魔王と呼ばれる元聖女の祝福はラッキースケベ
57話 念願のダンスパーティー
「転移で行くの」
「その服じゃ下山できねえだろ」
それもそうだ。少し下山する気になってた。
確かにエフィが用意してくれた上等なものだし汚すのよくない。
「全員で出るって初めて?」
「そうだな」
「まー、こっちはフェンリルにドラゴンもいるし問題ねーだろ」
聖女がシコフォーナクセー国民になったとなれば、この城を狙っていたとしても様子見にするはずというのがアステリの考えだ。それでも念の為、魔法をかけてから転移すると言っているから問題はないのだろう。
「行くぞ」
「うん」
自身を転移するのですら難しいのに軽々他人まで転移させるんだから、やっぱりアステリは規格外なんだなあと思いながら瞳を閉じる。次に目を開ければ、そこはシコフォーナクセー王城だった。
「すごい」
「これぐらいなら俺だって」
「いちいち張り合うなよ、ちっちぇえぞ」
エフィの言葉にアステリが呆れている。まあ気持ちは分かるわ。
「殿下」
「ああ」
呼ばれて案内してくれたのは騎士だった。もしかしてエフィの下についてる騎士団の人かな。そしたらかつてのラッキースケベスライムによって裸にされた被害者でもある。思い出すに、あれは無差別テロ級のラッキースケベだった。心の中で謝っておこう。ごめんね。
私たちの会場までのルートは王陛下が用意して騎士の人が案内するってことになっていた。さすがパリピ。転移の魔法のことを憂慮してくれたのだろう。本当仕事できるな。
「あ、懐かしい」
「そんな前でもねーだろ」
「そうなんだけど」
会場に入れば当然奇異の目に触れ視線が集まるが、今日はエフィがエスコートしてくれるしアステリもカロもいる。心強くて無理して立つということがなかった。
今回は正装している。それでも衣装について言われるのは仕方ないか。なんていってもシコフォーナクセー王家の宝石を身に纏っていれば話題にもなる。
「イリニ」
「なに?」
エフィが緊張した面持ちでこちらに顔を向けた。
「俺と、踊ってくれるか?」
「いいよ」
だって今日はダンスパーティだし踊る以外の選択ないよね? パリピ御用達のクラブだったらお断りだけど、よくある社交界のダンスなら全く問題ない。
周囲から聞こえるひそひそには聖女がシコフォーナクセーの民になったことが含まれていた。となれば、少しの疑いもなく、その通りであることを証明すればいい。
この定期パーティーでは、王陛下が来るまでは自由時間としている。挨拶回り、食事、ダンスと好きなことをしていい。
「じゃあいってくるね」
「おー」
「楽しんできてね~」
既に踊っている人たちの中に入れてもらってエフィと向き合う。
とても緊張しているのが目に見えて分かるエフィは、それでもきちんと私をエスコートしてダンスもきちんとリードしてくれた。
そのダンスの最中、ああと静かに息を吐いた。
「エフィ?」
「ずっと、ずっとこうして踊りたかった」
引く手あまた以前に立場として誰かしらと踊らないといけないエフィのことだから踊ったことがないなんてないと思うけど、吐き出された言葉は本音で間違いない。
何も言葉にして返してないのに、察したエフィが君とだとはっきり言った。
「イリニと踊りたかったんだ」
「そうなの?」
「ああ」
知らないだろうなと囁く。
私も以前は元婚約者のことを考えてダンスの誘いは断っていた。当時エフィから誘われた記憶はないけど、踊れない立場の人間として認識されていたのは間違いない。
「あいつに見せつけてやればいい」
「……ああ」
エフィの視線の先には元婚約者とピラズモス男爵令嬢がいた。
大層不服だと言わんばかりの顔をして、こちらを見ている。ピラズモス男爵令嬢はとても楽しそう。あの子社交界好きだったはずだしな。
「エフィ、よく見てるね」
「ああ」
「ダンスも上手だし」
「イリニだって」
多少なりとも憧れはあった。
元婚約者が快く踊ってくれたのは聖女認定の直後ぐらいで、デビュタントの年齢の頃には踊ってくれなくなったはずだ。
不愛想な顔をした元婚約者と踊ったのが最後、ダンスなんて楽しくないなと思って終わってたけど、今日それが塗り替わる。
「ダンスって楽しいのかあ」
「なんだ急に」
「エフィがリードしてくれるから、踊るの楽しい」
すると目を開いて、次に嬉しそうに細めた。一部のギャラリーがざわついている。
零れ落ちそうな透き通る赤紫色は、緊張も緩まって纏う空気が柔らかい。
あ、耳が赤くなってる。
「ふう」
あっという間なのにとても濃密な時間だった。
エフィはなんだか感慨深げに瞳を閉じている。たった一曲だけど、エフィにとっては思い入れが相当あったってことかな?
「エフィ?」
「ああ、行こう」
ダンスの輪の中から外れて、ギャラリーの中に紛れる。じっとエフィを見てたら、視線に気づいて小首を傾げられた。
「どうした?」
「なんだかいつもと違うような気がして」
「正直、イリニと踊れて嬉しくて仕方ないからな」
浮かれてるんだろ、と他人事のように言ってのけた。
そっか、嬉しいんだ。エフィの喜びようにつられて私も笑みをこぼしてしまう。
そこに知ってる声が耳を通った。
「姉様」
「え、カーリー?」
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