黒と白と階段

清泪(せいな)

今と過去と決断 6

「えーっと、じゃあ、そうだ、高塚は高校はどこに行くか決めた?」

 なるべく今思い付いたかのようにタイチは装ってみせた。
 タイミングを待ち構えていたと悟られないように気を遣う。

「決めた?、ってもう十月も終わるんだよ。決めてるに決まってるじゃない」

 クスクスとクミは笑う。
 いたずらっぽい笑みはタイチの揚げ足取りをしてるだけではなく、タイチの無様な演技が見透かされてるんじゃないか。

「え、ああ、言い方悪かったって。何処の高校の受験受けるんだ?」
「私は、工業高校受けようと思ってるの」
「工業高校って、茨央しおう工業高校?」

 そう、とクミは頷いた。

「意外?」

 クミにそう問われて、タイチは今自分がどんな表情をしてるのだろうと思った。
 倍加女子学園という予想が外れた悔しさだろうか、クミのイメージと工業高校のイメージとが結びつかない驚きだろうか。

「正直、意外」
「だよね、私も合ってない気がしてるし」
「だったら、何で?」
「・・・・・・私ね、高校を卒業したらすぐ就職しようと思ってて。普通校に行くより工業高校に行く方が就職率って高いじゃない?」

 進路指導の際に教師から聞いた説明。
 高校入学より先のことなど考えてもいなかったタイチは流して聞いていた話。
 通学エリアだからと、姉も通うことになった復井高校を進学先に決めたタイチは将来をまだ決めてはいなかった。
 なりたい何かもまだ見つかっていないし、見つけようとも思ったことはなかった。

「就職、か。考えたことも無かったな。高塚はすごいな、何かやりたい職業でも?」
「別にすごく無いし、やりたい職業っていうのも特に無いの」
「そうなの?」
「うん、私が高校を卒業したらすぐ就職しようと思ってるのは、うちが母子家庭だからだし。いつまでもお母さん一人で働かせるわけにはいかないよ」

 クミの言葉にタイチは目を見張った。
 何を考えてるのかわからない半透明な女の子。
 そういう印象を抱いていた少女が、その実よく物事を考えているのだから。
 そして、その目の前に座る自分は将来を何も考えていないということをまじまじと実感する。

「射場君は──」
「復井高校、近いからって理由」

 クミに問われる前にタイチは白状するようにバツ悪く言葉にした。

「今、高塚に言われてハッとしたよ。俺、何にも考えてないって」

 自覚はあったものの、しっかりした考えを持った相手を前にしてその格好悪さを痛感する。
 姉のアキは将来の──就職のこととかを考えているのだろうか?
 大学進学の話は聞いたことが無かったし、射場家の事情から考えると大学進学のお金を捻出するのは大変だろう。
 そうすると、やはり高校卒業後は就職か。
 普通校とは言えど就職が不利というわけではないだろう。

「俺も、高校卒業後はすぐ就職、なんだよな。大学進学は考えてないし、費用も大変だろうし」
「うーん、大学は行こうって思うなら行けるんじゃないかな? ほら、アルバイトしてお金を貯めるとかして。苦学生って言うの? そういう人もいるよね」
「そうだけどさ、高塚が言ったように俺も母さんや姉ちゃんにずっと苦労をかけるわけにもいかないよ」

 タイチの反論にクミはムッと口を閉じた。
 機嫌を損ねたか、とタイチはクミの次の言葉を待った。

「あのね、射場君。何も考えてないってさっき言ったよね。それはさ、そうやって人の意見をそのまま受け入れすぎちゃうのもそういうことなんじゃないかな? 私が高校卒業後は就職考えてるって言ったからって、射場君も真似て就職を考えなきゃいけないわけじゃないんだからね。自分の将来のことはちゃんと自分で考えないと」

 クミは怒ったような、窘めるような口調でそう言った。
 タイチは返す言葉もなく、椅子の背もたれに項垂れるように体重を乗せた。
 まったく、よく考えていて、全然考えられていない。

「・・・・・・って、私もお母さんにそう言われたんだ。工業高校に行こうと思うって伝えたときにね、お母さんは貴女一人食べさせることぐらい出来るのだから無理に気を遣わなくていいって。将来は自分が良しとする道をちゃんと考えなさいって」

 クミの口調が優しくなった、とタイチは思った。
 先程の厳しい口調はもしかしたら母親の真似だったのかもしれない。

「それで私はね、選んだの。あの時・・・から私はお母さんを支えたいってずっと思っていたから・・・・・・」

 言葉の最後は濁すようにクミは呟いた。
 タイチは、クミの言うあの時・・・について質問するのは無粋だと思った。

「高塚・・・・・・ありがとう」
「え?」
「俺さ、ちゃんと考えるよ、高校受験」
「もう十月も終わるんだよ」
「そう、もう十月も終わるから、考えるんだよ」

 ずっと先のことだと思ってた将来・・は日に日に近づいている。
 それは別れと共に近づいているだとタイチは今更ながらひしひしと感じていた。

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