転生者たちの就活事情~君、異世界生活で学んだことは?~

ゆちば

第2話 商人と営業マンは1日にしてならず

 わたしは、日本の大手ゲームメーカー株式会社スタートイの採用人事の面接官だ。


 仕事柄、この異世界トリップが日常化した日本に於ける異世界の人気職業については詳しいと自負している。


 異世界トリップで人気の職業といえば、少年少女の憧れである勇者や聖女、最近は原作内容を変えたい悪役令嬢や魔王軍の幹部なんかも注目を集めているが、いつも安定の4位あたりに位置する職業がある。


 それは、商人だ。


 どこの世界に行ったところで、人間誰しもヒット商品を売り捌き、じゃんじゃんお金を稼ぎたいという欲がある。


 何も、皆が皆、どっしりと腰を据えて商いをするわけではない。異世界トリップ者ならば、いわゆる副業としても、アイディアひとつで十分に稼ぐことができる。
 例えば、魔王討伐の傍らにポーションを生成し、お祈りの片手間に流行病の特効薬を量産、スローライフの日課としてエリクサーを調合し、売りに行く。


 ちなみに、異世界には「治験」という概念が存在しないらしく、わたしとしては、どうか医療の発展を願うばかりである。


 話が薬に偏ってしまったが、異世界トリップ者の商人が売るものは、実に多岐に渡る。
 スキルやジョブを生かして作った食べ物、武器、素材、アクセサリー、異世界文化を揺るがす日本の製品なんかの話も非常によく聞く。
 そのうち、どの異世界も日本の劣化版みたいになってしまうのではないかと心配になるほどだ。






 いけない、長々と話してしまった。
 今日のわたしは、そんな商人経験者を対象とした面接に臨んでいるのだ。もちろん、面接官としてだ。
 なぜ、商人経験者という縛りがあるかというと、営業職の中途採用の面接だからだ。


「いやぁ、突然一課のエースの田中が異世界に行ってもたんや。あ、死んでへんで? 召喚されるとこ見たし。でも、いつ復帰するか分からへんし、即戦力が欲しいねんな。協力頼むで、人事部長サマ!」


 営業部長の古川は、面接が始まる前にわたしに明るい声でそう言ったのだが、このくだりは昨日から既に三度ほど経験済みだった。昨日早朝、昨日定時、本日早朝だ。


 同じ話を何度もしてしまうほど、古川はエースの田中が異世界トリップしてしまったことにダメージを受けていると見たが、わたしは敢えて「早く帰って来るといいね」などという安い励ましは口にはしない。


 古川もわたしも、これまで何度も部下や同僚たちが異世界へトリップするという事態を経験し、互いに血反吐を吐くような仕事スケジュールを生き抜いて来た【企業戦士】なのだ。


 ちなみに、幼少期から異世界で甘やかされて来た若者が、【企業戦士】を人種のジョブと勘違いしていたというコラムをどこかの雑誌で読んだ事がある。悲しい時代になったものだ。


 閑話休題。


 古川は、入社時から営業一筋の古株社員であり、わたしの数少ない友人なのだ。
 歳の割にはスマートで若々しい外見と、テ人当たりとテンポの良い関西弁が相まって、部下からの信頼も、取り引き先からの信頼も厚い男だ。ちなみに、彼は若い時に異世界で商人を経験しており、国一つ買えるほどの富を築いたことがあるらしい。実際に見てはいないが、わたしが聞いたので間違いない。
 古川はやり手の商人──営業マンだ。


「エースの引き抜きはつらいね。『異世界休暇』扱いにしているの?」


「そ。無駄にならんとええんやけど」


 我がスタートイ社には、異世界にトリップしてしまい、やむを得ず出勤できなくなってしまった社員に対して、「異世界休暇」という公休を与えている。帰還したら無職であったり、残された家族を支援する目的で、最大二年間、給与所得の七割を支給し、会社に在籍している扱いとする制度だ。


 大変親切な制度ではあるが、実は適応条件は辛い。
 エースの田中のように、召喚シーンを目撃されるケースは、かなり運がいい。即、公休扱いだ。
 だが、吸血トラックに轢かれる、過労、アサシンに刺されるといった、いわゆる「死亡」による異世界転生は、トリップしたことの証明が難しく、上の承認が得にくいのだ。
 一方で、ごく稀に「神様の手違いで死んだ」社員がケロリと戻って来ることがあるのだが、そういった場合は、遡及して「異世界休暇」扱いとなる。


 しかし、エースの田中は異世界トリップが確実。古川が危惧しているのは、田中が何らかの事情で日本に二度と戻って来ないことだ。


 手塩にかけて育てた部下がいなくなってしまうのは、悲しいだろうなぁ。


 古川は、笑いながら軽口を叩いているものの、内心ではエースの田中の身を案じているに違いない。そして、【暴露】させるまでもなく、寂しがっている。


 わたしだって、スタートイの社員だ。このスタートイで共に働く仲間を失うことは残念だし、上司としての古川の気持ちも理解できる。


 だからいっそう、見込みある人材を採用しなければならない。それが、わたしから友人にしてあげることができる、唯一の励ましだ。








 ●貴船昌樹きふねまさき(32)


「キフネマサキと申します。よろしくお願いします」


 貴船は、面接のために染めましたと言わんばかりの黒々とした短髪に、耳にたくさんのピアス穴のあとが残る陽気そうな男だった。
 履歴書が正しいとすると、彼は大学を中退してからアルバイトを転々とし、十年間異世界に滞在。


 現代日本の就職活動では、大学を卒業していることや新卒であることはあまり重視されない。当社でも、その人にしか出来ない異世界体験に重い価値を置くという社長の方針に従い、わたしは貴船の前職──異世界での仕事についてメスを入れていく。


「貴船さん、よろしくお願いします。まずは、あなたの前職と、我が社を志望された理由を聞かせてください」


 わたしの隣で、面接に同席している古川も頷く。
 面接の諮問は、プロであるわたしの担当で、部下一名が補助役。そして古川は気になったことがあれば追加で質問をするというスタイルを取っていた。
 今日、これまでの面接では何回か質問を挟んでいたが、それでも古川的にはピンと来る相手はいなかったらしく、彼は少々落ち込み気味だ。


 貴船クンが、いい人なら有難いんだけど。できれば、目新しいかんじの商業活動をしていたら嬉しい。


 わたしの勝手な期待など、貴船はもちろん知る由もなく、彼は胸を張って話す。


「私は、日本での勤務経験はありませんが、大学卒業後から十年間、ファンタジー異世界のパールド王国で商いをしていました。 主な商品はクスリで、十年続けていただけあって、たくさんの常連のお客様に愛していただくことができました。……御社を志望致しましたのは、私の販売ノウハウや交渉術を活かせば、より広い層の方々にゲームをプレイしていただけると思ったからです」


 うぅん! 薬、多いなぁ! 


 今日だけで十人以上の薬商人の面接をしたぞ。需要があるんだろうけど、せめて何か個性が欲しいところだ。


「薬を販売しようと思ったきっかけは何ですか?」


「女神様が、転生特典で【毒魔法】の力を与えてくださったからです。誰もがガッカリするハズレ魔法だと思ったのですが、毒は薬にもなると考えつき、魔法でクスリを作りました。効用は、些細なものですが、睡眠導入や精神安定がメインです」


 貴船は、淡々と答える。


「ちなみに、治験は?」


 これは、わたしの興味本位の質問。


「自分で試しました」


 まぁ、そうなるか。それならまだマシか。いきなり仲間や客で実験していなくて良かった。


 ともあれ、彼の異世界トリップに題を付けるとしたら、「ハズレ魔法【毒】で異世界治療無双~毒を持って毒を制そうと思います~」、あるいは「異世界薬剤師 【毒魔法】でスローライフを満喫する」といったところだろうか。……いや、センスのないありきたりなタイトルを思いついてしまった。忘れよう。


 わたしは、質問を続ける。


「体力や魔力を回復する薬を作る方は多いですが、貴船さんの着眼点は面白いですね。なぜ、その薬を作ろうと思ったのですか?」


「パールド王国はしばしばモンスターの襲来に見舞われ、人々は文字通り眠れない日々を送っていました。ですが、私の他の転生者に強い魔法を使う勇者がいましたので、物理的な問題の解決は彼に任せ、私は国民の心を癒す役割を担おうと考えたのです。それが、私の作るクスリです」


「たしかに、頻繁にモンスターに襲撃されるとなれば、不安も募るでしょうね」


「はい。私もパールド王国に着いて間もない頃は、怖くて怖くて。自分も毎日クスリを飲んで眠っていました。……日本にも持ち帰りたいくらいのモノなんですよ。面接があると思うと、とても緊張してしまって、昨日の夜は眠れませんでした」


 貴船は、少しだけ自嘲気味に笑う。


 スルスルと言葉が出てくる様は、気持ちがいい。
 だが、そこが気持ち悪い。
 言葉は雄弁なのに、彼の視線は金魚のように泳ぎ続けている。


 ただの緊張とは違うような……。


 わたしがそう感じてしまったのは、長年面接を担当している者としてのカンとしか言いようがない。なんとなく、貴船の言葉が虚実的な要素を含んでいて、後ろ暗さまで感じさせるような気がしたのだ。


 素人が異世界にトリップして、精神安定剤を作ろうと思うだろうか。それとも貴船は日本にいたとき、そういった薬を服用していたとか? いや、考えすぎか?


 貴船には何かあるのではと、わたしがチラリと隣に座る古川に視線をやると、彼も同じことを感じていたのか、眉間にシワが寄せながら頷いていた。こちらは商人のカンだろう。


 よし! 古川がその気なら、徹底的にいこうじゃないか!


 わたしは、さりげなく手をメガホンのようにして口に添えると、【暴露】のスキルを発動させる。このスキルの前では、嘘偽りを述べることは許されない。


「貴船さん。あなたの商業実績をアピールしてください」


「はい。始めはお客様が付かなかったので、まずは貧しいスラム街で苦しんでいる人々に、クスリを無料配布しました。みなさん、大変喜んでくださって……。リピーターも増えただけでなく、クスリの評判が貴族街にも広まり、その後は大物貴族との商談にも成功。年収は金額二億枚に跳ね上がり、大きなパーティ用に箱買いしてくださる方もいらっしゃって……。あっ!」


 貴船が驚いて目を剥き、喋るのを止める。


 あぁ、そういうことか。そういうクスリか。


 わたしは、全てを察した上で言葉を紡ぐ。


「パーティでクスリ、とは珍しいパーティですね。貴船さん。もう一度あなたが作り、売っていたクスリの薬効を教えて頂けますか?」


「あ、あ、あの、えぇと……、俺のクスリはすごい快感を得られるっていうか、キモチイイ夢が見れるっていうか……。副作用で内臓がボロボロになるけど、中毒性があるから一度使えば常連確定……。あ、あぁ、俺、こんなこと言う気なかったのに!」


 狼狽え、震え出す貴船。


「なるほど。褒められた効用ではなさそうですね」


「で、でも、違法じゃねぇし! 日本と違って、パールド王国には違法薬物を取り締まる法律なんえねぇんだよ! だから、俺は悪くねぇ! 俺はSランク商人だぞ!」


 貴船の言い分は、割ともっともだ。
 異世界には異世界の法があり、それに引っ掛からなければ、犯罪者ではないし悪党認定もできない。ハーレムという名の一夫多妻制だって、悪役令嬢の激しい嫌がらせだって、「ざまぁ」な復讐だって、それを取り締まる法律や規則がなければ、罪に問われることはない。


 でもね、貴船君。そんな幼稚な台詞は、どこぞの七歳の親善大使でも許されないんだよ。


「俺は、カスみたいなハズレ魔法で成り上がったんだ! 俺は──」


「あなたが、日本に戻って来た理由は?」


 わたしは、貴船の言葉を遮って質問する。それは、クリティカルダメージを叩き出す一撃だ。


「……ドラッグパーティにブチギレた女神様に強制送還されました」


「募集要項、読んでないのかな。それとも、わたしたちを欺けると思ったのかな。『日本の法を基準として、異世界で違法な活動を行っていた者には応募資格がないものとする』って、日本語で記載していたはずだけど。君は、パールド語しか読めない訳じゃないよね? あれ? 十年パールド王国にいたら、日本語忘れちゃった?」


「ぱ、パールド王国にいたのは三ヶ月だけです……」


 わたしに問いただされ、貴船は項垂れた様子で答えた。降参の表情と見て間違いない。


 はい。ライフはゼロ。


 だが、わたしの右隣に控えていた古川は、それだけでは済まさなかった。つまり、オーバーキル。
 古川は、ひどく腹を立てた様子で、ドンっと大きな音を立てて長机を叩き、同時に貴船が縮み上がる。


「自分、嘘ばっかりやんか! そんなん商人ちゃう、詐欺師や! ウチの営業は誠実なもンやないと任せられへん。とっとと出てってくれるか?」


 ドスのきいた関西弁に気圧され、貴船は「すみませんでしたぁぁっ!」と無様に慌てふためきながら面接室を飛び出して行った。


 その様子を舌打ちして見送る古川は、「何がSランク商人やねん」と履歴書を机に乱暴に伏せ置く。破り捨てないだけまだマシだろう。


 彼の営業部長としての商人の理想は山よりも高く、海よりも深い。それだけ彼の部署は精鋭揃いなのだが、代わり採用に妥協はしない。それこそ、「Sランク商人」の経験をしているか、近い実績や見込みを持った人員が欲しいのだろう。


「Sランク商人って、何をしたらなれるの?」


 静かになった面接室を少しは和ませてやろうと思い、わたしは口を開いた。


「俺は滅びた国買うて、亡国の姫に格安──銀貨一枚で売ったったで!」


 古川の満面のドヤ顔に、それは商人というより英雄では? と、わたしは感服するしかない。


「今日の面接にはそんな人は一人もいませんでしたし、採用は見送りますか?」


 部下が、眉間にシワがを寄せつつ履歴書をパラパラとまくる。


「わたしとしても、めぼしい人材はいなかったと思うよ。誰かを無理矢理に人数合わせで採用する必要はないと言いたいところだけど、営業部的にはどう? 仕事、厳しい?」


「ぬぅぅ……。小売店の担当エリアが、あり得へんくらい広なる。俺含め全員、過労で死んで異世界行ってまうかもしれへん」


 それは困る。スタートイを過労死異世界トリッパー製造会社にする訳にはいかない──と、わたしが言いかけた時だった。




「あ、古川部長! ここにいらしたんですね! 『異世界活動報告書』にハンコをいただきたいんですけど~」


 面接室にズケズケと入り込んで来た若者は、わたしも何度も社内で見かけたことがある社員──営業部エースの田中だった。


「田中ーーっ! よう戻って来たぁぁっ!」


「すみません。ご迷惑をおかけしました」


 エースの帰還に安堵した古川は、田中に駆け寄り力強く抱擁しようとするが、するりとかわされてしまう。その代わりに、休暇中に異世界でどのようなら活動をしていたかを記載した、「異世界活動報告書」が目前に差し出される。


「パールド王国って異世界にいたんですけど、ヤク中がやたら多くて。だから、商人ギルドと連携して、【解毒の聖水】を売りまくりました。まぁ、貴族からは多めに貰いましたけど、平民には格安でですよ? 僕、【商売の聖女】なんて呼ばれちゃって……。あ、実は女の赤ん坊に転生して、十年間は僕の記憶が戻らなくてですねぇ──」


 エースの田中がありふれた転生話を語り出したが、誰も聞いてはいなかった。


 めでたしめでたし、などという安直な締めの語句が相応しいかなと、わたしは口の端を小さく釣り上げて笑った。

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