魔王と呼ばれる元聖女の祝福はラッキースケベ
63話 ずっと片想いでした
「姉上の馴れ初めを聞かせればいい。今日の主役の話です。皆も喜ぶでしょう」
「私のは公のものだから知ってる人間の方が多いわよ。エフィの方が気になるでしょ」
今まで何がありましたと聞かれると、ラッキースケベですとしか言えないから話せない。こうテンプレで距離が縮まって、テンプレのような告白があって結ばれてれば話し甲斐もあったのに、ラッキースケベがいい具合に邪魔をしてる。
「だって彼女が婚約破棄して聖女やめてすぐよ? 早すぎない?」
「アネシスの役目を奪ってまで自分がとイディッソスコ山に行くと主張したのは彼女がいたからか?」
「こ、応える必要はないかと」
「図星か」
「そうね」
兄弟間だと真意がばれてしまうらしい。エフィが焦っている。
「もういいでしょう」
「そうしたらアギオス侯爵令嬢がエフィを好きになったのが先?」
「でも兄様に一度魔王の制裁がありましたし」
なにその魔王の制裁って? どこの中二病よ。十中八九俺つえええモードで黒焦げにした件なのは分かるけど、変な二つ名つけないでほしい。
「そ、それは、その」
「なによ、はっきりしないわね。嫌われてるんじゃないんでしょ? というかエフィ本当に彼女が好きなの?」
「それは勿論!」
「へえ。それ本当?」
「本当です!」
エフィあんまり力説しないで。声大きくなってきてるから。
「所詮は彼女が婚約破棄してからの短期間じゃない。疑われても仕方ないわよ」
「俺はイリニが好きなんです! ずっと前から!」
「ずっと?」
「ええ、ずっと片想いでした!」
エフィの声が会場によく通った。うわ、これはさすがに恥ずかしい。
「彼女婚約していたのに」
「だからっ、ずっと諦めようと思って!」
「エフィ、待って」
「待ってられるか、疑われてるんだぞ、あ……え?」
慌ててエフィの腕をとる。
はっと我に返ったエフィは視線だけ私に寄越した。そしてゆっくりとご兄弟に視線を戻す。笑顔満面のご兄弟たちが、へえへえ言いながら頷いていた。
「ま、さか」
「いやあ、こんなに早く熱くなるなんてな~」
「いいわねえ、初々しいわあ」
エフィが声にならない声を上げた。ほぼ悲鳴ね。耳を赤くして、もう話しませんと子供のような切り出し方をした。
「俺とイリニは帰ります!」
「こんな早くに帰るのかよ」
一番上の王太子殿下の言う通りだよ。せめて周囲に軽くご挨拶回りした方がいい。エフィの盛大な片想いです発言が会場に響いて、大方にやにやしながらこちらを見ているのは分かっているから、直近挨拶回りするの恥ずかしいだろうな。
「俺は元々イリニと踊れればそれでよかった」
「その為だけに来たのか」
「そうです」
そんなにダンスに憧れがあったの? 立場上踊ることも沢山あったのに、今? 今日の演目今までと同じで特別感なかったけど?
「まあそれだけ夢中になれる女性見つかってよかったけど」
「俺達兄弟皆お前のこと心配してたしなあ」
「にしても本当仕様がないわねえ。ほら、エフィ」
「?」
「御父様から」
軽い手紙、というよりはメモ用紙に近かったけど、四つ折りになった紙を広げ、持つ指に力が入った。そのまますっと私に紙を渡す。
「?」
またキツネの顔になった。王子殿下としてはあるまじき顔だよ。しかも今日は公的な場だ。今すぐ王子殿下の顔に戻ってほしい。
「ああ」
王陛下からの手紙ではなく、パリピからの手紙だった。
今日の夜、城内の一角でパーティーのお知らせだ。やっぱりやるんじゃん、パリピ。
「渋谷交差点で騒がないだけマシか」
「シブヤ?」
「いえ、こちらの話です」
笑って誤魔化す。
王陛下に呼び出しされたことはご兄弟には悟られたみたいで、一様にいってらっしゃいと生暖かく見送られる。陛下に呼び出されるということも踏まえて代わりに挨拶回りをしてくれるとも仰ってくれた。ありがたい。至れり尽くせりすぎる。
「イリニ、いいのか?」
「折角来たんだし、ご兄弟たちも察してるから断るのもね。堅苦しいご挨拶回りよりは楽しいし」
「……分かった」
ご兄弟の元を離れて会場から回廊へ移動する。
すると背後からバタバタと小うるさい足音がしてエフィと一緒に振り返った。
「うっわ」
「ゾンダースタイン王太子殿下、いかがした」
「いかがした、だと?」
元婚約者が相変わらず睨みを利かせて近づいてくる。
エフィが少し前に出て私を庇ってくれた。
それにしてもピラズモス男爵令嬢を伴っていないとはどういうこと? ほったらかしにするなんてひどいものだ。
「なんだ先程のは」
「何の話だ」
パリピの婚約発言のことらしく、辱めを受けたと主張する。発表後のエフィの片思い発言も気に食わないらしい。どうしてそうなるの。
「貴殿には前もって伝えたが?」
「俺を貶めてどういうつもりだ」
嚙み合ってないなあ。エフィは至って塩対応だ。しょうがないから、もう一度はっきり言っておくとするか。
「もうパノキカトも貴方もどうでもいいんですよ。関わらないでくれます?」
「なんだと」
「私もうシコフォーナクセーの人間で、エフィと一緒にいるから」
「イリニ」
私の言葉にエフィが驚いた様子で私を見下ろす。少し目を開いて、瞳だけ嬉しそうに輝かせた。
「我が国に攻め入る気か」
「どうでもいいって言った通り、今後どうこうしようとは思ってません」
「嘘を吐け。俺への未練から逆恨みするのは勝手だが、やり方が陰湿だ」
「はい?」
未練なんてない。なにを勘違いしているの?
「私の婚約者を侮辱するなと先日も伝えたが覚えていないのか?」
隣からびしびしとお怒りのオーラを感じる。
私の態度の悪さよりも問題になりそう。一応ここ公の場だし、少し抑えてもらった方がいい。
「エフィ」
「……」
エフィの腕を引くとなんでと言わんばかりの顔を向けられた。元婚約者の前で語るとまた変に捉えられかねない。だからエフィには黙って目だけで悟ってもらうことにした。
察しのいいエフィは一度瞼を閉じて、時間をかけて開く。纏う空気も瞳の色にも冷静さが戻った。さすがね。
「ゾンダースタイン王太子殿下」
そういえば元婚約者の名前を久しぶりに呼んだ気がする。
「私と貴方の関係はとっくに終わってるんですよ。やめて下さい」
「なんだと」
怒りなのか、元婚約者が拳を強く握る。何をそこまで執着しているのか分からない。
顔を歪めてやはりと小さく囁く。あまり聞きたくないだろうなと思いつつ、言葉の先を待った。
「あの時始末していればよかった」
「ふざけるな!」
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