黒と白と階段
今と過去と決断 12
「君からは色々と聞いてみたいのだけど、どうやら嫌われてるみたいだし、無理かな」
吹田はわざとらしくため息を吐く。
下を向いて首を横に振る仕草がなんとも演技じみている。
「だけど、知っておいて欲しいことがあってさ──」
顔を上げた吹田の表情は僅かに笑っているようだった。
それはクミのような微笑みではなく、タイチのことを嘲笑うようだった。
「俺の情報源は結構あってさ、君の協力が無くてもあの日の高塚クミに迫れるぐらいにはなってきたんじゃないかと思ってるんだよね。万年金欠フリーライターの俺がさ、無い袖どうにか振って掴みにいってるんだ。舐めないでほしいね」
「・・・・・・何を言ってるんですか?」
「いやなに、君が黙ったからって彼女を守れる騎士になれはしないってことを言っておいてやろうと思ってね。俺はこの件、あの日の事件について悪役なんだよね、多分。終わった話を掘り返す悪魔みたいに思われているなら、徹してやろうとしてるんだよ」
「なんで、そんなこと!」
タイチの思い込みではなく、本当に嘲笑っていたのだと気づく。
「高塚を、アンタは犯罪者扱いしてどうしたいんだよ!?」
「おいおい、まだ犯罪者だなんて決まってないし言ってないだろ? 俺はただ疑ってるだけなんだよ、ジャーナリストの勘。確か以前にもそう言ったはずだ」
「アンタな!」
タイチは一歩踏み込んで右手で吹田の胸ぐらを掴んだ。
体格差でタイチの方が背が低いので、突き上げるようによれよれのシャツを握りしめたタイチの右手が吹田の顔にぶつかりそうになる。
「思ってたより熱い少年だな、射場君は。ただ暴力は良くないぜ、学校で習わなかったか? 今の世の中、暴力は問答無用で押し潰されちまう。ペンは剣よりも強し、ってこれは昔からある言葉だけど、ほら俺、フリーライターだからさ。君のことを書いてもしまえるんだぜ、あることないこと付け加えて」
胸ぐらを掴まれていることを全く意にも介さずに吹田は言葉を並べていく。
「あることないこと付け加えたらアンタの記事への信用問題になるだろ?」
「そこまでの話になるかどうかのさじ加減ってのはライター歴がそこそこあるからわかるもんさ。なぁ、いい加減手を離せよ、ペンは剣よりも強しとは言ったけど何も剣を持ってないとは言ってないんだぜ。先に手を出したのは君だし、子供と大人と言えど正当防衛だったと証言も出来るだろうさ」
「どうされようと、ここでアンタのことを一発殴れたら僕の気は少し晴れます」
「だけど、それで俺は止まらないぜ、むしろ執拗に高塚クミのことを追いかけたくなるね」
「アンタは!!」
少し気が晴れる程度で済まないところまで来ている。
そう確信したタイチは左手を振りかぶっていた。
「タイチ、何してるの!!」
かけられた声にタイチの手が止まり、驚いた拍子に吹田を掴んでいた手もほどけた。
吹田の背後、自宅の方向から見えた姿は夜の暗さに紛れても誰かすぐに判断できた。
聞こえた声はタイチの母親、マホのものであった。
「射場君、口裏合わせられるか? さっきのは無かったことにしてやる」
吹田が小声でタイチに囁いた。
「暴力沙汰なんてお母さんにバレたら不味いだろ? だからさ、俺が高塚クミを調べてることを言わないでくれるか? 保護者様がたに警戒されると面倒なんだ」
「その取引は、僕にとって利益になりませんよね。僕は高塚を守れるなら母さんに怒られるぐらい何の問題もありませんよ」
「だから、暴力じゃ何も守れないって──」
「タイチ! 何かあったの!?」
マホが駆け寄ってきて吹田は舌打ちをした。
肩を小さくすくめたあと、タイチの肩に手を置いた。
何をするのかとタイチは抵抗しようとするも、力を込めた吹田の手は簡単に振り払えなかった。
「いやぁ、取材協力ありがとう。こんな遅くまでごめんね、つい熱が入っちゃって。それじゃあ、俺はこれで」
わざとらしく大きな声で吹田はそう言うと、タイチの横を通りすぎていく。
タイチは吹田を呼び止めようとしたが、そこにマホが近寄った。
「取材協力? 何してたの、タイチ? お母さん、タイチがあの人に殴りかかろうとしてんじゃないかと思って慌てたわよ」
駆け寄ってきた距離としては短いものだが、マホの肩まで伸ばした髪がクセが強いせいで乱れているように見えた。
「取材、だって。フリーのライターとか言ってたよ。別に、殴りかかろうなんてしてないよ」
タイチの視線は吹田の後ろ姿を追いかけていた。
街灯に照らされた背中が遠ざかっていく。
「取材? 何の?」
「さぁ、わからないよ」
「何それ?」
「初めて取材なんて受けたから、緊張して内容忘れちゃった」
「・・・・・・何、それ?」
吹田の後ろ姿をじっと睨んだままのタイチをマホは訝しげに見ていた。
「ずいぶん遅くなっちゃったし、もう帰ろう、母さん」
タイチはそう言ってマホの返事を聞かずに歩き出した。
マホはタイチが睨んでいたフリーライターの男の後ろ姿に目をやった。
男が振り返ることは無く、夜の闇に溶け込んでいくように遠ざかっていった。
吹田はわざとらしくため息を吐く。
下を向いて首を横に振る仕草がなんとも演技じみている。
「だけど、知っておいて欲しいことがあってさ──」
顔を上げた吹田の表情は僅かに笑っているようだった。
それはクミのような微笑みではなく、タイチのことを嘲笑うようだった。
「俺の情報源は結構あってさ、君の協力が無くてもあの日の高塚クミに迫れるぐらいにはなってきたんじゃないかと思ってるんだよね。万年金欠フリーライターの俺がさ、無い袖どうにか振って掴みにいってるんだ。舐めないでほしいね」
「・・・・・・何を言ってるんですか?」
「いやなに、君が黙ったからって彼女を守れる騎士になれはしないってことを言っておいてやろうと思ってね。俺はこの件、あの日の事件について悪役なんだよね、多分。終わった話を掘り返す悪魔みたいに思われているなら、徹してやろうとしてるんだよ」
「なんで、そんなこと!」
タイチの思い込みではなく、本当に嘲笑っていたのだと気づく。
「高塚を、アンタは犯罪者扱いしてどうしたいんだよ!?」
「おいおい、まだ犯罪者だなんて決まってないし言ってないだろ? 俺はただ疑ってるだけなんだよ、ジャーナリストの勘。確か以前にもそう言ったはずだ」
「アンタな!」
タイチは一歩踏み込んで右手で吹田の胸ぐらを掴んだ。
体格差でタイチの方が背が低いので、突き上げるようによれよれのシャツを握りしめたタイチの右手が吹田の顔にぶつかりそうになる。
「思ってたより熱い少年だな、射場君は。ただ暴力は良くないぜ、学校で習わなかったか? 今の世の中、暴力は問答無用で押し潰されちまう。ペンは剣よりも強し、ってこれは昔からある言葉だけど、ほら俺、フリーライターだからさ。君のことを書いてもしまえるんだぜ、あることないこと付け加えて」
胸ぐらを掴まれていることを全く意にも介さずに吹田は言葉を並べていく。
「あることないこと付け加えたらアンタの記事への信用問題になるだろ?」
「そこまでの話になるかどうかのさじ加減ってのはライター歴がそこそこあるからわかるもんさ。なぁ、いい加減手を離せよ、ペンは剣よりも強しとは言ったけど何も剣を持ってないとは言ってないんだぜ。先に手を出したのは君だし、子供と大人と言えど正当防衛だったと証言も出来るだろうさ」
「どうされようと、ここでアンタのことを一発殴れたら僕の気は少し晴れます」
「だけど、それで俺は止まらないぜ、むしろ執拗に高塚クミのことを追いかけたくなるね」
「アンタは!!」
少し気が晴れる程度で済まないところまで来ている。
そう確信したタイチは左手を振りかぶっていた。
「タイチ、何してるの!!」
かけられた声にタイチの手が止まり、驚いた拍子に吹田を掴んでいた手もほどけた。
吹田の背後、自宅の方向から見えた姿は夜の暗さに紛れても誰かすぐに判断できた。
聞こえた声はタイチの母親、マホのものであった。
「射場君、口裏合わせられるか? さっきのは無かったことにしてやる」
吹田が小声でタイチに囁いた。
「暴力沙汰なんてお母さんにバレたら不味いだろ? だからさ、俺が高塚クミを調べてることを言わないでくれるか? 保護者様がたに警戒されると面倒なんだ」
「その取引は、僕にとって利益になりませんよね。僕は高塚を守れるなら母さんに怒られるぐらい何の問題もありませんよ」
「だから、暴力じゃ何も守れないって──」
「タイチ! 何かあったの!?」
マホが駆け寄ってきて吹田は舌打ちをした。
肩を小さくすくめたあと、タイチの肩に手を置いた。
何をするのかとタイチは抵抗しようとするも、力を込めた吹田の手は簡単に振り払えなかった。
「いやぁ、取材協力ありがとう。こんな遅くまでごめんね、つい熱が入っちゃって。それじゃあ、俺はこれで」
わざとらしく大きな声で吹田はそう言うと、タイチの横を通りすぎていく。
タイチは吹田を呼び止めようとしたが、そこにマホが近寄った。
「取材協力? 何してたの、タイチ? お母さん、タイチがあの人に殴りかかろうとしてんじゃないかと思って慌てたわよ」
駆け寄ってきた距離としては短いものだが、マホの肩まで伸ばした髪がクセが強いせいで乱れているように見えた。
「取材、だって。フリーのライターとか言ってたよ。別に、殴りかかろうなんてしてないよ」
タイチの視線は吹田の後ろ姿を追いかけていた。
街灯に照らされた背中が遠ざかっていく。
「取材? 何の?」
「さぁ、わからないよ」
「何それ?」
「初めて取材なんて受けたから、緊張して内容忘れちゃった」
「・・・・・・何、それ?」
吹田の後ろ姿をじっと睨んだままのタイチをマホは訝しげに見ていた。
「ずいぶん遅くなっちゃったし、もう帰ろう、母さん」
タイチはそう言ってマホの返事を聞かずに歩き出した。
マホはタイチが睨んでいたフリーライターの男の後ろ姿に目をやった。
男が振り返ることは無く、夜の闇に溶け込んでいくように遠ざかっていった。
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