転生者たちの就活事情~君、異世界生活で学んだことは?~

ゆちば

最終話 転生は定年退職の後に

 定年退職──。
 異世界人のわたしにも、ついにこの日がやってきた。思い返せば、長く働いたものだ。いつの間にか、生まれた世界よりもこの日本での生活の方が、はるかに長くなっていた。


 長かったけど、あっという間だった……。


 わたしは、慣れ親しんだ場所──スタートイの第一面接室をふらりと訪れ、ひとり静かな空気を吸い込んでいた。


 各部署への挨拶回りを終え、部下たちからも拍手で人事部を送り出されたところだった。忙しい時期なので仕方がないとは理解しているのだが、かなりあっさりとだ。


 まぁ、わたしも熱い言葉で上司や同僚、部下たちと語り合ったり激励したりするという柄でもない。だから、これでいい。最期は寂しくならないくらいが丁度いい。


 だが、せめて会社を去る前に、もう一度だけ面接官の席に座りたい……、そう思ったわたしは、綺麗に片付けられている面接室に折り畳み椅子を一脚だけ置いて、静かに腰掛けていたのだ。


 とても、たくさんの就活生を見てきた。


 勇者に聖女、商人に悪役令嬢、剣聖、賢者、錬金術師、回復術師、暗殺者、巫女、竜騎士、鑑定士、付与術師、テイマー、救世主、乙女ゲームのモブキャラに魔王……。チートスキル、ハズレスキル、断罪回避、追放、シナリオ改変、スローライフ、最強装備、エルフ、カフェ、ご飯、獣人、ポーション、奴隷、溺愛、ハーレム、女神、やり直し、ざまぁ……。


 目を閉じると、彼らとの面接がまぶたの裏に流れていく。
 日本人はユニークで面白い。個性や特殊性を求めて走ったかと思えば、それはいつの間にか流行りやテンプレとして没個性に。かと思えば、王道や原点回帰といったポジティブなものとして、再びソレらを目指して駆けていく。不思議で、面白くて、愛すべき種族だ。


「君はもう、立派な日本人だよ! 自力で足掻いて、踏ん張って、前に進んでいく日本人。世界を変える、日本人!」


 わたしは、ある時に社長から言われた言葉を思い出した。あれは、スキルを失ったことを社長に報告した時だったか。


わたしは、「異世界人として、これまでと同じようには社長のご期待に添えません」と、部長職を解かれるか最悪解雇も覚悟していたのだ。だが、社長はあっさりと笑い飛ばしてしまった。


「わたしも、不思議で、面白くて、愛すべき種族になっていたんだなぁ」


 記憶の中の社長に答えるようにして、わたしは独り言を呟いた。
 もう何年も前のことだが、その時の嬉しさは今でもよく覚えている。社長も、わたしも笑いが止まらなくて──。




「おやおや。やっぱりここにいたね。みんなが捜しているよ」


 不意に、社長ののんびりとした声が面接室に響き、わたしはハッと目を開けた。
 すると、社長が面接室の入り口から「お~い! みんな、ここだよ~!」と叫び、何やら人を呼び込み始めたではないか。


「社長、これは……、いったい……?」


 わたしが状況を飲み込めないでいると、あれよあれよという間に、面接室には身知った者たち──スタートイの社員やすでに退職している者たちで溢れ返ってしまった。


「我が社を勇退する君を、ぜひ見送りたいという者が多くてね」


 社長が微笑みながら言うと、社長秘書の桜木結衣奈さくらぎゆいなが大きな花束を渡してくれた。


「お疲れ様でした。……部長が私の面接官で良かったです。おかげで、【社長の懐刀】なんて呼ばれるようになりましたよ!」


「聖女様が、なかなか物騒な異名持ちになったものだね。これからも、社長を頼むよ」




 クリエイター部からは、部長の支倉龍斗はせくらりゅうとと主任の美山れな、そして奈々山いろはの三人が、餞別の品として新作のゲームを。


「お世話になりました。これ、未来の都市を創るゲームです。チーム一推しです」
「こっちは、人外BLゲーです。部長、退職されたら、たっぷり遊べますよ! 羨ましいっ!」
「えっと……、AI機能搭載のシュミレーションゲームです。自分らしい攻略で、自分だけのエンディングを作れるんです」


「ありがとう。君たちのブレないところが好きだよ」




 営業部からは、次長の仙道蓮せんどうれん。会社中を回って完成させたという寄せ書きの色紙を渡してくれた。


「部長が拾ってくれたから、オレ、頑張ってこれました。この恩は、絶対に忘れないんで!」


「仙道君が地道に努力できる子だって、みんなもちゃんと分かっている。これからも頑張って」




 いくつかの部署を挟み、わたしが共に仕事をしてきた部下たちが前に進み出た。代表は、次期人事部長の白峰と、広報部に異動した灰原。


「部長、辞めないでください。再雇用されてください!」
「こら! 奏太君、土壇場で情けないこと言わないの! 部長が困られるでしょ」


 白峰の弱々しい声や灰原の怒った声を聞き、わたしはなんだか懐かしさに胸を締め付けられてしまった。


 あぁ、久しぶりだ。この感じ。わたしは、彼らと他愛もない会話をすることが大好きだった。日々成長していくこの子たちを見守ることが、大好きだったんだ。


「白峰君。君なら、絶対に守ってくれると信じているよ。部下たちも、そして家族も。それこそ、魔王みたいになんだってできるんだから」


「う……っ、ぐすっ。何ですか、それ。……でも、部長がそうおっしゃるなら、僕、やれる気がします」


「うん。そうだよ。みんなと協力して、頑張って。わたしは、いつでも応援しているから」


 涙ぐむ白峰の手を握り、激励する。その手は彼が平社員だった時よりも大きくなっている気がして、なんとなく離し難い気持ちになった。


「部長。私、部長と働けて良かったです。相手を信じて話を聴くこととか、本音で話すこととか、たくさんたくさん教えてくださいました! 結婚式でスピーチをしていただいたことも忘れません……っ!」


 灰原が、白峰とわたしの握手の上に手を重ねる。
 白峰との結婚を機に人事部を去ってしまった彼女は、母親としての優しさが増して、いっそう魅力的なキャリアウーマンになったように思う。


 みんなが、育っていく──。


「部長、ありがとうございました‼︎」という、可愛い部下たちからの厚い感謝の言葉に、わたしは震えた。
 そして、まるで子育てを終えた親のような、満ち足りて空っぽな心が愛おしく、誰にも取られないようにと、とびきり大きな花束で覆いした。






 そして、昨年スタートイを退職した古川が、勢いよくわたしを抱きしめてきた。彼は、柄にもなく涙をぽろぽろと溢しながら、嗚咽を堪えて無理矢理に笑っていた。


「ほんま、お疲れさん……っ! よう働いたで。ほんま、えらいわ……!」


「泣かないでよ、古川。自分の時は泣かなかったくせに……」


「あかんわ。歳取ると、涙もろなるなぁ……。すまん……、ほんまにすまん……」


 わたしは、古川の「すまん」の意味を知っていた。だからこそ、言わないでくれと首を横に振り、彼を力強く抱きしめ返す。


「君はわたしの一番の友人だよ。また二人で、美味しいものでも食べに行こうよ」


「……せやな。どこでも連れてったる。約束や」


 古川は涙を袖でごしごしと拭うと、思い出したかのように、わたしの名入りのボールペンをプレゼントしてくれた。少しだけ重みのある銀色のそれは、わたしのために作られたかのように、しっかりとよく手に馴染んだ。


「俺は、分かっとる。……お前はスタートイ辞めても、すぐに別んとこに転職するんやろ? お前、仕事大好きやんか」


「うん。そうだね、ありがとう。……大切に使う」


 きっと、ずっと、大切にする。


 これは、もらい泣きだ。古川のせいで、うっかり涙が出てしまったんだ。古川の小声の「ありがとう」が耳から離れなくて、涙が出てしまったんだ。






「みなさん、ありがとうございました。みなさんとスタートイで働くことができて、わたしは幸せでした」


 見送りに来てくれた全ての社員に向けて、わたしは感謝の意を述べた。涙が勝手に流れ出てくるが、もう自分ではどうにも止めることができず、そのまま言葉を搾り出し、紡いでいく。


「わたしは、自らの異能力に甘え、おごっていたこともありました。無双だとか、チームだとか……。けれど、みなさんと働くなかで、気がつくことができました。ヒトを選び、育てる仕事をしているわたしが、実は選ばれ、育てられていたことに」


 皆を見つめながらも、わたしの脳裏には、これまでのサラリーマン生活の記憶が緩やかに流れていく。つらかったこと、楽しかったこと、面白かったこと……。全てが尊く、美しい。


「わたしを、『世界を変える社員なかま』にしてくれて、本当にありがとうございました!」


 わたしは、深々と頭を下げて──、次に顔を上げた時には、にこやかな笑みを浮かべいた。


「こちらこそ、本当にありがとう。君という社員なかまに出会えた幸運を、わたしたちは生まれ変わっても忘れない。わたしたちの未来は、輝かしく明るい!」


 社長が、寄り目をして言った。


 それは、未来視のスキルじゃないでしょう?


 社長のユーモアある言動に勇気をもらい、わたしは面接室のドアに向かって、力強く足を踏み出した。


 そこには、ドアにもたれるようにして女神サヴリナが立っていて、複雑そうな視線をわたしに注いでいた。


「もう、いいの?」


「……ええ。長引かせると、寂しくなるので」


 トラックに轢かれて死んだわたしが、女神に転生ボーナスと引き換えに要求したモノは、【時間】──定年退職までの寿命だった。最期まで、仲間たちとスタートイで働くことが、わたしの望みだったのだ。


「大丈夫よ。会社に副業をバラすって、女神の私を脅せる度胸があるんだから。あなたは、次の異世界でも元気にやっていけるわ」


 わざとなような気がするが、サヴリナのお気楽な態度が有難かった。


 うん。きっと、そうだ。わたしの次のリスタートも、絶対に上手くいく。これは、ただの転職なんだから……!


 そう胸に刻み、わたしは面接室を出る。






「ありがとうございました!」




 君たちの──いや、御社の一層のご躍進をお祈り申し上げます。








                【完結】

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