おとぎの店の白雪姫【新装版】

ゆちば

第16話 ましろのイライラ

「えーっ! ましろ、まだ店長さんと仲直りしてないの⁈」


《かがみ屋》の大きな厨房のすみっこで、桃奈が驚きの声をあげた。


「わーっ! 声、大きいよ!」


 今日は《かがみ屋》の厨房で「子ども料理教室」が開かれている。ましろはアリスパパに言われたこともあって、友達の桃奈と二人で参加していた。


 それ自体はいいのだけれど、ましろはあじさいモンブラン事件以来、りんごおじさんとまともに話していなかったのだ。何を話しかけられても、「ふんっ」とツンツンした態度を取り続けて、あっという間に今日になってしまっていた。


「いただきますとかごちそうさまとか、必要最低限の会話はしてるよ」
「それ、会話じゃなくてあいさつ」
「だって、あじさいモンブラン食べたかったんだもん! 桃奈ちゃんに、お土産も買えなかったし」
「あたしのことはいいんだけどさ」


 桃奈はスネているましろを見て、それから厨房の真ん中にいるりんごおじさんを見た。


「ましろは、よっぽど楽しみにしてたんだね。でも、あんなに優しい店長さんを困らせたらダメだよ」
「りんごおじさんは、料理以外ぜんぜんダメなんだよ! ぼんやりしてるし、機械も分からないし、家事もできないし」
「あっ。ましろ、始まるよ!」


 ましろがりんごおじさんのダメなところを挙げていると、料理教室の始まる時間になったようで、りんごおじさんが料理の説明を始めた。


「今日は《りんごの木》のメニューのひとつ──【千夜一夜の焼きカレーパン】を作ります。といっても、パンの生地は時間がかかるので、あらかじめ用意しています。なので、今から中身のカレーを作りますよ!」


 カレーパンだとーっ⁈


 ましろは、木曜日に食べ損ねたカレーパンのことを思い出した。あの時から、ずーっと食べたくてたまらなかったのだ。それを、まさか料理教室で作ることになるなんて、思っていなかった。


 ましろは、カレーパンが大好きだ。パン屋さんに行ったら、必ず買ってしまう。とくに、熱々サクサクとしたできたては、たまらなく好きだ。甘口でも中辛でも、ゆで卵入りでも、具材ごろごろでも、とにかくましろはカレーパンを愛している。


 けれど、自分が喜んでいることを、りんごおじさんにバレることは悔しい。


「ふぅん。いいんじゃない。子どもは好きなんじゃない? カレーパン」


 ツンと澄ました表情で、ましろは料理の説明を聞いていた。


「まずは、材料を切りましょうね。玉ねぎとニンニク、ショウガをみじん切りにします。今から僕がやってみるので、スクリーンを見てくださいね」


 りんごおじさんの調理台は、ビデオカメラで撮影されていて、その映像が壁に吊るされているスクリーンに映し出されている。そして子どもたちはそれを見て、二人一組で調理を進めていくというわけだ。


「ましろ、料理できるの?」
「スクランブルエッグは、得意……」


 ペアの桃奈にたずねられて、ましろは顔をしかめた。できるかと言われれば、本当はできないのだ。


 ちなみに、ましろがどれくらい料理ができないかというと、野菜を切れば大きさがバラバラ。お肉を焼けば、生焼けか黒こげ。くるくるたまご焼きは、スクランブルエッグになってしまうし、味付けは濃いか薄いか極端だ。


 十年間生きてきて、料理上手なお母さんやりんごおじさんに甘えてきたため、料理を真剣にやったことはなかったのだ。 


「ま、二人ならなんとかなるよ。あたしはニンニクとショウガを切るから、ましろは玉ねぎよろしく!」
「う、うん」


 気は進まないけれど、来たからにはやるしかない。ましろは包丁を握ると、目に涙を浮かべながら、慎重に慎重に玉ねぎに切り込みを入れた。


「たしか、りんごおじさんはこうやってた」


 さっきスクリーンで見たりんごおじさんを思い出しながら、サクッ……サクッ……と包丁を動かす。一応、玉ねぎは小さな四角形になっていると思う。


「がんばれー! ましろ!」


 とっくに自分の分担を終えた桃奈に応援されて、ましろは一生懸命に玉ねぎを切り続ける。


「うぅっ。目が痛いよ」
「ましろさん、大丈夫ですか?」
「わっ! りんごおじさん⁈」


 ましろがハンカチで涙を拭っていると、気づかぬ間にりんごおじさんが真横に来ていた。どうやら、子どもたちの料理の進み具合を見て回っているらしい。


「玉ねぎは、包丁の入れ方によって、目に染みにくくなるんですよ。ちょっと、貸してみてください」
「いっ、いいよ。別に、涙が出ても平気だし!」


 ましろは、りんごおじさんに泣き顔を見られたくなくて、慌てて背中を向けた。そして、それと同時に、他の調理台にいる女の子がりんごおじさんを大声で呼んだ。


「白雪せんせ~! 茉莉花まりかのみじん切り、ちゃんとできてるか見てくださ~い!」


 かわいいピンク色のエプロンをつけた、ツインテールの女の子だ。小学校の廊下で見かけたことがある。多分、おとぎ小学校の六年生だろう。


「りんごおじさん、早く行ってあげなよ。呼ばれてるよ」
「……分かりました。ましろさん、桃奈さんも何かあったら言ってくださいね」


 りんごおじさんは、少しさみしそうな顔をすると、茉莉花という女の子の方に歩いて行った。


「砂原さん、上手にできていますね」
「やったー! 白雪せんせえにほめられちゃった!」


 ましろがチラッと見ると、茉莉花はキャッキャとはしゃいでいた。なんだかキラキラした子だ。


「ましろ、砂原茉莉花のこと気になるの?」


 ましろの視線に気がついた桃奈も、茉莉花のことを見つめていた。


「いや! 別に? 楽しそうにしてるなーって」
「あの人ね、年上の男の人が大好きなんだよ。前は、中学生と付き合ってたとか、先生に告白したとか、なんか色々聞いたことあるよ」
「うえええっ⁈ 付き合う⁈ 告白⁈」


 思わず大きな声が出そうになってしまい、ましろは慌てて口を手でふさいだ。


「ま、茉莉花さんって、もしかして、りんごおじさんのこと好きなの⁈」
「さぁ? それはあたしには分かんないけど」


 ましろは、「まさかそんな」とつぶやきながら、もう一度茉莉花の方を見た。すると、茉莉花はりんごおじさんを上目遣いで見つめながら、しきりにりんごおじさんに話しかけているところだった。


「白雪せんせえ、もう行っちゃうんですか~? やだやだぁ!」
「すみません。そろそろ、次の手順の説明をしないといけないので……」
「茉莉花のところでしたらいいですよ。ほら、ここの包丁とまな板、使ってくださ~い!」
「いえ、そういうわけには……」


 何あれ! あのぶりっ子なに⁈ 


 ましろは口をパクパクさせながら、桃奈に視線を戻した。言いたいことはいっぱいあるけれど、言葉が出て来ない。


「あはは! ましろ、動揺してるね!」
「し、してないよ! りんごおじさんなんて、どうでもいいし!」


 桃奈に笑われたのが恥ずかしくて、ましろはぶんぶんと大げさに首を横に振った。


 ダメダメなりんごおじさんが、モテるわけないし!


 けれど、その後も事あるごとに、茉莉花は猫なで声でりんごおじさんを呼びつけていた。


「しーらゆーきせんせえ~! ひき肉って、一気に炒めていいんですか~?」
「ねぇ、せんせえ? どれくらい調味料入れるんですか~?」
「せーんせっ! 味見、していって?」


 気になる! 気にさわる!


 ましろは耳を大きくしながら、カレーの入った深いフライパンを激しくかき回していた。ぐるんぐるんと、勢いよくカレー粉が混ざっていく。


「うーっ! まざれまざれ!」
「ちょ、ましろってば、分かりやすく荒れてるね」


 桃奈はあきれたように笑うと、パンの生地の丸い塊を調理台に置いた。この生地でカレーを包んで焼けば、カレーパンは完成だ。


「荒れてないもん! なんか、ちょっとイライラするだけ」
「はぁ~。そうかいそうかい」


 桃奈は「ほら、もう少しだから」と、ましろにパン生地をちぎって渡すと、自分は手際よくそれを延ばして、カレーをせっせと包んでいく。


「食べてほしい人のことを思い浮かべて、カレーを包みましょうね。チーズやゆで卵、大きめにカットした野菜を、お好みで入れてみてください」


 りんごおじさんの説明だ。そして、「茉莉花、迷っちゃう。せんせい、どれがいいと思います~?」という、茉莉花の声が遅れて聞こえてくる。


 なんで、りんごおじさんに聞くの。


 まさか、茉莉花はりんごおじさんにカレーパンをプレゼントする気なのだろうか?


 ましろは、つい、茉莉花が「好きです。カレーパンもらってください。せんせえ」と言っている姿を想像してしまった。


 やだやだ。なんかヤダ!


 こうなったら、めちゃくちゃおいしいカレーパンにしてやらないと気がすまないと、ましろは張り切ってカレーを包むことにした。


「チーズと、でっかいじゃがいもをごろごろ入れるよ! おなかいっぱいになるやつ」
「ちょっと入れ過ぎじゃない?」
「大丈夫だよ! 生地をちょっと伸ばしたら、いけるよ!」


 ましろは桃奈に心配されながらも、みょんっと生地を引っ張って、具を無理矢理に押し込む。そして、追加でトマトチーズを包んで、合計二個のカレーパンを完成させた。あとは、オーブンで焼きあがるのを待つばかり。その間は、洗い物や片付けをする時間だ。


 すると、隣の洗い場で、茉莉花と茉莉花の友達が、りんごおじさんのことを話していた。ましろは思わず、ハッとそちらを見てしまう。


「ねぇ。白雪せんせえって、大人の魅力がステキじゃない?」
「えぇ~? どんなぁ?」
「全部受け止めてくれる包容力っていうか~。家庭的なところとか~」
「茉莉花ちゃん、前は仕事がバリバリできる男の人がいいって言ってたじゃん」
「今日の気分は違うの! キャリアウーマンになった茉莉花を、専業主婦のせんせえがお家で待っててくれる、みたいなのが理想なの!」


 りんごおじさんのこと、何も知らないくせに。勝手なこと言って。


 ましろは、ムッとしながら、わしゃわしゃと調理器具を洗い続けた。よく分からないけれど、胸がムカムカイライラざわざわして気持ちが悪い。泡みたいに流してしまいたい。 


「わたしのおじさんなのに……」


 そんな小さなつぶやきは、りんごおじさんの「カレーパンが焼けましたよ!」という明るい声にかき消された。


「ましろ、カレーパン取りにいこ!」
「うん!」


 ましろは、桃奈に手を引かれて、中央の調理台に移動した。そこには、各ペアごとの鉄板があり、焼きあがったばかりのカレーパンがずらりと並んでいた。


「あたしとましろのは……。あっ!」


 自分たちのカレーパンを見つけた桃奈は、一瞬気まずそうな顔をした。理由はすぐに分かった。


「わたしのカレーパン、中身がはみ出てる……」


 ましろの作ったカレーパンだけが、具が飛び出して、いびつな形になってしまっていたのだ。欲張って、具を入れ過ぎてしまったのだろう。


「せっかく作ったのに……」
「ましろ、元気出しなよ! 味は同じだって」


 桃奈に励まされて、ましろは「そうだよね……」としょんぼりとうなずいた。けれど、ヤケになって具を詰め込んだ結果が悲しくて仕方ない。


 何やってるんだろ、わたし。




 その後は、焼き立てのカレーパンをみんなで食べる時間だったけれど、ましろは破裂気味のトマトチーズカレーパンだけを食べて、じゃがいもとチーズのは持って帰ることにした。味はおいしかったけれど、カレーパンの形が悪すぎて、みんなの前で食べるのが恥ずかしかったのだ。


 とくに、りんごおじさんと茉莉花には見られたくなかった。


「白雪せんせーっ! 見て見て~! すっごくきれいに焼けました~! せんせえのおかげですぅ」
「本当ですね。よくできましたね」


 ご機嫌にカレーパンを見せびらかす茉莉花と、それをほめるりんごおじさん。


 がんばったけど、わたしのは「よくできました」じゃないよね……。











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