【完結】偽りの花婿は花嫁に真の愛を誓う

霧内杳

第4章 就職活動は上手くいかない1

朝は、御津川氏がシャワーを浴びている間に朝食を作る。

「いただきます」

もう、向かいあって一緒に朝食を食べるのは完全に日課になっていた。

「今日は午後から予定もないし、外で待ち合わせして食事でもするか。
明日もオフだし、どこか泊まって帰ってもいい」

朝食を食べなからのスケジュール確認もいつものこと。

「そうですね。
私は午後から外出予定ですが、夕方には終わるので大丈夫です」

「ああ、そうか。
今日は茶道教室か。
なら、着物着てこいよ。
李亜の着物姿、俺は好きなんだ」

「……え?」

思わずそこで、手が止まる。
御津川氏の前で私は着物を着たことがない。
結婚式は全部洋装だった。
なのに、どうして?

「ん?
……ああ。
この間、見せてもらったんだよ、お義母さんに。
成人式の写真を」

私の視線に気づいたのか、一瞬だけ彼が手を止める。
けれどすぐになんでもないように言い、食事を再開した。

「そう、ですか」

「ああ」

もうこれ以上訊けないので、この話題はここで終了。
この、ちょいちょい知らないはずの、結婚式前の私のことを話すのはなんなんだろう?

「じゃ、いってくるな、李亜」

「いってらっしゃい」

今日も私にキスして、彼は仕事に出ていった。

「さて。
片付けしてひと運動しようかなー」

私はキッチンで、お皿を食洗機へ入れていった。

御津川氏のとの生活はようやく、ひと月を過ぎようとしている。
この間は私の実家へ、挨拶に行った。

『あのときは助けていただいたうえに、娘までもらってくださり、ありがとうございます……!』

彼に完全にひれ伏した父には複雑な思いだったが、あんなことがあった娘の今後を憂える親としては、こんな社会的に立派な人と結婚したというだけで一安心だろう。

さらに彼は祖母を気遣って、昔ながらの建売住宅でバリアフリーにはほど遠い我が家のリフォームを買って出た。
いや、以前から私は言っていたのだ、お金は出すからリフォームしよう、って。
祖母だけじゃない、父も母もいまから年を取り、不便になってくる。
けれど、私の稼いだお金は自分のために使いなさいって、父は頑として首を立てに振らなかった。

――なのに。

『この家は少し、不便ですね。
足腰の弱ったお祖母様には危険もある。
私がお祖母様にも快適な家を、プレゼントしましょう』

にっこりと笑った御津川氏に、両親が恐縮しきったのはいうまでもない。
結局、家をリフォームすることで折り合いをつけ、さらにMITSUGAWAの最高ホームセキュリティまでつくことになった。

彼にはもう、感謝してもしきれない。
当然、お礼を言ったものの。

『ん?
李亜のご家族はもう、俺の家族だ。
家族のためにするのに、理由なんかいるのか?』

なんて笑っていた。
私は、素敵な人と結婚したんだと思う。
でもそれと、金で買われたことは話が別だが。



いつもどおり就職活動をはじめる前に、ウォークインクローゼットへ行って和箪笥を開ける。
私がここに来たとき、洋服はほぼ全部処分されてしまったが、着物は別でちゃんと取ってあった。
立派な和箪笥まで用意してくれたが、私の手持ちの着物は数枚しかないのでがらんとしており、宝の持ち腐れでしかない。

「どう、しようかな……」

といっても、悩むほど着物があるわけでもない。
少し考えて結局、いつもの紺の色無地と白地に近い名古屋にした。

「地味、かな……?」

がしかし、選べる幅がないので仕方ない。
それにいままでのお稽古でときどき着ていた、小紋は避けたかった。
今日からのお稽古であの小紋を着ていけば、私が笑われるのはいいが御津川氏の評価を落としかねない。

「面倒だけど、仕方ないもんね……」

前回のお稽古でとうとう、私が御津川氏と結婚したのだとバレてしまった。
絶対に言いたくなかったのに。

『次からはお昼の稽古に変更してください。
わかりますね?』

なんて、講師の方から言われたら承知するしかない。

いままで通っていた夜の教室は勤め帰りの人間が多く、当然ながら普通家庭の生徒が多かった。
反対に昼の教室は社長夫人やご令嬢がほとんどだ。
そこでは、ヒルズのラウンジでおこなわれているような交流もある。
暗黙の了解として分けられた教室で御津川氏と結婚した私が、昼の部へ振り分けられるのは道理、なのでできるだけ隠しておきたかったのだ。

「……はぁーっ」

自分の部屋でパソコンを立ち上げ、ため息が漏れる。
メールチェエックして出てくるのは、お祈りメールばかりだ。

「条件を緩めてはどうですか、ってさ……」

転職斡旋のエージェントからのアドバイスに、さらにため息が落ちる。
最初から、FoSでもらっていたよりも給与条件は下げていた。
なのに、さらに下げろという。

「女性の復帰は難しいとは聞いていたけどさー」

ここまでだとは思わなかった。
条件としては前と同じだけ働けるのだ。
それでも、ダメだなんて。

投げやりな気分でひとつずつメールを確認していく。

「あ……。
やった」

思わず、机の下で小さくガッツポーズした。
一次通過、面接の連絡が来ていた。

「決まるといいな」

少しだけ前向きになり、パソコンを落とす。
今日はあまり時間がないから、ここで終わりだ。

――ピンポーン。

「はーい!」

インターフォンが鳴り、玄関を開ける。

「こんにちはー」

入ってきたのはオフィスビルに入っている美容室のスタッフ、花井さんとその助手だ。

「よろしくお願いします」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

彼女は私を鏡台の椅子に座らせ、テキパキと髪を結ってメイクを施していく。
オフィスビルに入っている美容室のスタッフは早朝から夜も比較的遅くまで、呼べばすぐに来てくれた。
私はなんだか悪くて呼びづらかったんだけど。

『そういうシステムだし、それだけ金を払ってるんだから問題ない』

なんて御津川氏に言われて、ちょっと大事なお出掛けのときだけ頼んでいる。

「これでよろしいでしょうか」

「はい、大丈夫です」

花井さんは着付けまでしてくれた。
私よりもふたつほど若い彼女だが、腕はしっかりしている。

「いつもながらご苦労様。
ありがとう」

今日の私は茶席にふさわしい、上品な若奥様に仕上がっていた。
お茶のお稽古に行くとだけ伝えたのに、さすがだ。

「いえ、ご満足いただけてよかったです。
またなにかありましたら呼んでください。
ありがとうございましたー!」

元気よく、花井さんは帰っていった。
将来は自分の店を持ちたい、という彼女を応援しているのもあって、いつも指名していたりする。

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