黒と白と階段

清泪(せいな)

時と砂と新聞 9

「謝れば?」
「やっぱそうなるよなぁ」

 いつもなら、そう思うか?、とアツシは頷く。
 この会話になる時は大抵アツシは謝るという手段を既に考えているのだ。
 だけど今日は、いつもと違ってアツシは溜め息をついた。

「謝らないの?」
「いつも俺から折れてるなって思ってさ」

 原因はどうあれ謝るのはアツシだ。
 実際に謝ってるのをタイチは見たこともある。
 完全に尻に敷かれてる。

「二週間も離れると正直わかんなくなるんだよな」
「何が?」
「俺がアイツを好きかって事」
「好きじゃないの?」
「だから、わかんねぇんだって」

 わからない、という気持ちがタイチにはよくわからなかった。
 好きだから付き合い始めたんじゃないのか?
 好きじゃなくなったから離れようとしてるんじゃないのか?

「そんな単純な話じゃねぇよ」
「単純だと思うけど? アツシが難解にしようとし過ぎなんだよ」
「お前が恋愛語んなよ」
「恋愛中なんだよ、語ってもいいだろ」

 タイチは胸を張っていった。
 言い切りやがった、とアツシは笑いそうになったが、それより偉そうなタイチに腹が立ってきた。

「片想いのクセに偉そうなんだよ」
「片想いだって、立派な恋愛だ」

 タイチがもっと胸を張った。
 アツシは堪えきれずに笑った。

「何だよ、笑うなよ」
「笑うだろ。無理言うなよ」

 笑ってるアツシを見てタイチも何だか可笑しくなってきていた。

「お前も笑い堪えてんじゃん」
「アツシのせいだよ」

 そう言ってタイチも笑った。
 何が可笑しいのかわからないけど、とにかく可笑しかった。

「何の話だよ、コレ?」
「アツシの話だろ?」
「そうだっけ?」
「で、どうすんの?」
「何が?」
「何がって……」

 アツシは本当に話の内容を忘れているようだ。
 タイチは話を元に戻そうと思ったが止める事にした。

 本当はアツシの言うように、タイチは恋愛について語る気はなかった。
 まだよくわからない事だらけで、きっとこれからもよくわからない事だらけなのだろう。
 単純な、0と1のようなモノだったら良かったのにとタイチは思った。
 複雑な心情を楽しむのが恋愛なら、それに妥協して別れるカップルが多いのが現状だ。
 修学旅行後の急増カップルは、夏が終わると急減するのもこの学校の恒例なんだとタイチは聞いた。

 言っていたアツシ本人もその仲間入りかと思うと、複雑な気持ちにタイチはなった。

「たく、もういいよ。俺は帰るぞ」

 タイチは、下駄箱から靴を取り出し下履きと履き替える。
 そういえば、下履きの運動靴も随分と汚れている。
 洗濯担当になったのだから自分で洗わないとな。

「あ~タイチ……」
「何?」
「今日も遊べないのか?」

 アツシは、手にゲームのコントローラを持ってるようなジェスチャーをする。
 なかなか魅力的なジェスチャーだ。

「悪い、今日から洗濯担当になったんだよ」

 タイチは手を振ってそれを断った。
 自分から宣言した事を破ったとしたら、姉のアキにどれ程怒られるかわかったもんじゃない。

「洗濯担当?」
「そう、洗濯担当大臣って言ってもいいぐらいの責任ある役職」
「何だよ、それ」

 アツシの冷たいツッコミに、タイチ自身、何だろう?、と思った。
 でも、責任の重大さは大臣クラスには間違いない。
 約束を破れば、射場タイチの命が危ない。

「もういい、わけわかんねぇよ。帰れ帰れ」

 アツシは、自棄になって手を振った。

「言われなくても帰るよ」

 そう言って、タイチも手を振って後門に向かって歩いていった。
 数歩歩いてから振り返ると、アツシが正門に向かって歩いていく後ろ姿が見えた。
 随分とふてくされてるのが、後ろ姿からでもわかった。

「アツシ」

 タイチの呼び掛けにアツシは足を止める。
 しかし、振り向きはしない。

「何だよ?」
「土日は、遊ぼうな」

 タイチが、そう言うとアツシは何も言わずに手をあげて軽く振った。
 そして、また正門に向かって歩き始めた。

 寂しがりの親友を持ったもんだ。

 タイチは軽く笑って、後門へと歩きだした。



「洗剤はこれ、柔軟剤はこれ」

 家に帰ると、早速洗濯に取り掛かった。
 初めての洗濯。
 姉のアキの監督のもと、タイチは洗濯機の前に立つ。

「安かったら、たまに柔軟剤入りの洗剤買ってくるから間違って柔軟剤はいれないように」
「ハイ、監督」

 一通りの説明を受け、一通りの段取りを終えタイチは自分の部屋に戻った。
 洗濯機は数十分自動で動くのでやることがなかった。
 洗濯機が洗濯を終了させればまた干しに関してのレクチャーが始まる。

 それまでの間に何をしておこうか?
 タイチは、学校用鞄からCDを取り出した。
 クミが、知っていると言っていた映画のサウンドトラックをCDプレーヤーでかけた。

 昔観た映画を思い出す。
 クミとの会話も思い出す。

 クミと映画に満たされている日々に、タイチは嬉しくなった。

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