魔王と呼ばれる元聖女の祝福はラッキースケベ
48話 イリニが側にいてくれれば、それでいい
「その為なら、王位継承権を返上する覚悟だ」
そこは我慢できなかった。皇子として言ってはいけない言葉だ。
「エフィ、だめ」
「いや、いい……やっと言葉に出来た」
やりきった顔されても困る。嘘でも王太子を辞するなんて言ってはだめだ。けど蕩けた瞳を細めて微笑むエフィを見たら何も言えなくなった。
仮に私がエフィと結婚したとしても、法律上エフィは王族のままでいることも選択できる。王族と侯爵家なら身分としても釣り合いはとれるし、王族を辞して爵位を得る事が慣例でもわざわざ辞することを優先する必要ない。そこまでの覚悟を見せる必要は、ないのに。
「イリニにとっての煩わしいものは全て取り除きたい」
社交や外交における人とのやり取り、内政処理もすべて。王族と結婚するということは、当然王族が担う社交や外交に同伴し、民の為に尽くさなければならない。
それが私にとって苦痛でしかないなら、全て取り除くとエフィは言っている。聖女だった私が重圧に耐えながらこなしてきたことを二度とさせないと言っているんだ。そこまで、私のことを考えてくれているの?
「はっ、王族が継承権を放棄した所で爵位は当然賜ることになるぞ。それでは何も変わらないだろうが」
「そうなった場合は、彼女に表立って出てこないようにしてもらう」
自分一人だけで対応できることだと事も無げに言うけど、体裁の面を考えればそれはよくない。爵位を得ても王族は王族だ。周囲の認識は当面は殿下のままとなるだろう。
「そんな道理が通るわけ」
「通すさ」
一睨みすれば、元婚約者はぐっと黙り込んだ。
「必ず表立つ必要はない。私は彼女と見えない所から、国の為に最善を尽くせればいいと考えている」
「詭弁だな」
「ああ勿論それを拒否するなら、彼女には共に居する場所でゆっくりとした時間を過ごしてもらって構わない」
さっきからエフィは私が欲しい言葉しか言わない。逃げてきた煩わしいことすべてをもう一度背負ってくれなんて言わず、ただ好きなようにとすすめてくれる。許してくれる。
「イリニが側にいてくれれば、それでいい」
急にそんなの言われたら逆に苦しいじゃない。
これが全て現実だったら、どれだけ甘やかされてるんだろう。満たされるのは目に見えて分かる。
けど、それはだめだ。エフィの立場としても。
「ではパノキカト国、バシラス・カルディア・ゾンダースタイン王太子殿下、此度お越し頂き大変喜ばしい事ではあるが、今は婚約発表に向けて多忙の身だ。お帰り頂こう」
元婚約者が唸った。このままなら帰ってくれそう?
「そんな女、こちらから願い下げだな」
違った、元婚約者が負け惜しみタイムに突入した?
「俺は恩情を与えに来てやっただけだ。それを偉そうに婚約しただと? 俺が自由にしてやっていた分、随分とお楽しみだったわけか」
「どういう意味だ」
エフィの纏う空気の温度が下がった。おっと地味に怒ってる。さっきまでクールにこなせていたのに、ここにきて沸点超えたの? あと少し頑張れば帰りそうだよ?
「以前から関係があったんだろ? 貴族院の頃か? 入学前には」
「貴殿と同じにしないでもらおうか」
きちんと婚約破棄が受理されてから行動したとエフィは主張した。まあ時間軸的にはあってる。婚約破棄してからこの城にエフィが来て一緒に暮らすようになった。間違いではない。
「こいつに価値があるのは精々聖女ということだけだろ。文官でもないのに内政にまで手を出して、発言権まで与えてやっていた。周囲は聖女だからと持ち上げ誰も文句を言わず、可愛がられていると思い込み、図々しく城内を闊歩していたんだぞ? シコフォーナクセーに迎え入れれば、同じようにこいつはのさば」
「それ以上はやめてもらおう」
エフィの逆鱗に触れてしまったらしい。かなり怒っている。
「な、なんだ」
「それ以上アギオス侯爵令嬢を侮辱するなら、シコフォーナクセーへの宣戦布告と捉える」
シコフォーナクセーの王子と婚約している私を貶めるということは、シコフォーナクセーの王子を侮辱しているということ。王子は王族、国そのものだ。つまりシコフォーナクセーという国自体を悪く言ってるわけだから、捉え方によっては宣戦布告となる。
元婚約者ってば失言に気を付けないと外交できないっていうのに、ここまでよく喧嘩売れるわよね。
「俺は忠告してやってるんだ。ふざ」
「バシラス!」
「リ、ズ」
急に名を呼ばれ、元婚約者が目を丸くして驚いた。ピラズモス男爵令嬢が止めに入ったからだ。
「それ以上はなりません。どうかここは」
「リズ」
「それに聖女様の婚約は慶び事です。祝いの言葉を述べるならまだしも、そのようなお言葉を述べるのはよろしくありません」
おおー、まともだー。
元々真面目な子ではあるし、誰かの為に悲しんだり喜んだりできる子ではあった。
それに感動して分かったと頷く元婚約者は阿呆の極みみたいな顔しているけど、黙るならそれでよしとしよう。
「聖女様!」
だんまりだったピラズモス男爵令嬢が前に出た。おめでとうございますと目をキラキラにさせて私を見てくる。
「えと、もう聖女じゃないんだって」
「いいえ、私にとってはまだ聖女様です」
んん? ゲーム内では私のことはさしてなんとも思わず聖女として成り上がっていくはずよね? リップサービスかなにか?
「こんなとこいないで神殿行きなよ。で、早く聖女になりなよ。沢山いる兄弟の為にもさ」
「え、聖女様、知って?」
「まあねえ」
前世の一人、聖の記憶頼りだけど、ゲーム内で語られた彼女のバックグラウンドは、幼い弟と妹の為が聖女になるきっかけだった。成り上がって大成功、それが貴方の人生だよとは言えないので、そのへんは適当に濁しておこう。
「聖女様が聖女を辞するなら、私は次代の聖女になる覚悟はあります。それならば……聖女のなんたるかを教えて頂きたいのです」
うっわ、真面目。そんなことしなくてもいいんだよ。
ネタバレするなら神託おりて聖女になりチートになって、うまいこと国守るようになる。精霊王がどうにかするから、正直何もしなくても成功鹿目の前にない。誰かが何かを教える必要はないのが、新聖女のチートスペックならではだ。
というわけで、応える台詞は一つだけ。
「謹んで遠慮します」
「そんな!」
「聖女呼びもやめて」
「えっ」
そんな気軽に呼んでも、と頬を上気している。あっれ、喜んでない?
「で、では、イリニさんと」
アギオス侯爵令嬢じゃないの? いきなりファーストネームなの? 前々から思ってたけど距離近い。パーソナルスペースにぐいぐい入ってくるタイプね。
「まあいいや」
「ありがとうございます!」
にしても、この子どうしたんだろう。物語から退いた私を気にかけてはくれている。
内政の仕事は元婚約者の仕事だし、彼女は聖女にさえなれてしまえばいいのだから、ここで私と交渉する必要はない。
「ずっと……ずっと気にかかっていたんです」
「ん?」
「あの日、バシラスがイリニさんに残酷なことを宣告したものですから、私があの時もっとはっきり止められていたらと思っていたんです」
「そこはもういいよ」
今更テンプレな展開を否定しなくてもいい。あれはあるべきシナリオだったし、私が今生きてるからなにも問題はない。
てか、なんて慈悲深いんだとか言ってる元婚約者、そいつを今すぐしめてよ。一発殴ってよ。
「いいえ、私が浅慮だったのです。できるなら、」
すっと息を吸って、真っ直ぐこちらを見据えた。
「できるなら! イリニさんともっとお話がしたいです!」
「はい?」
ものすごく熱意のある視線を送られる。
「イリニさんは私の憧れで推しなんです!」
「どこでその言葉知ったよ」
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