おとぎの店の白雪姫【新装版】
第14話 シンデレラのかぼちゃコロッケ
おとぎ商店街には、観光客もぶらりとやって来る隠れた名店がたくさんある。
まずは、おとうふ屋さん。
「へい、らっしゃい! ましろちゃん、今日は店長さんといっしょじゃないのかい?」
白いハチマキを巻いたお豆腐屋のおじさんは、今日も威勢がいい。
「今日は観光なんです! おじさん、きなこと黒ゴマのおとうふドーナツ、一つずつください」
「あいよ! いつも贔屓にしてくれるから、おごりだよ!」
「わーい! ありがとうございます!」
おじさんが手渡してくれたのは、お豆腐でできたドーナツ。りんごおじさんが、おとうふや油揚げを買いに来るついでに、よく食べさせてくれるのだ。
「シエラちゃん、好きな方をどうぞ!」
「それじゃ、きなこがいいな!」
シエラはにこにこしながら、ドーナツにかぶりつく。
「おいしい~! 口当たりがとってもふわふわぁ! いくらでも食べれそう!」
なかなか豪快な食べっぷりで、ドーナツはあっという間にシエラのお腹に吸いこまれていった。
食べている時のシエラは、とても幸せそうだ。お店でしょんぼりしていた顔とはまったく違う。
「うまそうに食べるなぁ。ねぇちゃん」
「だっておいしいんだもん! お土産に買おうかな」
シエラはお豆腐屋のおじさんと楽しそうに話し、最後にはお土産までプレゼントしてもらっていた。
「さぁ、次のお店が待ってますよ!」
「うん! 次はなぁに⁈」
次は、天ぷら屋さん。
「いらっしゃい。ましろちゃん、お姉さんとお使い?」
天ぷら屋さんは、学校帰りのましろに、こっそりとおやつの天ぷらをくれる優しいおばあちゃんだ。
「商店街を案内してるの。おばあちゃん、今日のオススメはなぁに?」
「チーズと枝豆の天ぷらだね。揚げたて、食べてくかい?」
おばあちゃんは、串に刺さった天ぷらを二つくれた。黄色いチーズと黄緑色の枝豆がきれいな見た目の天ぷらだ。
「は~! チーズと枝豆合うぅ! とってもお酒が進みそう。飲まないけど!」
「うれしいこと言ってくれるお嬢さんだね。玉ねぎの天ぷらもお食べ」
「いいのーっ⁈ やったー!」
シエラは満面の笑みで、追加の天ぷらにかぶりついている。
「ふふっ。おいしいですよね! じゃあ、次は──」
続いては、恩田さんが晩ご飯のおかずを買い足すお肉屋さんだ。
「こんにちは! 牛串ください!」
「はい。おまちどうさま!」
大きな牛肉がドドーンと串に刺さっていて、見た目のインパクトも抜群だ。
「あ~! 肉汁がたまんない! ジューシーすぎる~」
さらに続いて、アリス君がよく来るお茶屋さん。
「抹茶ソフトとほうじ茶ソフトお願いします!」
「はぁい。いつもありがとね。アリス君によろしく」
どちらのソフトクリームもお茶のいい香りがして、その辺のソフトクリームとは一味違う。
「ん~っ! 抹茶、濃厚~! ましろちゃん、ほうじ茶のも、ちょっとちょうだい?」
そしてシエラは、おせんべい屋さんのおせんべい、和菓子屋さんのみたらし団子をたいらげ、最後に《くだものMOMO》でフルーツジュースを飲み干した。ましろは途中から、見守る係になっている。
「ぷはーっ! メロンジュースとか、ぜいたくすぎじゃない⁈ めーっちゃ甘くておいしかったよ!」
「お姉さん、いい飲みっぷりだね。《りんごの木》の新しいバイトさん?」
ましろの友達の桃奈が、シエラを不思議そうに見つめながら言った。オレンジ色のエプロンをしているので、お店の手伝いをしているようだ。
「えっと、そうそう。バイトさん!」
「へぇ~。さっきお肉屋のおっちゃんが、『商店街を幸せそうに食べ歩いてる大食い美人がいる』って言ってたけど、このお姉さんのことかな」
もう、そんなウワサが回ってるの⁈
それはシエラのことで間違いないだろう。
「たしかに、すっごく楽しそうに食べてるし、すごい量を食べてる……」
ましろのおなかは、とっくにパンパンだ。けれど、シエラはまだまだ余裕がありそうで、見ているこちらが怖くなるほどだ。
「ふーっ! 食べるとストレス発散にもなるよね! ましろちゃん、ちょっと休んでから次に行こう?」
「ひぇーっ! どんな胃をしてるんですか!」
***
そして、ましろはシエラを白鷺川の河川敷に連れて行った。
白鷺川は、春は桜、夏は新緑、秋は紅葉、冬は雪景色がきれいな観光名所だ。けれど、地元の人たちがジョギングやピクニックなどで利用する場所でもある。
「ここで休みましょう! シエラちゃん、ヒールのくつだから、歩き疲れてませんか?」
初夏の風がとても爽やかで、休憩するにはもってこいだ。
「ましろちゃんは優しいね。シエラ、そんなに優しくされたら泣いちゃう」
「そんな冗談言って……」と、ましろがシエラを見ると、シエラは本当に泣いていた! 青い瞳から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれている。
「えぇ⁈ シエラちゃん、どうしたの⁈ おなか痛い?」
「めーっちゃ食べたけど、お腹は元気だよ」
シエラは、木でできたベンチにすとんと腰かけると、「はぁぁぁぁ~」と大きなため息をついた。
「ましろちゃんと商店街を食べ歩きして、めっちゃ楽しかった。出会う人みんなが親切だし、食べ物はおいしいし。イヤなこと忘れて、はしゃいじゃった」
「イヤなことって?」
ましろは聞こうかどうか迷ったけれど、シエラが他人に悩みを話すことで楽になったらいいなと思い、理由を尋ねた。
「ましろちゃん、きょうだいはいる?」
「いません……」
「そっか。じゃあ、ちょっと想像しにくいかもしれないね」
シエラは手招きして、ましろをベンチの隣に座らせた。そして、ましろから受け取ったハンカチで、涙をぬぐう。
「アスタのことは知ってるよね? シエラの双子のお姉ちゃん」
「もちろんです」と、ましろはうなずいた。
「美人で、スタイルもよくて、ドラマたくさん出てますよね。クラスでも、アスタちゃんのファンの子がいっぱいいます」
「そーそー。めーっちゃすごいんだ、アスタは。なんでもできちゃう優等生。シエラと違って……」
シエラの顔が暗くなる。
「そんな! シエラちゃんだって、かわいくて人気者だし……!」
「でも、アスタには敵わないよ! アスタに負けたくなくて、いっぱいドラマとか舞台のオーディションを受けたけど、ぜんっぜんダメ! シエラは、お芝居が苦手なの! 灰咲姉妹の『じゃない方』とか言われてるんだよ!」
ましろは、シエラのつらそうな言葉に黙るしかなかった。優秀な誰かと比べられるのは、ましろだってイヤだ。きっと、苦しくて悲しい気持ちになる。
「なんでアスタはできるんだろう。ずるいよ、うらやましいよ。なんでシエラは、アスタみたいにできないの?」
「シエラちゃんにはシエラちゃんの良いところがあるよ!」
悲しそうなシエラの手を、ましろはぎゅっと握った。お世辞や気休めではなく、本気で思ったことだった。
「わたしは、自然なシエラちゃんがいいと思った! えっと、お芝居を否定するわけじゃなくて、飾らないシエラちゃんってことなんだけど」
「どういうこと?」
「だって、あんなにたくさん食べて、笑って、周りの人を明るくできるんだよ⁈ 商店街の人たちも、とっても楽しそうだった! そんなことができる人って、なかなかいないよ!」
「……ありがとう。ましろちゃん」
シエラは、ましろの言葉を噛みしめるように目を閉じて、ベンチにもたれた。
金色の髪が太陽の光を受けて、キラキラと輝いていた。
「食べ歩き、めーっちゃ楽しかった。シエラだけじゃなくて、周りの人も楽しいって、うれしいなぁ……。ちょっとやりたいこと、見えたかも」
「やりたいことって──?」
ましろが言いかけた時、白鷺川に架かる橋の上から、こちらに向かって叫ぶ声がした。
「シエラーーっ! やっと見つけたわよ!」
「あっ、アスタ⁈」
シエラは、ベンチから飛び上がるように立ち上がった。
アスタって、灰咲アスタ⁈
ましろは、橋の上にいる金髪サングラスの女性と、隣のシエラをキョロキョロと見比べた。
「灰咲姉妹がそろっちゃった!」
***
「妹さんと会えてよかったです」
にこにことほほ笑むのは、りんごおじさん。どうやら、アスタをここまで連れて来たのは、りんごおじさんらしい。赤いエプロンを付けたままなので、河川敷で目立ってしまっている。
「アスタさんが《りんごの木》に来られて、シエラさんを探しているとおっしゃったので。ちょっと時間がかかってしまいましたね」
「いえ。おかげで助かりました」
サングラスをかけているけれど、アスタは妹のシエラとそっくりの美人だ。シエラがプリンセスなら、アスタは女王様みたいに見える。
「なんで、アスタがここに……⁈」
シエラは気まずそうにたずねたが、それはましろも気になっていた。
「シエラが突然いなくなるからでしょ!」
「うそ! 仕事は⁈ 今日、ドラマの撮影じゃなかった⁈」
「時間ずらしてもらったから、この後すぐに移動する。昨日、大ケンカしたから心配で……」
「アスタ、シエラのために?」
「SNSで、目撃情報がたくさん入って来たから! 身バレする前に連れ戻さないといけないって思ったのよ!」
アスタは、照れくさそうにそっぽを向いたけれど、ホッとしているようだった。
「ねぇ、シエラ。私だって、あなたが羨ましいんだから。演じなくったって、魅力的なあなたが……。だから……」
「うん。ありがと、アスタ! 昨日は八つ当たりしちゃってごめんね。シエラ、もう大丈夫だから!」
シエラの明るい声に、アスタはむしろ拍子抜けした様子だった。思わずサングラスを外して、目をぱちくりさせている。
「いったい何があったのよ?」
「えへへ。シエラ、《りんごの木》のウエイトレスさんのおかげで、元気になったんだ~!」
シエラにぽんぽんと肩を叩かれ、ましろは「ひゃっ!」と飛び上がった。
「わたし、何も……」
「《りんごの木》さんには、お世話になりっぱなしね。ありがとうございました」
「ありがとうございました~」
アスタとシエラは、丁寧にましろとりんごおじさんに頭を下げた。普通ではありえない状況に、ましろは戸惑ってしまう。
そしてりんごおじさんをチラリと見上げると、りんごおじさんは茶色い紙包を灰咲姉妹に手渡していた。
「良かったら、帰りに召し上がってください」
「え~、なになにぃ~? シエラ、おなか空いちゃった!」
「ちょっとシエラってば! 行儀が悪いわよ!」
なんだろう? と、ましろは紙包から出てきたものを、じぃっと見つめた。
それは、コロッケだった。
「【シンデレラのかぼちゃコロッケ】です。食べ歩きといえば、コロッケです。今日くらい、お行儀が悪くてもいいんじゃないですか?」
りんごおじさんは、にこにこと笑った。
***
数日後、ましろはりんごおじさんと、家でかぼちゃコロッケを作って食べていた。プレーン、チーズ入り、カレー味、ひき肉入りの四種類だ。
「コロッケって、おやつにもおかずにもなるし、楽しい食べ物だよね!」
「そうですねぇ。僕が子どものころは、いつも姉さんと取り合ってましたよ。本当にケンカが多くて」
「うそ⁈ お母さんとりんごおじさんが? 想像できない」
ましろが驚くと、りんごおじさんはクスクスと笑った。
「食べ物のこととなると、譲れなかったんです。僕も姉も、食い意地が張ってましたから」
「ふふふ。おばあちゃんのお料理、おいしいもんね」
自分の知らないお母さんを知ったようで、ましろは少しうれしくなった。思わず、ほっぺたが緩んでしまう。
その時、ちょうどリビングのテレビから、灰咲シエラの声が聞こえてきた。街ぶらのバラエティ番組で、シエラが美味しそうなお店で食事をしているところだった。
「ん~! このコロッケ、めっちゃサックサク~! 素朴な味がいいかも~!」
笑顔いっぱいのシエラが、ぱくぱくとコロッケを頬張っている。画面越しなのに、まるでコロッケが目の前にあって、味や温かさ、香りが伝わってくるような楽しい食リポだ。
「シエラさんを見ていたら、実家のコロッケが食べたくなりました。次の休日に、田舎に行きましょうか?」
「そうだね! おじいちゃんとおばあちゃん、きっと喜ぶよ!」
ましろは、シエラのマネをして、大きな口でコロッケをぱくりっと頬張った。
まずは、おとうふ屋さん。
「へい、らっしゃい! ましろちゃん、今日は店長さんといっしょじゃないのかい?」
白いハチマキを巻いたお豆腐屋のおじさんは、今日も威勢がいい。
「今日は観光なんです! おじさん、きなこと黒ゴマのおとうふドーナツ、一つずつください」
「あいよ! いつも贔屓にしてくれるから、おごりだよ!」
「わーい! ありがとうございます!」
おじさんが手渡してくれたのは、お豆腐でできたドーナツ。りんごおじさんが、おとうふや油揚げを買いに来るついでに、よく食べさせてくれるのだ。
「シエラちゃん、好きな方をどうぞ!」
「それじゃ、きなこがいいな!」
シエラはにこにこしながら、ドーナツにかぶりつく。
「おいしい~! 口当たりがとってもふわふわぁ! いくらでも食べれそう!」
なかなか豪快な食べっぷりで、ドーナツはあっという間にシエラのお腹に吸いこまれていった。
食べている時のシエラは、とても幸せそうだ。お店でしょんぼりしていた顔とはまったく違う。
「うまそうに食べるなぁ。ねぇちゃん」
「だっておいしいんだもん! お土産に買おうかな」
シエラはお豆腐屋のおじさんと楽しそうに話し、最後にはお土産までプレゼントしてもらっていた。
「さぁ、次のお店が待ってますよ!」
「うん! 次はなぁに⁈」
次は、天ぷら屋さん。
「いらっしゃい。ましろちゃん、お姉さんとお使い?」
天ぷら屋さんは、学校帰りのましろに、こっそりとおやつの天ぷらをくれる優しいおばあちゃんだ。
「商店街を案内してるの。おばあちゃん、今日のオススメはなぁに?」
「チーズと枝豆の天ぷらだね。揚げたて、食べてくかい?」
おばあちゃんは、串に刺さった天ぷらを二つくれた。黄色いチーズと黄緑色の枝豆がきれいな見た目の天ぷらだ。
「は~! チーズと枝豆合うぅ! とってもお酒が進みそう。飲まないけど!」
「うれしいこと言ってくれるお嬢さんだね。玉ねぎの天ぷらもお食べ」
「いいのーっ⁈ やったー!」
シエラは満面の笑みで、追加の天ぷらにかぶりついている。
「ふふっ。おいしいですよね! じゃあ、次は──」
続いては、恩田さんが晩ご飯のおかずを買い足すお肉屋さんだ。
「こんにちは! 牛串ください!」
「はい。おまちどうさま!」
大きな牛肉がドドーンと串に刺さっていて、見た目のインパクトも抜群だ。
「あ~! 肉汁がたまんない! ジューシーすぎる~」
さらに続いて、アリス君がよく来るお茶屋さん。
「抹茶ソフトとほうじ茶ソフトお願いします!」
「はぁい。いつもありがとね。アリス君によろしく」
どちらのソフトクリームもお茶のいい香りがして、その辺のソフトクリームとは一味違う。
「ん~っ! 抹茶、濃厚~! ましろちゃん、ほうじ茶のも、ちょっとちょうだい?」
そしてシエラは、おせんべい屋さんのおせんべい、和菓子屋さんのみたらし団子をたいらげ、最後に《くだものMOMO》でフルーツジュースを飲み干した。ましろは途中から、見守る係になっている。
「ぷはーっ! メロンジュースとか、ぜいたくすぎじゃない⁈ めーっちゃ甘くておいしかったよ!」
「お姉さん、いい飲みっぷりだね。《りんごの木》の新しいバイトさん?」
ましろの友達の桃奈が、シエラを不思議そうに見つめながら言った。オレンジ色のエプロンをしているので、お店の手伝いをしているようだ。
「えっと、そうそう。バイトさん!」
「へぇ~。さっきお肉屋のおっちゃんが、『商店街を幸せそうに食べ歩いてる大食い美人がいる』って言ってたけど、このお姉さんのことかな」
もう、そんなウワサが回ってるの⁈
それはシエラのことで間違いないだろう。
「たしかに、すっごく楽しそうに食べてるし、すごい量を食べてる……」
ましろのおなかは、とっくにパンパンだ。けれど、シエラはまだまだ余裕がありそうで、見ているこちらが怖くなるほどだ。
「ふーっ! 食べるとストレス発散にもなるよね! ましろちゃん、ちょっと休んでから次に行こう?」
「ひぇーっ! どんな胃をしてるんですか!」
***
そして、ましろはシエラを白鷺川の河川敷に連れて行った。
白鷺川は、春は桜、夏は新緑、秋は紅葉、冬は雪景色がきれいな観光名所だ。けれど、地元の人たちがジョギングやピクニックなどで利用する場所でもある。
「ここで休みましょう! シエラちゃん、ヒールのくつだから、歩き疲れてませんか?」
初夏の風がとても爽やかで、休憩するにはもってこいだ。
「ましろちゃんは優しいね。シエラ、そんなに優しくされたら泣いちゃう」
「そんな冗談言って……」と、ましろがシエラを見ると、シエラは本当に泣いていた! 青い瞳から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれている。
「えぇ⁈ シエラちゃん、どうしたの⁈ おなか痛い?」
「めーっちゃ食べたけど、お腹は元気だよ」
シエラは、木でできたベンチにすとんと腰かけると、「はぁぁぁぁ~」と大きなため息をついた。
「ましろちゃんと商店街を食べ歩きして、めっちゃ楽しかった。出会う人みんなが親切だし、食べ物はおいしいし。イヤなこと忘れて、はしゃいじゃった」
「イヤなことって?」
ましろは聞こうかどうか迷ったけれど、シエラが他人に悩みを話すことで楽になったらいいなと思い、理由を尋ねた。
「ましろちゃん、きょうだいはいる?」
「いません……」
「そっか。じゃあ、ちょっと想像しにくいかもしれないね」
シエラは手招きして、ましろをベンチの隣に座らせた。そして、ましろから受け取ったハンカチで、涙をぬぐう。
「アスタのことは知ってるよね? シエラの双子のお姉ちゃん」
「もちろんです」と、ましろはうなずいた。
「美人で、スタイルもよくて、ドラマたくさん出てますよね。クラスでも、アスタちゃんのファンの子がいっぱいいます」
「そーそー。めーっちゃすごいんだ、アスタは。なんでもできちゃう優等生。シエラと違って……」
シエラの顔が暗くなる。
「そんな! シエラちゃんだって、かわいくて人気者だし……!」
「でも、アスタには敵わないよ! アスタに負けたくなくて、いっぱいドラマとか舞台のオーディションを受けたけど、ぜんっぜんダメ! シエラは、お芝居が苦手なの! 灰咲姉妹の『じゃない方』とか言われてるんだよ!」
ましろは、シエラのつらそうな言葉に黙るしかなかった。優秀な誰かと比べられるのは、ましろだってイヤだ。きっと、苦しくて悲しい気持ちになる。
「なんでアスタはできるんだろう。ずるいよ、うらやましいよ。なんでシエラは、アスタみたいにできないの?」
「シエラちゃんにはシエラちゃんの良いところがあるよ!」
悲しそうなシエラの手を、ましろはぎゅっと握った。お世辞や気休めではなく、本気で思ったことだった。
「わたしは、自然なシエラちゃんがいいと思った! えっと、お芝居を否定するわけじゃなくて、飾らないシエラちゃんってことなんだけど」
「どういうこと?」
「だって、あんなにたくさん食べて、笑って、周りの人を明るくできるんだよ⁈ 商店街の人たちも、とっても楽しそうだった! そんなことができる人って、なかなかいないよ!」
「……ありがとう。ましろちゃん」
シエラは、ましろの言葉を噛みしめるように目を閉じて、ベンチにもたれた。
金色の髪が太陽の光を受けて、キラキラと輝いていた。
「食べ歩き、めーっちゃ楽しかった。シエラだけじゃなくて、周りの人も楽しいって、うれしいなぁ……。ちょっとやりたいこと、見えたかも」
「やりたいことって──?」
ましろが言いかけた時、白鷺川に架かる橋の上から、こちらに向かって叫ぶ声がした。
「シエラーーっ! やっと見つけたわよ!」
「あっ、アスタ⁈」
シエラは、ベンチから飛び上がるように立ち上がった。
アスタって、灰咲アスタ⁈
ましろは、橋の上にいる金髪サングラスの女性と、隣のシエラをキョロキョロと見比べた。
「灰咲姉妹がそろっちゃった!」
***
「妹さんと会えてよかったです」
にこにことほほ笑むのは、りんごおじさん。どうやら、アスタをここまで連れて来たのは、りんごおじさんらしい。赤いエプロンを付けたままなので、河川敷で目立ってしまっている。
「アスタさんが《りんごの木》に来られて、シエラさんを探しているとおっしゃったので。ちょっと時間がかかってしまいましたね」
「いえ。おかげで助かりました」
サングラスをかけているけれど、アスタは妹のシエラとそっくりの美人だ。シエラがプリンセスなら、アスタは女王様みたいに見える。
「なんで、アスタがここに……⁈」
シエラは気まずそうにたずねたが、それはましろも気になっていた。
「シエラが突然いなくなるからでしょ!」
「うそ! 仕事は⁈ 今日、ドラマの撮影じゃなかった⁈」
「時間ずらしてもらったから、この後すぐに移動する。昨日、大ケンカしたから心配で……」
「アスタ、シエラのために?」
「SNSで、目撃情報がたくさん入って来たから! 身バレする前に連れ戻さないといけないって思ったのよ!」
アスタは、照れくさそうにそっぽを向いたけれど、ホッとしているようだった。
「ねぇ、シエラ。私だって、あなたが羨ましいんだから。演じなくったって、魅力的なあなたが……。だから……」
「うん。ありがと、アスタ! 昨日は八つ当たりしちゃってごめんね。シエラ、もう大丈夫だから!」
シエラの明るい声に、アスタはむしろ拍子抜けした様子だった。思わずサングラスを外して、目をぱちくりさせている。
「いったい何があったのよ?」
「えへへ。シエラ、《りんごの木》のウエイトレスさんのおかげで、元気になったんだ~!」
シエラにぽんぽんと肩を叩かれ、ましろは「ひゃっ!」と飛び上がった。
「わたし、何も……」
「《りんごの木》さんには、お世話になりっぱなしね。ありがとうございました」
「ありがとうございました~」
アスタとシエラは、丁寧にましろとりんごおじさんに頭を下げた。普通ではありえない状況に、ましろは戸惑ってしまう。
そしてりんごおじさんをチラリと見上げると、りんごおじさんは茶色い紙包を灰咲姉妹に手渡していた。
「良かったら、帰りに召し上がってください」
「え~、なになにぃ~? シエラ、おなか空いちゃった!」
「ちょっとシエラってば! 行儀が悪いわよ!」
なんだろう? と、ましろは紙包から出てきたものを、じぃっと見つめた。
それは、コロッケだった。
「【シンデレラのかぼちゃコロッケ】です。食べ歩きといえば、コロッケです。今日くらい、お行儀が悪くてもいいんじゃないですか?」
りんごおじさんは、にこにこと笑った。
***
数日後、ましろはりんごおじさんと、家でかぼちゃコロッケを作って食べていた。プレーン、チーズ入り、カレー味、ひき肉入りの四種類だ。
「コロッケって、おやつにもおかずにもなるし、楽しい食べ物だよね!」
「そうですねぇ。僕が子どものころは、いつも姉さんと取り合ってましたよ。本当にケンカが多くて」
「うそ⁈ お母さんとりんごおじさんが? 想像できない」
ましろが驚くと、りんごおじさんはクスクスと笑った。
「食べ物のこととなると、譲れなかったんです。僕も姉も、食い意地が張ってましたから」
「ふふふ。おばあちゃんのお料理、おいしいもんね」
自分の知らないお母さんを知ったようで、ましろは少しうれしくなった。思わず、ほっぺたが緩んでしまう。
その時、ちょうどリビングのテレビから、灰咲シエラの声が聞こえてきた。街ぶらのバラエティ番組で、シエラが美味しそうなお店で食事をしているところだった。
「ん~! このコロッケ、めっちゃサックサク~! 素朴な味がいいかも~!」
笑顔いっぱいのシエラが、ぱくぱくとコロッケを頬張っている。画面越しなのに、まるでコロッケが目の前にあって、味や温かさ、香りが伝わってくるような楽しい食リポだ。
「シエラさんを見ていたら、実家のコロッケが食べたくなりました。次の休日に、田舎に行きましょうか?」
「そうだね! おじいちゃんとおばあちゃん、きっと喜ぶよ!」
ましろは、シエラのマネをして、大きな口でコロッケをぱくりっと頬張った。
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