転生者たちの就活事情~君、異世界生活で学んだことは?~

ゆちば

第10話 SNS無双にご注意を

 我々人事部は、選考がある程度進んだ段階で、有望そうな就活生のSNSチェックを行っている。もちろん、必要な範囲で可能な限り、だ。


 わたしとしては、全員と直接会って話したいのだが、選考人数を絞るためにもふるいにかけておくことは避けられない。


 異世界での栄光や無双感覚を忘れたくない者ほど、SNSでもバズりたい、あるいはフォロワーを増やしたい感が滲み出ているというもの現代日本の特徴だ。




「日本って、ひょっとしてイイネの数で戦闘力が上昇する異世界だったりする?」


「フォロワー数じゃないですか?」


「どっちにしても僕は、人事部の誰よりも強いことになっちゃいますね」


 わたしの冗談に、部下の灰原と白峰が笑顔で応える。




 今は、わたしと灰原とネットに強い白峰で、気になる就活生のSNSをチェックしているところなのだ。だから、コーヒーを飲みながらスマートフォンをいじっているからといって、決してサボっているわけではない。


 ちなみに白峰は、不採用となった就活生にナタで斬りつけられそうになった翌日だが、至って元気である。






 ●春野拓哉(22)


「春野君は、面接では真面目で爽やかな印象でしたよ。巻き込まれ召喚でトリップして、スローライフに専念したって言ってました。彼は、好青年だと思いますよ!」


 面接を担当した班にいた灰原は、自信満々に語りながら、スマートフォンを駆使して情報の海を探っている白峰を急かす。


 白峰によると、出身地や出身校、トリップした異世界、転生キャラ、ジョブ、スキルなどをSNS上に晒している者が多いらしく、こういった情報を蜘蛛の糸のように手繰り寄せ、かき集めていくと、高確率で本人を見つけることができるらしい。


 頼りない魔王だと思っていたけど、白峰君、意外とやるじゃないか。


「見つけましたよ! ツイッたーで、呟きまくってます。かなりのツイ廃ですよ」


 どれどれ……と、三人で画面を覗き込む。
 すると、下品なツイートが出るわ出るわ。


『あー、女抱きてぇ。異世界戻りてぇ』
『オレの行ってた異世界では、11歳から大人の女なんだぜ』
『スタートイの女面接官から、くっころ騎士オーラ出てた。チョロそうwww』




「何よこれ! 白峰君、画面消して! 見たくないわ!」


「は、はい!」


「不採用! 不採用ですよね、部長⁈ だって、犯罪臭がしますよ⁈」


「うん……、これは、うん。落ち着いて、灰原さんっ」


 わたしと白峰は、キモイキモイと鳥肌全開で叫ぶ灰原をなだめつつ、春野のエントリーシートを机に伏せ置いた。


 わたしの部下を嫌らしい目で見る人を採用するわけにはいかないな。








 ●矢澤ひなた(23)


「矢澤さんは、僕のいた班が面接した女性です。貴族の令嬢に転生していて、一周目で義妹の策略で婚約者を奪われた上に断罪されてしまったそうなんですが、二周目で義妹の陰謀を阻止したと、涙ながらに語ってくれました! あの涙は本物ですよ!」


 最後の一言で、嫌なフラグをこれでもかと言うほど立てる白峰に、わたし直感的に苦笑いしてしまった。


 死のノートの所有者しかり、ハイレベルな演技力を持つ者には裏があると思って間違いない。


 さてさて、結果はいかに?


「インスタgやってました。あ、裏アカがある。えーっと、なんかデートした場所の写真が多いですね……」


『#異世界の星空より日本の夜景派』
『#まずい貴族飯より高級ホテルのビュッフェ派』
『#むかつく店長の旦那を寝取った』
『#不倫デート』


 あー……。やっぱり。わたしのカンは当たるんだよ。


「義妹にやられたのと同じことをやりたくなってしまったのかなぁ。いろんな不倫デート写真があるから、クセになってるね、これは」


「面白がってフォローしている人が多いんですかね……。理解できませんけど」


 わたしと灰原の呆れた顔を見て、白峰は「騙されたぁぁ……」と肩を落としていたが、慰めはしない。


 美人の涙には気をつけなさい。






 ●花村勇司(38)


「彼は、ブラック企業を経由し、若返り特典付きの異世界転生を経験しています。赤ん坊から青年期までを異世界でやり直し、最強の賢者になったそうです」


「テンプレか王道か。意見の分かれるところだね」


「特別なスキルなしで、コツコツ努力をしたそうですから、好感が持てましたよ」


 灰原は「今度こそは!」と力強く解説する。だが、数秒後、非常な現実が白峰の手元のスマートフォンに映し出された。それは無料動画投稿サイトの動画だった。


 サムネイルは、『38歳のおっさんが異世界に放り出された件について!』。


『はい、ハナムーでっす! なんとわたくし、異世界に日帰りで帰って参りました~っ! えぇ、とんだ根性無しですね(笑)』
『いや、でもですね。異世界転生じゃなくて、転移はキツいんですよ! だってオレアラフォーだし!』
『神器持っててもお手上げでした。ステータスの文字小さ過ぎて見えないし、カタカナ用語が頭に入って来ないんですよ! もう、すぐに帰りましたね。わたくしハナムーは、ソッコーでロストして直帰致しました~』


 いらすと屋さんのイラストと共に、とんでもない真実を語る花村の動画を、わたしたち三人は眉間に皺を寄せて見つめていた。


「私は、我々が視聴したことで、この男に広告料が入ることが悔しいです」


「すみません。僕、見る目がなくて……」


「アラサー以上のトリップ者が感じる困難さ上位2位を発表しただけだね。つまらない動画だ」


 ちなみに、3位は「若者と同じテンションではしゃげない」だ。


 そんな動画の感想を淡々と述べつつも、わたしは「本当に……、面接で嘘はつかないでほしいなぁ」と、改めて口にした。
 仕事の基本は「信頼」だ。ぺらっぺらの偽りを平気で述べるような者と、肩を並べて仕事なんてできない。
 たとえ、異世界や日本で上手くいかないことがあっても、そこから得たものや感じたことがあるはずなのだ──と、少なくともわたしはそう信じている。




「はぁ……。みんながみんなというわけではないだろうけど、SNSってけっこう曝け出しちゃうんだね」


「私は見る専なのでアレですけど、白峰君は楽しそうにやってるわよね」


 灰原の目配せを受けて、白峰は嬉しそうに首を大きく縦に振った。いつもは、一番若手の社員として日の目を見ない彼だが、今日は自分が主役と言わんばかりのドヤ顔だ。


「えへへ。僕、異世界トリップ未経験者のコミュニティの管理人なんです! 同じような境遇の人たちとの交流って、いいですよ~。色々共感してもらえますし!」


 つまり、【異世界童貞】の集いか。世の中、いろんな繋がりがあるものだ。


 わたしが感心していると、白峰は「見てくださいよ~」と、自分のスマートフォンを操作して、嬉しそうにコミュニティのプロフィール欄を見せてきた。


「一番上が僕で、ほら! 他のメンバーは1500人近くいるんですよ! いっぱいです!」


「へぇ、どれどれ? これが白峰君? ホワイトピークって名前なの? 安直だね」


 わたしは、白峰君らしいなぁと微笑みながらスマートフォンの画面を覗き込む。なるほど。愉快なプロフィールだ。


『ホワイトピーク(25)。趣味は、RPGゲームとリズムゲー。断然据え置き派。少年漫画の異世界に行ってみたい。姉と妹の影響で、日アサ女児アニメにも詳しめ。スタートイの人事部に採用してもらえた奇跡の【異世界童貞】!』


「リズムゲーって、かっこつけちゃって。萌え系美少女アイドルゲームって書けばいいのに」


「灰原さん! アレは立派なリズムゲーです! やったことないから、そんな言い方するんですよ! 今度貸してあげます!」


 わたしに交際していることを悟られまいと、先輩である灰原に敬語を使う白峰が微笑ましい。


 こないだは、思いっきり「藍里さん」って呼んでたのにね。


 ふふふと心の中で笑い、わたしは再びスマートフォンの画面に視線を落とす。だがそこで、わたしは白峰のプロフィールに引っ掛かりを覚えた。


 そして、数秒思考した後に、あぁと納得した。


「これだよ。ナタの西岡大和君は、このプロフィールを見たんだ」


 白峰を殺そうとした西岡は、『スタートイの人事部』で、検索でもしたのだろうか?
 ホワイトピーク二十五歳は、【異世界童貞】のスタートイ人事部勤務。このプロフィールをもとに、他の情報もズルズルと芋づる式に調べ上げ、最終的には顔と名前まで割り出したのでは──。


「やだ、きっとそうよ! 白峰君のバカ! 早く消しとかないと、また同じような事件が起きるわよ!」


「えっ、ええーっ! だって、これは【異世界童貞】だって希望を持って就活しようっていうメッセージなのにっ!」


「殺害されて異世界トリップしたくなかったら、消しておこう? 先に言っておくけど、その場合は、『異世界休暇』扱いにはしないからね」


 わたしの厳しい口調に、白峰は「部長の鬼!」と抗議してきたかが、残念ながらわたしは古来種族の【鬼】じゃない。異世界人だ。






 ***
 応募者のSNSチェックをひと通り終えたわたしは、会社の屋上で一人でぼんやりと空を眺めていた。


 日本の空も、異世界に負けないくらい綺麗だ。特に、ここから見る空──。透き通る蒼も、流れる白い雲も、溶けゆく紅も、わたしは好きだ。それに、空の色や雲の形に名前が付いているのも面白い。


 もっと、もっと見ていたいけど。


 わたしは小さなため息をつきながら、灰原や白峰にバレなくてよかったと安堵していた。




 昨日抱いた疑問。ナタで殺す気満々にやって来た西岡が、なぜ、担当面接官が異世界トリップ未経験者の人事部社員、白峰奏太であると知っていたのか?


 わたしは、社内で白峰に恨みを持つものが内通者となって西岡に情報を流したのだろうかと危惧していたのだ。
 だが、白峰の経歴を細かく把握しているのは、社長と人事部くらいだし、何より白峰は人畜無害なキャラクターとして有名だ。
 そして、先ほどのSNSを見て、ひとまず内通者説は薄いのではと警戒を緩めることにしたのだ。


 しかし、今わたしか悩んでいることはソコではない。本当ならば、西岡の情報源なんて昨日のうちに把握できているはずだったのだ。


 わたしは昨日、警察に連行される寸前の西岡に問いかけたのだ。
「君は、どうやって白峰君の素性を知ったの?」と。


「るせぇ! てめぇに言うかよっ!」


 その時は、西岡が悔しそうに吠え、わたしは言葉を出すことができなかった。大声に驚いたとか、気圧されたとか、そんな理由ではない。


 あれ……と、胸の内で唱える。
 メガホンの形にしていた両手が細かく震えて止まらない──、そんな感覚が、一夜明けた今もわたしのなかに残っていた。


「どうしてかなぁ……。【暴露】のスキル、使えなくなってしまったよ」


 空に向かって問いかけても、わたしの求める答えは返ってこない。

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