魔王と呼ばれる元聖女の祝福はラッキースケベ

参(まいり)

50話 告白


「……嫉妬か?」
「え?」

 エフィの声で意識が戻ってくる。いけない、回想してる場合じゃなかった。あまりに意識してないモードだったから完全に油断していた。このモード、この祝福は私がそういう感情を抱えないと出ないから発言することはないと思っていた。
 その前にエフィの言葉だ。嫉妬、と確かに言った。
 何も言えない私から目を逸らさず、浅く息を吐いてもう一度同じ言葉を口にする。

「嫉妬……焼きもち焼いてくれたのかって」
「え、と……」

 じわじわ競り上がる熱が、違うとは言えないと回答していた。
 でもその前に考えないといけないことがある。
 好きな相手が自分以外の女性と仲良くしているのが許せないから出るのが恋のライバルモードだ。
 恋? 私が? エフィに? 私が、エフィを、好き?

「ピラズモス男爵令嬢と話していたのは嫌だった?」
「は、話すのは仕方ないでしょ」

 社交や外交で男女問わず話さなければならないのはエフィの立場上仕方がない。社交界なら特段好きでもない相手とダンスだってしなければならない時もあるぐらいなのだから。
 送ると言って案内するなら、あの二人と話すのは自然なことだ。
 なのに。
 おかしいことじゃないのに腑に落ちなかった。

「イリニは嫌だった?」
「……」
「立場の話はいらない。イリニの気持ちを教えてくれ」
「……」
「イリニ」
「……」
「話してくれなきゃ離さないからな」

 うっわ、大人げない。この頑固者め。
 こっちは恥ずかしくてどうにかなりそうなのに。モードだってバレて恥ずかしいのに!
 時間を置いてからでもいいじゃない。今、そんな躍起になる必要ないでしょ。

「……うう」

 見つめたままが耐えられなくて、もういっそどうにでもなれと思った。とんでも行動に出てやる。驚くがいい。

「イ、リニ?!」
「……うん」

 こっちからエフィに抱きついた。近すぎとは思ってたけど、まだくっつくのに余裕があるとは。いや感心してる場合じゃないか。
 回りきらない広い背中に腕を通して、エフィの胸に向かって返事をした。

「……嫌だった」
「え?」
「ピラズモス男爵令嬢とエフィが仲良くしてるの、見たくなくて」
「!」
「あれ以上近寄ってほしくなくて、あんなことになった」

 ヤキモチ……ヤキモチだよねえ。
 子供みたいに幼稚で、普段なら隠し通せる想いなのに、精霊王のくれた祝福は隠すのを許さない。
 ラッキースケベの方がまだマシなんじゃないの。だってあれは笑って淋しいのか~で済むもの。
 ヤキモチだなんて、大人げない。

「ヤキモチ、やいた」
「……ああ嬉しい」
「なんで?」
「俺もイリニが他の男と話してるのが嫌だから」
「エフィが?」

 エフィの手が私の髪を撫で、肩に手がかかり少し押されて離される。肩に置いた手がするりと移動して、私の頬を包んだ。上を向かされ、再びエフィと目を合わせた。エフィの目元が赤い。

「アステリだってカロにだって話してほしくない」
「それは無理が」
「だから俺は普段相当我慢している」

 胸張って言うことなの? 我慢はすごいと思うけど、アステリもカロも良い友人なだけだ。

「正直、パノキカトの王太子やあの騎士には会ってほしくない」

 それこそ最初のラッキースケベからくる淋しさはエウプロや元婚約者絡みだと思っていたようだった。あの時から、そんなことを考えていたの。

「そんなことないのに」

 もうなんとも思ってない話はしたはずなのに、今でも悩んでしまうと言うエフィは苦笑した。

「器量に乏しいとは思ってる……けど、イリニを独占したくてどうしようもない」
「独占?」
「だから、イリニの側にいる為なら王位継承権も放棄していいと……ああ、初めてだな。自分の気持ちに正直になれた」
「でもあれは」

 さすがにだめでしょと言いたかったけど、エフィが首を横に振る。

「俺が選んだ事だ」
「だからって」
「それに国も民も見捨てない。イリニの側にいられるのも諦めない」
「エフィ」

 なにか確信めいた光を宿した瞳だ。
 私やエフィは立場上、自分を犠牲にして叶えていたことばかりだった。
 私は国を捨てて自分のことを叶えようとしている。エフィはさらにその先、なにも犠牲にせず全部叶えようとしている。
 その中に私がいるのが嬉しくて鼻がつんとした。ああ、そっか。私、今嬉しいんだ。
 頬を覆う手の指先が私の頬を撫でた。こそばゆくてみじろぐとエフィの目が嬉しそうに細められて笑う。
 はあと一つゆっくり息を吐き、一度瞳を閉じてゆっくり開けた。蕩ける瞳に確かな熱が灯っていた。

「ずっと好きなんだ」
「え?」
「ずっと」

 今の好きは前言ってたのと違う。それはさすがに私でも分かった。
 いや、前のは私が気づいてなかっただけ? 同じだった?

「イリニ」

 言葉を失う私を呼んで、腰に回っていた手が私のもう片方の頬を包んだ。
 目と目を合わせたまま、逸らせない。

「二度と言えないと思ってた」

 エフィが泣きそう。なんで言えないなんて言うの。まさか私が東の国に行くって言ってたから? まさか私が婚約してた時から? あまりに急な言葉にまさかという言葉しか出てこない。頭が回らない。
 ただこれが、エフィの真剣な想いであることだけは分かった。
 嘘じゃない。

「父上の命令とか、国の為とか、そういう事じゃない。聖女だからじゃない」

 また、エフィが欲しい言葉をくれる。

「俺はイリニがイリニだから好きなんだ」

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