【完結】偽りの花婿は花嫁に真の愛を誓う

霧内杳

最終章 私は一生、あなたのもの6

夜は取締役就任のお祝いだって、ヒルズのレストランで食事だった。

「一週間ぶりのまともな食事……!」

「いや、昼食っただろ」

「うっ」

確かに昼食は普通に食べたけれど。

「……でも、御津川さんいなくて社長でひとり、ケータリングだったから……」

さすがに株価が一気に落ちれば、社長もじっとしているわけにはいかない。
終わるまで待ってろ、はよかったけど、彼はまともに昼を取る時間すらなかった。
おかげで市場が閉まる直前には若干持ち直し、一安心だ。

「可愛いな、李亜は」

眼鏡の奥で目尻を下げ、彼がうっとりと私を見る。
それだけで、心臓は勝手に甘い鼓動を刻みはじめる。

「夏原社長には連絡入れたのか?」

「はい」

御津川氏の仕事が終わるのを待っている間に、夏原社長に電話した。
仕事の話は大変ありがたかったが、やることができてしまったから、って。

「なんか言ってたか?」

「残念だが仕方ない、と」

「だろうな。
李亜ほどの人間を、簡単に手放す奴はただの阿呆だ。
みすみす李亜を寿退社させた上司は、無能だったんだな」

「えっと……。
でも再就職は全然、決まってなかったので」

そこまで彼が買ってくれているのは嬉しいが、私はそこまでの人間なんだろうか。
再就職だってあれだったのに。

「ん?
名前が変わって実績がリセットされてたんだろ」

そこかー、なんて言葉は口に出さないでおいた。
この就職活動で、既婚女性の再就職がいかに厳しいか身に染みてわかった。
取締役に就任したらMITSUGAWAを足がかりに、そういう社会を変えてやる。

今日は泊まって帰ると御津川氏が私を連れてきたのは、――処女を奪われたあの部屋だった。

「あのときは雰囲気もなにもなかっただろ」

短い口付けを繰り返しながら、彼に押し倒されていく。

「あれから李亜を抱いていいのか自信もなかったし」

「あっ」

ふっ、と耳に息を吹きかけられ、甘い声が漏れた。
あの日から御津川氏はずっと、私を抱いていない。
これが二回目だ。

「今日は思いっきり、李亜を可愛がる。
……愛してる、李亜」

「……ん」

唇が重なり、ぬるりと熱いそれが入ってくる。
初めてのあの日と違い、自分からも彼を求めた。

「もしかして初めて会った日、私にキス、しましたか?」

眼鏡を外し、ジャケットを脱ぎ捨てる彼を見ながら問いかける。

「したな。
俺がタクシー代を払う代わりに」

「そっか……」

私のファーストキスは、初めから御津川氏――慧護だった。
それがこんなにも、嬉しい。

「李亜……」

ネクタイを抜き取った彼が、再び覆い被さってくる。

「慧護。
愛してる」

一瞬、大きく見開かれた彼の目が、僅かに潤む。
腕を絡めて彼を引き寄せ、今度は私から唇を重ねた。

【終】

※※子供ができた番外に続きます※※

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