【完結】偽りの花婿は花嫁に真の愛を誓う

霧内杳

第2章 理想の新婚生活1

朝、目が覚めたら、隣で御津川氏が眠っていた。

……夢、じゃなかったんだ。

婚約者が実は結婚詐欺師で式当日に逮捕されたとか。
替え玉花婿で式を挙げたとか。
さらに金で買われて処女を奪われただとか。
どう考えても現実ではない。
でもそれは御津川氏という形でいま、私の隣に確かに存在している。

「……起きたのか」

目を開けた御津川氏は起き上がり、私へちゅっ、と――キス、した。

「……は?」

「シャワー浴びてくるかなー」

ベッドの下から拾った下着を穿き、彼が布団を出る。

「李亜も一緒にどうだ?」

ドアに手をかけ、彼が振り返ったところで我に返った。

「お断りです!」

反射的に枕を掴み、投げつける。

「おお、こえぇ」

けれどそれは危なげなく、彼にキャッチされた。

「気が向いたら来い」

投げ返された枕が足下に落ちる。
彼が寝室を出ていき、バタンとドアが閉まってひとりになった。

「え?
は?
え?」

あの人、私にキス、した?
でもこれは、金で買われた関係、で。
愛なんてそこにないはずなのだ。
なんで御津川氏が私を買ったのかはわからないけど。

「これからどうなるんだろう……」

貯蓄は騙し取られて、ない。
会社も寿退社したから働くところもない。
明日にはいまのマンションを出ていかないといけないから……。

「あーっ!」

そうなのだ、マンションの退去日は明日。
鈴木と新婚生活用に買った部屋へ引っ越すことになっていた。
けれどその部屋が存在するとは思えない。

「詰んだ、詰んだな……」

もう実家に帰るかホームレスになるかの二択しか残っていない。
どっちも選びたくないからいま、できる限りの努力をするしかない。
バタバタと身支度を済ませ、ドアを開けたところで御津川氏がちょうど、浴室から出てきたところだった。

「どこへ行く気だ?」

濡れた髪をタオルで拭いている彼は妙に色っぽいが、いまはそんなことを気にしている場合ではない。

「い、家に……」

脇をすり抜けようとしたけれど、腕を掴んで止められた。

「お前のマンションの部屋ならもうない」

「……へ?」

私の口から間抜けな音が落ちていったけど……仕方ないよね。

「昨晩のうちに引き払った」

「……へ?」

やっぱり、彼がなにを言っているのか理解できない。
引き払ってどうしようと?

「李亜は、俺が買った。
だからこれから、俺の家で暮らす。
わかったな?」

私に逃げる様子がないからか手を放し、彼はソファーにどさっと座った。

「昨晩は汗を掻いて気持ち悪いだろうが。
シャワー浴びてこい。
その間に朝食を取っておくから」

「……そう、します」

昨日に引き続き、あたまの容量はいっぱいいっぱいで、考えることを拒否していた。
素直に指示に従い、シャワーを浴びたら少しだけすっきりした。

「あの……」

浴室を出たときには彼は身支度を済ませ、ソファーに座って携帯を見ていた。

「ん?
あがったか。
昨日から思っていたが、服が地味だな。
新しいのを買おう。
が、とりあえずメシだ」

立ち上がった彼が向かったダイニングテーブルには、朝食の準備ができていた。

「そう、ですね……」

椅子に座る彼に遅れて私も座る。
中華がゆの朝食は、いかにも優雅だ。

「さっきの話だが」

「はい……?」

どの話かわからなくて、つい首が傾いた。
そんな私に、彼はおかしそうにくすくすと笑っている。

「家の話だ。
李亜は俺もので俺の妻なんだから、一緒に暮らすのが当たり前だろうが」

「……ああ。
そう、……ですね」

昨日、婚姻届にサインさせられた。
忘れていたわけじゃない。

「俺はヒルズのレジデンスに住んでいる。
仕事を辞めたんだから問題ないだろ」

「……え?」

おかゆに突っ込んだスプーンが止まる。

「なんでそんなこと、知ってるんですか?」

御津川氏の昨日の話だと、私を知ったのはあの結婚式のときのはず。
でも、いまの口ぶりだともっと前から知っていたような……?

「ん?
……披露宴の間に、憲司に調べさせたんだよ」

一瞬、テーブルのなにもないところを見た彼は、すぐになんでもないように笑ってきた。

「それより、早く食え?
今日はやることがいっぱいなんだからな」

「はぁ……」

御津川氏はいったい、私のなにを知っているのだろう。
なんで、どうして。
そんな疑問ばかりがあたまを占めるが、彼は説明してくれそうにない。

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