転生者たちの就活事情~君、異世界生活で学んだことは?~
第8話 出張グルメはあやかしにお任せ
企業説明会のシーズンになると、わたしは全国を飛び回る。
近場ならば日帰りだが、遠方となると一泊、スケジュールによっては二泊の出張となり、それなりに疲れる。
だが、出張は嫌いではない。仕事のついでにご当地グルメを堪能できるという喜びがあるからだ。
そして、それはわたしに限ったことではない。
「出張といえば、ご当地グルメですよね! 僕、京都出張に当たるのを楽しみにしてたんです!」
「まぁ、湯豆腐とかおばんざいとかあるわな。若いのになかなか渋い趣味しとんな、白峰」
スーツケースを引きずり回しながらはしゃぐ部下の白峰と、薄手のコートに両手を突っ込んで歩く営業部長古川。
わたしはある年、この二人と京都に訪れていた。といっても、古川は企業説明会のためではなく、自社のゲームと京都の酒造メーカーとタイアップしたイベントの打ち合わせで来ており、仕事後に合流したのだ。
古川いわく、「酒めっちゃ美味いし、絵師ガチャ大当たりやし、グッズ売れるで絶対」とのことで、彼は上機嫌だった。機嫌の良さは、飲酒によるものかもしれないが。
「わたしは京都に詳しくないから、美味しいお店に連れて行ってよ。古川、大学が京都だったよね? お勧めないの?」
「京都府民て、実はがっつりこってりが好きやねんで。美味いラーメン屋なら任せい。あとは、パン屋」
「京都感が薄いなぁ……」
「なんや、京都はラーメン激戦区やって知らへんのか? 北山のパン屋のスペック舐めたらあかんで?」
わたしと古川がそんなやり取りをしていると、白峰がスーツケースからおもむろにグルメ雑誌を取り出し、付箋の付いたページを開いて「あの、ここに行きませんか⁈」と、大公開してみせた。
「僕の彼女が行きたがってて、下見に行きたいな~、なんて……」
えへへと照れた様子で提案する白峰は、なんとも正直だ。上司相手にデートの下見に行きたいなどと、よく言えたものだが、逆にその勇気と鈍感さには敬意を称したくなる。
だから、わたしと古川は彼の希望を受け入れることにした。
行き先は、人気古来種族──【あやかし】の料理店だ。
***
古来種族とは、今こそスタンダードになった異世界人と近しくも対極の存在と言える。その名の通り、日本に昔から棲まう種族であり、たとえば【神様】であったり、【妖怪】であったり、【霊】であったりと、いわゆる「そこにいるけど普通の人には視えない超常的な者」だ。
わたしが言う「超常的」というのは、異世界人のスキルや魔法に近い。古来種族は、しばしば特殊な奇跡や妖術を使うのだ。
もちろん、規模はピンキリだが、例えば、太陽や暴風雨を操ったり、祈りによって学業や安産などの願いを叶えてくれたりする神様がいる。また、犯人が分からない謎のイタズラなんかは、全部妖怪のせいかもしれない。
そして、その古来種族の中でも、特に現代日本で精力的に経済活動を行っているのが【あやかし】だ。
「昔は、まずお目にかかられんかったんやけどなぁ」
「えっ? 【あやかし】って、昔はいなかったんですか⁈」
「マジか。おい、お前の部下、完璧な”異世界トリップ世代”やぞ!」
「【あやかし】を含めた古来種族は、日本にずっといたけど、広く認知されてなかったんだ。町で見かけるようになったのは、わたしが日本に来た頃のはずだよ」
わたしは、古川に代わって白峰の問いに答えた。
「彼らは、異世界の存在──特に亜種族の存在が確固たるものになってきた時期に、本格的な社会参画を始めたんだ。いや、させられたと言うべきかな。分かりやすく言うと、日本政府が日本にいるヒトをみんな管理しようとして、その結果、古来種族の存在が明らかになった」
「部長、あんまり分かりやすくないです」
「えっ、う~ん……。海外の人が日本に長期滞在しようとしたら、ビザがいるでしょ? ビザがなければ不法滞在。あと、日本では戸籍も重要だ。出生や婚姻、不動産契約、政治活動なんかにもさ。それらを、政府は異世界人や古来種族にも適用したわけだ。身分を保証することで人口に組み入れ、労働力に換算し、国力に充てる目的だね」
わたしが異世界人用の特殊身分証を財布から取り出して見せると、白峰は目をまんまるにして驚いていた。
たしか白峰は中学生の時に異世界トリップをしているので、きっと歴史の授業に参加できなかったのだ。うん。彼が実は馬鹿だったなどとは思いたくない。
「じゃあ、【あやかし】は、日本政府に身分を保証された上で、ごはん屋さんとか旅館とか、お店を経営しているわけですか」
「そうだよ。日本の法律に則って、特別扱いはなし。労働基準法や食品衛生法なんかを守らないと、開業すら許されない」
へぇ~! と、白峰の大きな頷きに、わたしは肩を落とす。
知らずにわたしと働いて、知らずにわたしたちをこの店──『あやかし町屋』に連れて来たのか。
白峰によると、『あやかし町屋』は、妖狐である店主が下鴨神社近くにある町屋をリノベーションした和風カフェだ。店内は、モダンで落ち着きある内装で、濃い色の木製テーブルや、褪せた光を放つランプが癒しの空間を演出している、らしい。
「俺オッサンやし、よう知らんねんけど、【あやかし】て若い女の子に人気なん?」
今度は、古川がサービスで出されたカリカリ油揚げを摘みつつ、肩身が狭そうに白峰に問う。
彼は「オッサン」というよりも「アニキ」的な雰囲気を纏っているのだが、まぁそうであっても、店内にいる客のほとんどは若い女性のグループなので、我々サラリーマン三人組は浮いている。加えてディナータイムのラストオーダーギリギリに入店したので、店員からの視線も痛く、正直、居心地が悪い。
「古川さん、知らないんですかっ⁈ 【あやかし】は、女の子がマッチングしたい種族ナンバーワンですよ⁈ イケメン、高身長、料理上手の三拍子。【あやかし】の経営するお店は、どこもこんな感じに大繁盛ですよ!」
「はぁ……? ブサイクとかチビはおらへんの?」
「そういう種族なんですよ、多分! 羨ましいですよね!」
白峰君の知識は雑だけど、それにしても日本人男子も日本人女子も、人外種族が好きなんだなぁ。
わたしは、店でキャッキャしている女性客たちを面白く観察する。
彼女たちは妖狐店長の姿を見ると、アイドルでも見つけたかのように黄色い歓声をあげるのだが、店長以外の店員はアルバイトの日本女子のようで、そのアルバイトが給仕に現れると露骨にガッカリとした態度を取るのだ。
ここでのアルバイトは、精神的に堪えそう。
「よう働けんな。邪魔者扱いやんけ」
わたしと同じことを思ったらしく、古川が小声で呟く。
だが、【あやかし】の営む店でアルバイトをしたい日本人は、かなりの数が存在する。
古来種族の店で働くという行為そのものが、異世界トリップに準ずるほどのステータスになり得るからだ。
「特に【あやかし】の店は、他の古来種族や悩みを抱えた不思議なお客さんを招きやすいらしくて、日本に居ながら非日常的な経験ができる……って言われてるからかな。就職活動開始までに異世界に行けなかった日本人が、エピソードを求めて【あやかし】の店にアルバイトの面接を受けにいくんだよ」
「ふぅん。劣化版異世界か?」
「他の企業はどう扱うか知らないけど、わたしはそうは思ってないよ。無双せずにコツコツ働けるという意味では、【あやかし】の店でのアルバイトは優れているから。ただ、【あやかし】畑で育った就活生は、ほっこりじんわり恋愛脳の子が多くてね……」
わたしの苦笑いを見て、古川は「苦労してんねんなぁ!」と激励の一発を背中にかます。正直痛いが、彼なりの優しさと分かっているので我慢した。
「にしても、遅ないか? めっちゃ腹減ってんけど。俺の蕎麦まだなん?」
古川が、使い込まれた腕時計を睨む。
彼はせっかちな方だが、たしかに遅い。混雑しているので仕方がないのかもしれないが、既に三十分以上が過ぎていた。
古川が頼んだものは、抹茶蕎麦と天ぷらのセット。白峰は稲荷寿司御膳。わたしはおばんざいプレートだ。
その他のメニューも、なんとなく京都っぽく、なんとなく和風な雰囲気……。という表現は失礼だろうか。わたしはこれまでの経験から、和風なカフェというものに警戒してしまう癖がある。この店は大丈夫だろうか。
強い熱意もなく、こだわりもなく、熟練した技術もないままに、安易なノリで料理屋を始めて上手くいく者がいるとすれば、よほどのカリスマ性があるか、ヒトを騙すのに長けた者だろう。
「ここの店長は、お狐さんなんだよね? わたしたち、化かされてたりして」
「もう! 部長まで、食べる前からネガキャンやめてくださいよ! 僕は真剣に下見しに来てるのに」
「俺らが付き合うてやっとんの忘れんなや? 白峰おい」
「あわわ、すみません!」
こんな他愛無い会話を交わして料理を待っていると、ようやくわたしたちのテーブルに例の妖狐店長が現れた。
彼は、モデルのような八頭身に狐の三角耳とふさふさの尻尾を生やした目元涼やかな美男子だった。
なるほど、女の子たちが好きになるのも頷ける。イケメンとふさふさの組み合わせは凶悪だ。
「お待たせしました。ご注文の抹茶蕎麦と天ぷらのセット。稲荷寿司御膳。おばんざいプレートです」
はんなりとした京都弁の狐店長は、白峰を見つめてにっこりと微笑む。
「都の外から来てくれはったんですね? 嬉しいわぁ」
「えっ⁈ なんで僕たちが府外から来たって分かったんですか⁈」
「ふふふ。【あやかし】の妖術いうやつですわ。……そんなら、どうぞごゆるりとしはってください」
柔らかそうな尻尾を揺らしながら、狐店長は澄ました態度で去って行く。
一方、彼の姿を見送る白峰は、興奮冷めやらぬ様子で「わぁぁぁ~!」と騒いでいる。
「今の、聴こえてらっしゃいました⁈ すごいですね、【あやかし】パワーって! なんか、オーラ的なモノが見えてたんですかね⁈」
「白峰君。仕事が済んだら、社員証は首から外した方がいいよ」
わたしのため息混じりの一言に、白峰は驚いた顔で視線を下げた。そして、彼もため息を吐く。
「……なんだか、凹みますね」
「あんなふっさふさの耳と尻尾して、調理中に毛ぇ入らへんの? それこそ【あやかし】パワーつこてんの?」
古川が、不可解そうにずるずると抹茶蕎麦をすする。味も今ひとつだったようで、首を傾げながら食べ進めている。
あぁ、ヨウミールの瀬野社長が怒り出しそう。
おばんざいプレートも、しょんぼりとするしかない量しかなく、わたしは写真と違うじゃないかとムッとせざるを得なかった。
う……っ。味が濃いなぁ。
***
ラストオーダー間近に入店したわたしたちは、必然的に最後の組として店に残っていた。
アルバイト店員たちも閉店準備のために引っ込んだようで、会計はレジ閉めを兼ねた狐店長自らがしてくれていた。
「え~、二万二千円ですけど、二万円にまけまさせてもらいますね」
狐店長のはんなり京都弁に、わたしたち──特に白峰の分も支払おうとしていたわたしは耳を疑った。もちろん、金額を値引いてくれたことに対してではない。
「わたしの計算と合わないんですが」
「そや、アホか。飲みもん入れても、せいぜい五、六千円やろ⁈」
「いえいえ。御通しとお賽銭料を合わせまして、そのお代金になります。」
いや、高過ぎるだろ。なんだ、そのお賽銭料って。
わたしと古川は不満たっぷりに見つめたが、当の本人は、
「夜間割増て、メニューの裏に書いてあったん見はりませんでした?」
と、小さく口の端を吊り上げながら、メニュー表の裏の細かい文章を見せてきた。
字、ちっさ!
うわぁ、これは悪質だ。詐欺まがい……というか、詐欺だよなぁ。
わたしは眉をひそめ、白峰は不安そうに口をへの字に曲げ、古川は代表して文句を叫ぶ。
「ふざけんな! あんな不味い飯出しといて、ぼったくりもええとこや!」
「不味い美味いは、人それぞれ。ぼったくる気ぃなんて、ありませんけど?」
古川が輩のように荒い声を出しても、狐店長はどこ吹く風。意地悪く鼻で笑い、支払い必要にを急かしてくる。
この店長、他のお客さんやアルバイトさんがいないと尻尾を出すわけだ。
いや、最初から尻尾は出てるとかいう野暮なツッコミは置いておいて、この狐店長は客を選んでいるのだろう。おそらくだが、白峰に敬語を使われているわたしと古川をスタートイのそれなりの役職者と睨み、ぼったくろうとしている。社員証の件といい、短時間での観察には長けていると見た。
でも、お客さん──わたしを騙そうとするのはいただけないな。
だから、わたしは狐店長にちょっとした仕返しをしてやることにした。
「分かりました。わたしがお支払いします」
古川の「任せたで」という視線と、白峰の心配そうな視線が注がれるなか、わたしは長財布を鞄から取り出しかけて手を止め──、両手をメガホンのように口に添えた。さすがに近距離の相手だと違和感があるポージングだが、仕方がない。スキル発動条件なのだから。
「そういえば、お賽銭料とはどういう料金なんですか?」
「あぁ、はい。それは、オレが作ったやつ。【あやかし】の接客を受けた客に上乗せするサービス料……って、うええええっ⁈」
「狐店長さんは、標準語がお上手ですね」
期待を裏切らない狐店長のリアクションに、わたしは爽やかで白々しい笑顔で答える。
本当はもう、店長の諸々の虚偽事項には気がついているのだが、敢えてわたしからは言わない。
「う~ん、なるほど。じゃあ、狐店長さんは【あやかし】なんですね。あっ、分かった! 妖狐ってやつですね?」
「ち……、違う。オレは、狐の獣人……。古来種族じゃなくて、異世界人なんだ。うわぁぁぁ、なんでホントのこと言っちまうんだぁぁぁっ!」
「へぇ。【あやかし】じゃなかったんですね。身分詐称ですねぇ。詐欺ですねぇ。なぜこんな真似をするんです?」
「だ、だって、京都の下鴨とか三条とか、それっぽい場所で適当な飯出すだけで、超儲かるし……っ! 異世界の獣人だと、ハロワで力仕事ばっかり紹介されんだよ! もう嫌なんだよ! オレは、【あやかし】みたいに女にモテたかったんだよぉぉぉ!」
はぁ。そんなことだろうと思った。
わたしは、悲鳴をあげてレジテーブルの下にうずくまる狐店長を見下ろす。どうでもいいことだが、近くで見ると尻尾の毛は割と硬そうだった。
「奇遇ですね。わたしも異世界出身なんです」
「で、ですよね~……。お、お代はけっこうなんで、どうか穏便にお願いできませんかね? あ、次回使えるサービス券をお付けしますから!」
「いいえ。もう来ないと思いますので」
わたしは、食事代だけをきっちり釣り銭なしでレジテーブルに置いてやると、「ごちそうさまでした」と言い残して、狐店長との会話を終わりにしたのだった。
***
「警察にチクったり、SNSで拡散したりしないんですか? 店長は妖狐じゃなくて狐の獣人だ~って!」
今晩の宿を目指すタクシーの車内で、白峰が隣の席からしつこく話しかけてくるので、わたしはうんざりとしていた。
スキルを使うと疲れるから、休ませてほしいのに。
「わたしは正義のヒーローじゃないし、SNSはやってないし。もちろん、食いログに悪評も書く気はないよ? 今日をきっかけに、彼──狐店長が改心しなかったら、その内勝手にお店は潰れるよ。だって、ご飯不味いし」
「京都弁もド下手でキモかったしな」
前の座席から、古川が缶ビール片手に振り返る。
やはり、彼も狐店長の偽りを見抜いていたらしい。さすがは我が友、古川だ。
「ま、白峰。彼女とのデート場所は、また一から探しぃ。なんなら、ラーメン屋教えたるで」
「えぇ~、でも彼女、雰囲気にこだわりたい派だし……。あ、そうだ! 出雲の『神様料亭』に行こうかな! テレビで観たんですよ! たくさんの【神様】たちに会えるって」
「懲りないね、白峰君」
「懲りひんな、白峰」
わたしと古川の呆れた声がデュエットし、笑いを誘う。
その話を聞いていたからかどうか分からないが、タクシーの運転手が思い出したかのように「そういえば」と口を開いた。
「今から皆様が泊まられるホテルですが、地元民からは“百鬼夜行の宿”と呼ばれているんですよ。なんでも、本物の【鬼】たちが働いているとか」
あぁ、疲れた。とりあえず、ご当地グルメが食べたい。
近場ならば日帰りだが、遠方となると一泊、スケジュールによっては二泊の出張となり、それなりに疲れる。
だが、出張は嫌いではない。仕事のついでにご当地グルメを堪能できるという喜びがあるからだ。
そして、それはわたしに限ったことではない。
「出張といえば、ご当地グルメですよね! 僕、京都出張に当たるのを楽しみにしてたんです!」
「まぁ、湯豆腐とかおばんざいとかあるわな。若いのになかなか渋い趣味しとんな、白峰」
スーツケースを引きずり回しながらはしゃぐ部下の白峰と、薄手のコートに両手を突っ込んで歩く営業部長古川。
わたしはある年、この二人と京都に訪れていた。といっても、古川は企業説明会のためではなく、自社のゲームと京都の酒造メーカーとタイアップしたイベントの打ち合わせで来ており、仕事後に合流したのだ。
古川いわく、「酒めっちゃ美味いし、絵師ガチャ大当たりやし、グッズ売れるで絶対」とのことで、彼は上機嫌だった。機嫌の良さは、飲酒によるものかもしれないが。
「わたしは京都に詳しくないから、美味しいお店に連れて行ってよ。古川、大学が京都だったよね? お勧めないの?」
「京都府民て、実はがっつりこってりが好きやねんで。美味いラーメン屋なら任せい。あとは、パン屋」
「京都感が薄いなぁ……」
「なんや、京都はラーメン激戦区やって知らへんのか? 北山のパン屋のスペック舐めたらあかんで?」
わたしと古川がそんなやり取りをしていると、白峰がスーツケースからおもむろにグルメ雑誌を取り出し、付箋の付いたページを開いて「あの、ここに行きませんか⁈」と、大公開してみせた。
「僕の彼女が行きたがってて、下見に行きたいな~、なんて……」
えへへと照れた様子で提案する白峰は、なんとも正直だ。上司相手にデートの下見に行きたいなどと、よく言えたものだが、逆にその勇気と鈍感さには敬意を称したくなる。
だから、わたしと古川は彼の希望を受け入れることにした。
行き先は、人気古来種族──【あやかし】の料理店だ。
***
古来種族とは、今こそスタンダードになった異世界人と近しくも対極の存在と言える。その名の通り、日本に昔から棲まう種族であり、たとえば【神様】であったり、【妖怪】であったり、【霊】であったりと、いわゆる「そこにいるけど普通の人には視えない超常的な者」だ。
わたしが言う「超常的」というのは、異世界人のスキルや魔法に近い。古来種族は、しばしば特殊な奇跡や妖術を使うのだ。
もちろん、規模はピンキリだが、例えば、太陽や暴風雨を操ったり、祈りによって学業や安産などの願いを叶えてくれたりする神様がいる。また、犯人が分からない謎のイタズラなんかは、全部妖怪のせいかもしれない。
そして、その古来種族の中でも、特に現代日本で精力的に経済活動を行っているのが【あやかし】だ。
「昔は、まずお目にかかられんかったんやけどなぁ」
「えっ? 【あやかし】って、昔はいなかったんですか⁈」
「マジか。おい、お前の部下、完璧な”異世界トリップ世代”やぞ!」
「【あやかし】を含めた古来種族は、日本にずっといたけど、広く認知されてなかったんだ。町で見かけるようになったのは、わたしが日本に来た頃のはずだよ」
わたしは、古川に代わって白峰の問いに答えた。
「彼らは、異世界の存在──特に亜種族の存在が確固たるものになってきた時期に、本格的な社会参画を始めたんだ。いや、させられたと言うべきかな。分かりやすく言うと、日本政府が日本にいるヒトをみんな管理しようとして、その結果、古来種族の存在が明らかになった」
「部長、あんまり分かりやすくないです」
「えっ、う~ん……。海外の人が日本に長期滞在しようとしたら、ビザがいるでしょ? ビザがなければ不法滞在。あと、日本では戸籍も重要だ。出生や婚姻、不動産契約、政治活動なんかにもさ。それらを、政府は異世界人や古来種族にも適用したわけだ。身分を保証することで人口に組み入れ、労働力に換算し、国力に充てる目的だね」
わたしが異世界人用の特殊身分証を財布から取り出して見せると、白峰は目をまんまるにして驚いていた。
たしか白峰は中学生の時に異世界トリップをしているので、きっと歴史の授業に参加できなかったのだ。うん。彼が実は馬鹿だったなどとは思いたくない。
「じゃあ、【あやかし】は、日本政府に身分を保証された上で、ごはん屋さんとか旅館とか、お店を経営しているわけですか」
「そうだよ。日本の法律に則って、特別扱いはなし。労働基準法や食品衛生法なんかを守らないと、開業すら許されない」
へぇ~! と、白峰の大きな頷きに、わたしは肩を落とす。
知らずにわたしと働いて、知らずにわたしたちをこの店──『あやかし町屋』に連れて来たのか。
白峰によると、『あやかし町屋』は、妖狐である店主が下鴨神社近くにある町屋をリノベーションした和風カフェだ。店内は、モダンで落ち着きある内装で、濃い色の木製テーブルや、褪せた光を放つランプが癒しの空間を演出している、らしい。
「俺オッサンやし、よう知らんねんけど、【あやかし】て若い女の子に人気なん?」
今度は、古川がサービスで出されたカリカリ油揚げを摘みつつ、肩身が狭そうに白峰に問う。
彼は「オッサン」というよりも「アニキ」的な雰囲気を纏っているのだが、まぁそうであっても、店内にいる客のほとんどは若い女性のグループなので、我々サラリーマン三人組は浮いている。加えてディナータイムのラストオーダーギリギリに入店したので、店員からの視線も痛く、正直、居心地が悪い。
「古川さん、知らないんですかっ⁈ 【あやかし】は、女の子がマッチングしたい種族ナンバーワンですよ⁈ イケメン、高身長、料理上手の三拍子。【あやかし】の経営するお店は、どこもこんな感じに大繁盛ですよ!」
「はぁ……? ブサイクとかチビはおらへんの?」
「そういう種族なんですよ、多分! 羨ましいですよね!」
白峰君の知識は雑だけど、それにしても日本人男子も日本人女子も、人外種族が好きなんだなぁ。
わたしは、店でキャッキャしている女性客たちを面白く観察する。
彼女たちは妖狐店長の姿を見ると、アイドルでも見つけたかのように黄色い歓声をあげるのだが、店長以外の店員はアルバイトの日本女子のようで、そのアルバイトが給仕に現れると露骨にガッカリとした態度を取るのだ。
ここでのアルバイトは、精神的に堪えそう。
「よう働けんな。邪魔者扱いやんけ」
わたしと同じことを思ったらしく、古川が小声で呟く。
だが、【あやかし】の営む店でアルバイトをしたい日本人は、かなりの数が存在する。
古来種族の店で働くという行為そのものが、異世界トリップに準ずるほどのステータスになり得るからだ。
「特に【あやかし】の店は、他の古来種族や悩みを抱えた不思議なお客さんを招きやすいらしくて、日本に居ながら非日常的な経験ができる……って言われてるからかな。就職活動開始までに異世界に行けなかった日本人が、エピソードを求めて【あやかし】の店にアルバイトの面接を受けにいくんだよ」
「ふぅん。劣化版異世界か?」
「他の企業はどう扱うか知らないけど、わたしはそうは思ってないよ。無双せずにコツコツ働けるという意味では、【あやかし】の店でのアルバイトは優れているから。ただ、【あやかし】畑で育った就活生は、ほっこりじんわり恋愛脳の子が多くてね……」
わたしの苦笑いを見て、古川は「苦労してんねんなぁ!」と激励の一発を背中にかます。正直痛いが、彼なりの優しさと分かっているので我慢した。
「にしても、遅ないか? めっちゃ腹減ってんけど。俺の蕎麦まだなん?」
古川が、使い込まれた腕時計を睨む。
彼はせっかちな方だが、たしかに遅い。混雑しているので仕方がないのかもしれないが、既に三十分以上が過ぎていた。
古川が頼んだものは、抹茶蕎麦と天ぷらのセット。白峰は稲荷寿司御膳。わたしはおばんざいプレートだ。
その他のメニューも、なんとなく京都っぽく、なんとなく和風な雰囲気……。という表現は失礼だろうか。わたしはこれまでの経験から、和風なカフェというものに警戒してしまう癖がある。この店は大丈夫だろうか。
強い熱意もなく、こだわりもなく、熟練した技術もないままに、安易なノリで料理屋を始めて上手くいく者がいるとすれば、よほどのカリスマ性があるか、ヒトを騙すのに長けた者だろう。
「ここの店長は、お狐さんなんだよね? わたしたち、化かされてたりして」
「もう! 部長まで、食べる前からネガキャンやめてくださいよ! 僕は真剣に下見しに来てるのに」
「俺らが付き合うてやっとんの忘れんなや? 白峰おい」
「あわわ、すみません!」
こんな他愛無い会話を交わして料理を待っていると、ようやくわたしたちのテーブルに例の妖狐店長が現れた。
彼は、モデルのような八頭身に狐の三角耳とふさふさの尻尾を生やした目元涼やかな美男子だった。
なるほど、女の子たちが好きになるのも頷ける。イケメンとふさふさの組み合わせは凶悪だ。
「お待たせしました。ご注文の抹茶蕎麦と天ぷらのセット。稲荷寿司御膳。おばんざいプレートです」
はんなりとした京都弁の狐店長は、白峰を見つめてにっこりと微笑む。
「都の外から来てくれはったんですね? 嬉しいわぁ」
「えっ⁈ なんで僕たちが府外から来たって分かったんですか⁈」
「ふふふ。【あやかし】の妖術いうやつですわ。……そんなら、どうぞごゆるりとしはってください」
柔らかそうな尻尾を揺らしながら、狐店長は澄ました態度で去って行く。
一方、彼の姿を見送る白峰は、興奮冷めやらぬ様子で「わぁぁぁ~!」と騒いでいる。
「今の、聴こえてらっしゃいました⁈ すごいですね、【あやかし】パワーって! なんか、オーラ的なモノが見えてたんですかね⁈」
「白峰君。仕事が済んだら、社員証は首から外した方がいいよ」
わたしのため息混じりの一言に、白峰は驚いた顔で視線を下げた。そして、彼もため息を吐く。
「……なんだか、凹みますね」
「あんなふっさふさの耳と尻尾して、調理中に毛ぇ入らへんの? それこそ【あやかし】パワーつこてんの?」
古川が、不可解そうにずるずると抹茶蕎麦をすする。味も今ひとつだったようで、首を傾げながら食べ進めている。
あぁ、ヨウミールの瀬野社長が怒り出しそう。
おばんざいプレートも、しょんぼりとするしかない量しかなく、わたしは写真と違うじゃないかとムッとせざるを得なかった。
う……っ。味が濃いなぁ。
***
ラストオーダー間近に入店したわたしたちは、必然的に最後の組として店に残っていた。
アルバイト店員たちも閉店準備のために引っ込んだようで、会計はレジ閉めを兼ねた狐店長自らがしてくれていた。
「え~、二万二千円ですけど、二万円にまけまさせてもらいますね」
狐店長のはんなり京都弁に、わたしたち──特に白峰の分も支払おうとしていたわたしは耳を疑った。もちろん、金額を値引いてくれたことに対してではない。
「わたしの計算と合わないんですが」
「そや、アホか。飲みもん入れても、せいぜい五、六千円やろ⁈」
「いえいえ。御通しとお賽銭料を合わせまして、そのお代金になります。」
いや、高過ぎるだろ。なんだ、そのお賽銭料って。
わたしと古川は不満たっぷりに見つめたが、当の本人は、
「夜間割増て、メニューの裏に書いてあったん見はりませんでした?」
と、小さく口の端を吊り上げながら、メニュー表の裏の細かい文章を見せてきた。
字、ちっさ!
うわぁ、これは悪質だ。詐欺まがい……というか、詐欺だよなぁ。
わたしは眉をひそめ、白峰は不安そうに口をへの字に曲げ、古川は代表して文句を叫ぶ。
「ふざけんな! あんな不味い飯出しといて、ぼったくりもええとこや!」
「不味い美味いは、人それぞれ。ぼったくる気ぃなんて、ありませんけど?」
古川が輩のように荒い声を出しても、狐店長はどこ吹く風。意地悪く鼻で笑い、支払い必要にを急かしてくる。
この店長、他のお客さんやアルバイトさんがいないと尻尾を出すわけだ。
いや、最初から尻尾は出てるとかいう野暮なツッコミは置いておいて、この狐店長は客を選んでいるのだろう。おそらくだが、白峰に敬語を使われているわたしと古川をスタートイのそれなりの役職者と睨み、ぼったくろうとしている。社員証の件といい、短時間での観察には長けていると見た。
でも、お客さん──わたしを騙そうとするのはいただけないな。
だから、わたしは狐店長にちょっとした仕返しをしてやることにした。
「分かりました。わたしがお支払いします」
古川の「任せたで」という視線と、白峰の心配そうな視線が注がれるなか、わたしは長財布を鞄から取り出しかけて手を止め──、両手をメガホンのように口に添えた。さすがに近距離の相手だと違和感があるポージングだが、仕方がない。スキル発動条件なのだから。
「そういえば、お賽銭料とはどういう料金なんですか?」
「あぁ、はい。それは、オレが作ったやつ。【あやかし】の接客を受けた客に上乗せするサービス料……って、うええええっ⁈」
「狐店長さんは、標準語がお上手ですね」
期待を裏切らない狐店長のリアクションに、わたしは爽やかで白々しい笑顔で答える。
本当はもう、店長の諸々の虚偽事項には気がついているのだが、敢えてわたしからは言わない。
「う~ん、なるほど。じゃあ、狐店長さんは【あやかし】なんですね。あっ、分かった! 妖狐ってやつですね?」
「ち……、違う。オレは、狐の獣人……。古来種族じゃなくて、異世界人なんだ。うわぁぁぁ、なんでホントのこと言っちまうんだぁぁぁっ!」
「へぇ。【あやかし】じゃなかったんですね。身分詐称ですねぇ。詐欺ですねぇ。なぜこんな真似をするんです?」
「だ、だって、京都の下鴨とか三条とか、それっぽい場所で適当な飯出すだけで、超儲かるし……っ! 異世界の獣人だと、ハロワで力仕事ばっかり紹介されんだよ! もう嫌なんだよ! オレは、【あやかし】みたいに女にモテたかったんだよぉぉぉ!」
はぁ。そんなことだろうと思った。
わたしは、悲鳴をあげてレジテーブルの下にうずくまる狐店長を見下ろす。どうでもいいことだが、近くで見ると尻尾の毛は割と硬そうだった。
「奇遇ですね。わたしも異世界出身なんです」
「で、ですよね~……。お、お代はけっこうなんで、どうか穏便にお願いできませんかね? あ、次回使えるサービス券をお付けしますから!」
「いいえ。もう来ないと思いますので」
わたしは、食事代だけをきっちり釣り銭なしでレジテーブルに置いてやると、「ごちそうさまでした」と言い残して、狐店長との会話を終わりにしたのだった。
***
「警察にチクったり、SNSで拡散したりしないんですか? 店長は妖狐じゃなくて狐の獣人だ~って!」
今晩の宿を目指すタクシーの車内で、白峰が隣の席からしつこく話しかけてくるので、わたしはうんざりとしていた。
スキルを使うと疲れるから、休ませてほしいのに。
「わたしは正義のヒーローじゃないし、SNSはやってないし。もちろん、食いログに悪評も書く気はないよ? 今日をきっかけに、彼──狐店長が改心しなかったら、その内勝手にお店は潰れるよ。だって、ご飯不味いし」
「京都弁もド下手でキモかったしな」
前の座席から、古川が缶ビール片手に振り返る。
やはり、彼も狐店長の偽りを見抜いていたらしい。さすがは我が友、古川だ。
「ま、白峰。彼女とのデート場所は、また一から探しぃ。なんなら、ラーメン屋教えたるで」
「えぇ~、でも彼女、雰囲気にこだわりたい派だし……。あ、そうだ! 出雲の『神様料亭』に行こうかな! テレビで観たんですよ! たくさんの【神様】たちに会えるって」
「懲りないね、白峰君」
「懲りひんな、白峰」
わたしと古川の呆れた声がデュエットし、笑いを誘う。
その話を聞いていたからかどうか分からないが、タクシーの運転手が思い出したかのように「そういえば」と口を開いた。
「今から皆様が泊まられるホテルですが、地元民からは“百鬼夜行の宿”と呼ばれているんですよ。なんでも、本物の【鬼】たちが働いているとか」
あぁ、疲れた。とりあえず、ご当地グルメが食べたい。
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