おとぎの店の白雪姫【新装版】
第17話 千夜一夜のカレーパン
マンションに帰って来たましろは、ソファに突っ伏せて、伸び切ったお餅のようになっていた。持って帰って来たカレーパンは、ダイニングテーブルに置きっぱなしになっている。
「どうでもいいのに。りんごおじさんも、カレーパンも……」
その時、玄関のドアがガチャリと開いて、りんごおじさんが帰って来た。
「戻りました。ましろさん、寝ているんですか?」
「起きてる」
リビングにやって来たりんごおじさんを、ましろはジロリとにらんだ。わたしはまだ許していないぞ! という気持ちを伝えてやろうと思ったのだ。ところが、ましろはりんごおじさんの顔を見ると、なぜだか泣きそうになってしまった。
「りんごおじさん、今日は楽しそうだったね。あの、茉莉花って子にモテてたじゃん」
じわりと滲んできた涙をまばたきで誤魔化しながら、ましろはわざとトゲトゲしい声を出す。
「茉莉花? あぁ、砂原さんですね。僕がモテていたというのは、どうかと思いますが……。料理教室の先生は、少し僕には荷が重いかなと。子どもたちに料理を教えるのは難しいです」
「そうなの? そうは見えなかったよ」
ましろが体を起こすと、りんごおじさんは「実は」とソファの隣に腰を下ろした。照れくさそうに頭をかいている。
「ずっと、ましろさんのことが気になっていたんです。教室に来てくれている子たちみんなを見ないといけないのに……」
「わたしのこと、気にしてたの?」
「時々、つまらなそうな顔をしていたでしょう? 僕は、いちばん楽しんでほしい人を笑顔にすることもできないんだと思うと、先生どころではなくなってしまって」
りんごおじさんの意外な言葉に、ましろは驚いて目を丸くした。
今、「いちばん楽しんでほしい人」って言った?
恥ずかしくて聞き返すことはできなかったけれど、ちゃんと胸の中に入って来た。そして、スゥッと溶けて、イライラやムカムカを取っ払っていく。
「りんごおじさん、ワガママ言ってもいい?」
「はい。何でしょう?」
「ちょっとだけ、甘えさせて」
ましろは、りんごおじさんの胸にギュッと抱きついて顔をうずめた。広くて大きなりんごさんの胸は、なんだかとても安心できる。
そして、お母さん以外の大人の人に自分から抱きつくのは、ずいぶんと久しぶりな気がした。
「ましろさん。あじさいモンブランの件、本当にすみませんでした」
りんごおじさんは、ましろの頭をなでながら言った。
「きちんと調べていれば、ましろさんをがっかりさせずにすんだのに。あんなに食べることを楽しみにしていたのに」
「うぅん。わたしが一番悲しかったのは、あじさいモンブランが食べれなかったことじゃないの」
ましろは、りんごおじさんに抱きついたまましゃべった。こうしていると、心が落ち着いて気持ちをひとつずつ整理できた。そして、どうして自分があんなに怒っていたのかが、ようやく分かったのだ。
「わたしは、りんごおじさんとあじさいモンブランを食べるのを楽しみにしてたんだ。だから、あの時りんごおじさんが、あっさりパン屋さんに切り替えたのが許せなくて……。わたししか楽しみにしてなかったのかな、って」
「そうだったんですね……。もちろん、僕もとても食べたかったです。でもあの時は、それ以上に早くましろさんに笑ってほしくて、慌てて代案を出したんです」
それが、パン屋さんだった。
「ましろさん、カレーパンが好きだったなと思って。火に油を注いでしまう結果でしたが……」
「わたしがカレーパンが好きって、知ってたの?」
ましろが顔を上げると、りんごおじさんの優しい瞳と目が合った。にっこりと笑っている。
「パン屋さんに行ったら、いつも嬉しそうに選んでいるでしょう? 見ていたら分かります」
「ええっ! うそ⁈」
ましろは、自分はそんなに分かりやすいのかと思うと、急に恥ずかしくなってしまった。今まで、どんな顔でパン屋さんにいたのだろう。
そして、もうひとつハッとした。
「もっ、もしかして、今日の料理教室がカレーパンだったのって、わたしのため⁈」
「……そこがまた、僕が先生失格な理由なんです」
りんごおじさんはいたずらっぽく笑うと、「でも、カレーパンは美味しいですから」とダイニングテーブルを指差した。そこには、ましろの作ったカレーパンだけでなく、りんごおじさんが作ったものも置かれていた。
「交換して食べませんか? ましろさんの好きな、大きなじゃがいもにチーズを合わせてみたんです」
「ふふふ。いっしょだ! わたしは、りんごおじさんの好きなチーズにじゃがいもを合わせたから!」 
お互い同じことを考えていたと思うと、つい、可笑しくなって笑ってしまった。昼間のイライラがウソのようだ。
そして、トースターで温め直したカレーパンは、ましろとりんごおじさんのおやつになった。
パン生地は口当たりがサクサクとしていて、中身のカレーは、甘すぎず辛すぎずちょうどいい。そしてなんといっても、とろけたチーズとごろごろしたほくほくのじゃがいもが、口の中いっぱいを幸福感で満たしてくれる。
「ん~っ! おいしい!」
「こちらもおいしいです。具が飛び出してますけど」
「ちょっと欲張りすぎちゃったんだよ。許して」
失敗作のカレーパンだと思って落ち込んでいたけれど、ましろは、りんごおじさんが笑いながら食べてくれることがうれしかった。
あんなにしょんぼりしてたのに、今はこんなに楽しい。
「ましろさん。今季は逃してしまいましたが、来年はあじさいモンブランを必ず食べに行きましょう! リベンジしましょう!」
具の飛び出たカレーパンを食べにくそうにしながら、りんごおじさんは力強く言った。
「来年?」
「はい。遅くなってしまいますけど」
「いいよ。待ってる」
それって、来年もいっしょにいてくれるってことだよね。
ましろはうれしくなって、思わず「ふふっ」と笑顔になった。
「どうでもいいのに。りんごおじさんも、カレーパンも……」
その時、玄関のドアがガチャリと開いて、りんごおじさんが帰って来た。
「戻りました。ましろさん、寝ているんですか?」
「起きてる」
リビングにやって来たりんごおじさんを、ましろはジロリとにらんだ。わたしはまだ許していないぞ! という気持ちを伝えてやろうと思ったのだ。ところが、ましろはりんごおじさんの顔を見ると、なぜだか泣きそうになってしまった。
「りんごおじさん、今日は楽しそうだったね。あの、茉莉花って子にモテてたじゃん」
じわりと滲んできた涙をまばたきで誤魔化しながら、ましろはわざとトゲトゲしい声を出す。
「茉莉花? あぁ、砂原さんですね。僕がモテていたというのは、どうかと思いますが……。料理教室の先生は、少し僕には荷が重いかなと。子どもたちに料理を教えるのは難しいです」
「そうなの? そうは見えなかったよ」
ましろが体を起こすと、りんごおじさんは「実は」とソファの隣に腰を下ろした。照れくさそうに頭をかいている。
「ずっと、ましろさんのことが気になっていたんです。教室に来てくれている子たちみんなを見ないといけないのに……」
「わたしのこと、気にしてたの?」
「時々、つまらなそうな顔をしていたでしょう? 僕は、いちばん楽しんでほしい人を笑顔にすることもできないんだと思うと、先生どころではなくなってしまって」
りんごおじさんの意外な言葉に、ましろは驚いて目を丸くした。
今、「いちばん楽しんでほしい人」って言った?
恥ずかしくて聞き返すことはできなかったけれど、ちゃんと胸の中に入って来た。そして、スゥッと溶けて、イライラやムカムカを取っ払っていく。
「りんごおじさん、ワガママ言ってもいい?」
「はい。何でしょう?」
「ちょっとだけ、甘えさせて」
ましろは、りんごおじさんの胸にギュッと抱きついて顔をうずめた。広くて大きなりんごさんの胸は、なんだかとても安心できる。
そして、お母さん以外の大人の人に自分から抱きつくのは、ずいぶんと久しぶりな気がした。
「ましろさん。あじさいモンブランの件、本当にすみませんでした」
りんごおじさんは、ましろの頭をなでながら言った。
「きちんと調べていれば、ましろさんをがっかりさせずにすんだのに。あんなに食べることを楽しみにしていたのに」
「うぅん。わたしが一番悲しかったのは、あじさいモンブランが食べれなかったことじゃないの」
ましろは、りんごおじさんに抱きついたまましゃべった。こうしていると、心が落ち着いて気持ちをひとつずつ整理できた。そして、どうして自分があんなに怒っていたのかが、ようやく分かったのだ。
「わたしは、りんごおじさんとあじさいモンブランを食べるのを楽しみにしてたんだ。だから、あの時りんごおじさんが、あっさりパン屋さんに切り替えたのが許せなくて……。わたししか楽しみにしてなかったのかな、って」
「そうだったんですね……。もちろん、僕もとても食べたかったです。でもあの時は、それ以上に早くましろさんに笑ってほしくて、慌てて代案を出したんです」
それが、パン屋さんだった。
「ましろさん、カレーパンが好きだったなと思って。火に油を注いでしまう結果でしたが……」
「わたしがカレーパンが好きって、知ってたの?」
ましろが顔を上げると、りんごおじさんの優しい瞳と目が合った。にっこりと笑っている。
「パン屋さんに行ったら、いつも嬉しそうに選んでいるでしょう? 見ていたら分かります」
「ええっ! うそ⁈」
ましろは、自分はそんなに分かりやすいのかと思うと、急に恥ずかしくなってしまった。今まで、どんな顔でパン屋さんにいたのだろう。
そして、もうひとつハッとした。
「もっ、もしかして、今日の料理教室がカレーパンだったのって、わたしのため⁈」
「……そこがまた、僕が先生失格な理由なんです」
りんごおじさんはいたずらっぽく笑うと、「でも、カレーパンは美味しいですから」とダイニングテーブルを指差した。そこには、ましろの作ったカレーパンだけでなく、りんごおじさんが作ったものも置かれていた。
「交換して食べませんか? ましろさんの好きな、大きなじゃがいもにチーズを合わせてみたんです」
「ふふふ。いっしょだ! わたしは、りんごおじさんの好きなチーズにじゃがいもを合わせたから!」 
お互い同じことを考えていたと思うと、つい、可笑しくなって笑ってしまった。昼間のイライラがウソのようだ。
そして、トースターで温め直したカレーパンは、ましろとりんごおじさんのおやつになった。
パン生地は口当たりがサクサクとしていて、中身のカレーは、甘すぎず辛すぎずちょうどいい。そしてなんといっても、とろけたチーズとごろごろしたほくほくのじゃがいもが、口の中いっぱいを幸福感で満たしてくれる。
「ん~っ! おいしい!」
「こちらもおいしいです。具が飛び出してますけど」
「ちょっと欲張りすぎちゃったんだよ。許して」
失敗作のカレーパンだと思って落ち込んでいたけれど、ましろは、りんごおじさんが笑いながら食べてくれることがうれしかった。
あんなにしょんぼりしてたのに、今はこんなに楽しい。
「ましろさん。今季は逃してしまいましたが、来年はあじさいモンブランを必ず食べに行きましょう! リベンジしましょう!」
具の飛び出たカレーパンを食べにくそうにしながら、りんごおじさんは力強く言った。
「来年?」
「はい。遅くなってしまいますけど」
「いいよ。待ってる」
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