夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜

星影くもみ

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 寮は病院建物と同じ敷地内にあり、地上四階建て。一階、二階は研究棟として使われていて、三階、四階が寮になっている。寮母という役割の者は居らず、また寮への出入りは階段さえ上がれば誰でも入れる。そんな寮は、就職してくる新人がまず入る。間に合わせ的に部屋が割り当てられるが、一年を待たずして外に部屋を借りる者がほとんどの中、菜胡と浅川はこの寮に住み続けた。
 
 共有スペースの掃除は院内清掃のスタッフがやってくれているし、部屋へは寝に帰ればいいだけで家賃もかからない。その楽さを菜胡は選んだ。外へ部屋を見にいくほど部屋を出たいと思った事はなかったが、ここ最近の疲れは菜胡の生活リズムを完璧に崩しにかかっていてストレスになった。

 どうしてもあの声を聞きたくないから浅川の行動を観察しながらの暮らしになる。逆に、浅川が夜勤や外出などで留守の時を狙って、簡易キッチンで作りおきおかずを作り、明るいうちからシャワーを浴びてしまう。トイレはまあ読めないが、それでも行きたいタイミングで動けるのは楽だ。
 
 四階にも部屋は空いているのだから四階に引っ越せば、という事も考えないわけではないが、疲れた状態で手すり無しの階段を上がれる限界が三階だし、同じ引越すなら外に出た方が楽かもしれないとも思い考えたことは無かった。
 だから、ああいう事をしたいなら浅川こそ部屋を出るべきで、同時に菜胡自身も、ストレスを減らす為なら引っ越しも視野に入れた方がいい。そう感じ始めていた。
 とはいっても当面は浅川の行動と共に生活するより他はなく、あれこれと部屋を出てから戻ってくるまでの間のシミュレーションをする。

 ――シャワー浴びてこよ。帰りにキッチンで何か作って……それでもう部屋から出なければいいもんね。

 扉を少し開けて廊下に耳をすませる。派手な時はすませなくとも聞こえる。だが声は聞こえない。よし、と決めてドアを開けた。

 ガチャ。

 同じタイミングで浅川の部屋が開いた。最悪。

 ――あ、そっか、声がしないってことはってこと……

 焦ってドアを閉めた。菜胡は経験がないから、声がしないということはそういう事なのだと想像していなかった。考えればわかるはずなのに。とにかく早く去ってくれ、と願っていれば浅川の声が聞こえてくる。
「じゃあね、せんせ、当直がんばって」
 甘えたような声。ほんの少し開けて隙間からうかがうと、白衣の男性が、見送る浅川にキスをしているのが見えた。

 浅川の嬌声にうんざりしつつも、出勤する好きな人を見送る事に憧れもあった。好きな人と好きな時に過ごすのはどんな気持ちになるんだろう、寂しくなるのかしら、特別感があるのかしら。自分の励ましで相手が頑張れる……考えるだけで胸がキュンとなる。仕事を終えれば自分のところへ帰ってきて、自分のそばでくつろぐのだ。

 ――好きな人と出会いたい……でも怖い……

 菜胡は、恋愛に対してトラウマを抱えていた。初カレから言われた言葉が、未だ心に突き刺さっていた。

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