう言った。穏やかな口調とは裏腹に、紙パックはぺしゃんこになっている。


「瀬野さん、お疲れですね。ヨウミールさんには、どんな就活生が来ているんですか?」


 まぁ、かなり大変なんだろうとは思う。


 隣のブース──、ヨウミールグループの説明会場が、かなり濃そうな就活生で溢れている様子を見ている限り、わたしは、特別なスキルを持たない瀬野が、心身ともに疲弊しないわけがないと感じていた。


 わたしと瀬野は、こうして企業合同説明会の合間に、裏で休憩を取っているのだが、先ほどから彼女のため息は止まらない。


「うちは飲食店の店長候補と料理人、そして研究者を募集していて、異世界で料理に関わった就活生が来てますよ」


 ヨウミールグループは、ファミリー向きの洋食屋や居酒屋を全国にチェーン展開している会社だ。
 スタートイでも、忘年会で時々利用しているのだが、料理のネーミングが若者にウケているらしい。
「異世界風名もなきパン」、「庶民の豆のスープ」、「冒険者のスモークチキン」、「ど定番エール」などなど……。
 何がいいのか理解に苦しむが、地味なところが逆に映えるらしい。


「最近は、視野の狭い就活生ばかりですよ」


「たとえば、『胃袋掴む系女子』ですか?」


「そうです。それ、最近の女子に多いんですよ!」


 瀬野はわたしの発言に、うんうんと大きく頷く。


「胃袋掴む系女子」とは、人事部用語で、異世界で料理やお菓子を振る舞い、イケメンの胃袋と心を射止める女性のことを指す。
 店舗を立ち上げるパターンや、料理人として雇ってもらうパターンなど色々あるが、とにかく王子や貴族、騎士といったイケメンを料理で堕とす。
 そして、その行為はほとんどが意図的であるにも関わらず、「胃袋掴んじゃいましたっ!」と、彼女らは驚きを交えて白々しく経緯を語るのだ。


 正直に「頑張って口説き落としました」で、かまわないのに。


「しかも、たいした料理じゃないんですよ⁈ 料理人の実技試験で出てくるのは、ちょっと料理が得意ってレベルの平凡なものばかり!」


 瀬野は、豆乳ドリンクの紙パックをゴミ箱に荒っぽく放り込む。


「オリジナリティ皆無! 臨機応変さ皆無! たまたま食文化レベルが低い異世界で成功したからって、勘違いするな! 調理師免許取って来い!」


「日本では重要ですよね。資格」


 わたしは、荒ぶる瀬野の分まで、いっそう穏やかな口調に努める。


「資格」は、専門職に就くためには大切だ。現代の就職活動では異世界トリップの経験が重視されるものの、そこだけは変わっていない。


 しかし、残念ながら「資格」を異世界の「スキル」のことだと勘違いしている若者がたまに存在する。
 コマンド一つで出来てしまう料理や生成を極め、「私は○○のスキルマスターでした!」と、恥ずかしげもなく述べるのだ。
 まったく、嘆かわしい。


 話を料理に戻そう。


 食事が不味かったり、甘味の存在しない異世界なんかの話は時々聞く。
 そんな気の毒な世界があっていいのかと思ってしまうが、とにかく「胃袋掴む系女子」は、「これは何ていう料理なんだい⁈ え? 君の故郷の? なんて幸せな味なんだ!」などと大絶賛され、ぬるぬると成功を収める。


 しかし、それが日本の客相手に出せる料理であるはずがない。日本人の舌はとても肥えているのだから、簡単には満足しない。


「しかも、衛生管理が悪い場合も多いですよ。食中毒のクレームを受けたという子も、割と潜んでいますから」


 これは、わたしの【暴露】面接の経験から。
 異世界には便利な冷蔵庫がないため、悲惨な事故が起こりやすい。
 氷室だとか氷の魔法だとか、そんなやり方も聞かないわけではないが、雑菌の繁殖力を舐めてはいけないのだ。


「怖い! それ、ほんとに勘弁してほしいです! あとは、『ほっこりトラブル解決系』も、こりごりです」


「コミュニケーション能力の高さを訴えてくるパターンですね」


 わたしが言い当てると、瀬野は「そうです!」心底嬉しそうにした。


「でも、うちの社風だと、ほっこりしてる場合じゃないんですよ。スピードと効率性を重視しないと、店が回らないんで。ほっこりのんびり癒しの空間は、どこででも需要があるわけじゃないってことを、理解してないんです」


 てきぱきキビキビの中に、コミュニケーション能力を落とし込んでもらわなければ困る。それは、スタートイでも同様だ。
 日本に帰って来たからには、異世界でのほっこりライフを引きずらないでほしいのだ。


「あ〜、話を聞いていただけて良かったです。ほんとに最近の就活生は、努力を履き違えていて腹が立ってくるんですよ」


 ひとしきりストレスを発散できたのか、瀬野は笑顔で頭を下げ、その場を去ろうとした。


「そういう君は、『店が異世界に繋がった系』でしたよね」


 去り際の瀬野に、わたしは一言投げかけた。


「やっぱり、あなたの前では隠しておけないな」


 瀬野はわたしの顔を見て、やれやれと笑った。


 もちろんだ。わたしは、採用通知を送った就活生の顔と名前は忘れないたちなのだ。


「是非ともスタートイに来てほしかったのに、まさか蹴られるとは思ってなかったんですよ。『ビストロヨウミール』の瀬野さん」


「15年も前のことをよく覚えてますね」


 瀬野は、かくれんぼで見つかってしまった少女のような笑みを浮かべた。この笑顔も、あの日の面接と変わっていない。


 あの日──。


「当社の三次面接で、君は自分の店が異世界に繋がってしまい、異世界人相手にビストロを経営したと話してくれましたね」


 わたしは、懐かしい記憶を掘り起こした。といっても、印象的な就活生だったので、昨日のことのように覚えている。
 
「あなたの【暴露】のせいで、異世界口コミサイトで炎上した、ってことも話しましたよ。私、料理の腕には自信があったのに、異世界では受け入れてもらえなかった。向いてないのかなって、一度料理人を辞めました」


「だから、別の畑のゲーム会社にエントリーしたんでしたね」


 しかし、瀬野はわたしの【暴露】のスキルによって、気がついたのだ。


 ビストロヨウミールは、瀬野の大切な宝物。掛け替えのない、夢が詰まった城。
 料理は彼女の生きる糧。


「私、あなたのおかげで、自分がどれだけ料理が好きで、お店を愛しているかが分かったんです。いつかまた異世界にトリップしたら、異世界人をヨウミールの料理でぎゃふんと言わせたい、そう自覚できた!」


 ヨウミールホールディングスの企業目標は、異世界にもお店を出店すること。そのために、能動的異世界トリップの研究も進められていると聞く。


 わたしが以前読んだ雑誌では、社長──、瀬野葉月がそう語っていた。


 まさか、うちの内定を蹴って、こんな立派な女社長になるなんてね。つくづく惜しい。


「さぁ、そろそろ午後の部の説明会が始まりますね。ヨウミールでは、料理の試食会もやるんですけど、良ければスタートイさんにもお裾分けします」


 瀬野は、自信満々にわたしにグーサインを向けた。


 いい顔をしている。


「ありがとう、瀬野社長。楽しみにしています」


 飯テロタイムと、御社の益々の発展を──。





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