魔王と呼ばれる元聖女の祝福はラッキースケベ
45話 元婚約者来訪
「まだ乾いてないけど」
「放っておけば乾くだろ」
「さっき拭いてって言ってたじゃん」
「もう充分だ」
どうやら滴っていないかどうかが判断基準らしい。
自立してると思っていたけど、こういうとこは教育が行き届いてないわね。パリピめ。
呪いやら毒やら色々あるから大概の事は一人でできるようになったと主張するけど、こういう部分に関しては雑にほったらかしだから気になる。
「拭くよ」
「いい」
私がエフィ付きの侍女になれば、聖女をやめてもシコフォーナクセーの城で一緒になれるかな。
ああでも侍女だったらエフィがどこぞの令嬢と結婚するのを見ないといけない。それを見て過ごすのは嫌だと思ってしまった。かといって、自由が不確定な未来は嫌だしなあ。
「やっぱり拭く」
「いい」
「あ、ちょっと」
肩にかかるタオルをとろうとしたら、エフィが素早く回収した。
ソファの上で手を伸ばして掴もうと追いかけたら、そのままスカっと綺麗に的を外す。
そしてバランスを崩してエフィの膝目掛けて倒れこんだ。
「え」
「おっふ」
やっぱり男の人の膝はかたいな。女性の柔らかい太もも所望する。
「これはラッキースケベか?」
「たぶん違う」
膝枕程度がラッキースケベなものか。
膝と膝の間に綺麗に鼻突っ込んだあたり、前のお尻に顔突っ込んだのと変わらない気もするけどラッキースケベではないはずだ。
「イリニ」
「ラッキースケベじゃないって」
「念の為だ」
肩を掴んでそのまま引き寄せられる。上半身だけ預ける形抱きしめられた。
なんだか専属ハグ係に慣れてきちゃってるよなあ。よくないよねえ。この甘やかしが一番危険な気がするもの。
「おい」
「ひえ」
ハグしてる時にタイミング悪くアステリが顔を出した。この城の中なら何度も見られてるんだけどね? それでも恥ずかしい。
「いちゃついてるとこ悪いな」
「いちゃついてない!」
「ああ、これは別にそういうんじゃない」
お前ら揃いも揃ってと呆れるアステリは溜め息一つ、後頭部をかきながら面倒な奴らと囁いた。失礼すぎでしょ。
「客だ。準備しろ」
「え?」
珍しい。ここのとこまったく訪問者なんていなかったのに。
「会いたくないなら帰ってもらってもいーけど」
「誰?」
「……パノキカト国、王太子殿下」
「え?」
「バシラス・カルディア・ゾンダースタイン王太子殿下と、パンセリノス・ピラズモス男爵令嬢だよ」
元婚約者とその相手。一瞬顔が強張った。それをエフィは見ていて、すぐにアステリに返事をする。
「帰らせろ」
「エフィ、待って」
途端表情を変え不機嫌になったエフィが矢継ぎ早に返すのを制す。
「あの人、正式な手続きした上でここに来たの?」
「おー」
前にエフィがエウプロに言った、シコフォーナクセーの法に則って手続きをして自らやってきた。
プライドの塊なあの人がわざわざ来るなんて相当でしょ。パノキカトの状態が良くない方へ向かっているのは取り寄せてる新聞から知っていたけど、まさか王太子自ら動かないと危険なレベルまで達していたなんて考えてなかった。
「きちんとした手続きはしてたんだけどなー、エフィの親父さんからの連絡が遅れてよ」
今、訪問と同じタイミングでエフィのお父さんであるシコフォーナクセー国王陛下から元婚約者がそっち行くよ的な手紙が来たらしい。
「チッ」
エフィが盛大な舌打ちをした。お行儀悪いぞ、王太子。
「エフィ?」
「父上はたまにわざとそういう事をするんだ」
「え?」
「わざと試練を与えて楽しんでる節がある」
そしたら元婚約者が来るなら拒むな立ち向かえってこと?
「ちなみにお前あてには、ワンチャン連呼してる手紙来てたぞ」
「勝手に読むな」
「同じ封に入ってんだ。不可抗力だっつの」
ワンチャン連呼してる手紙ってなに? ちょっと怖いよ。
「で、どうする?」
決まっている。
「会うよ」
「イリニ」
「エフィ、大丈夫。きちんと帰ってもらうから」
なにを求められるかはさておき、私が元婚約者側に傾くことはない。たとえいつか別れの時がくるとしても、私はエフィとこの城で過ごしたいから返事は決まっている。
「……いいのか?」
「うん」
「嫌な思いは?」
「ん? 相手の出方によってはいらっとするかもしれないけど、会うだけっていうなら嫌な思いはないよ」
「その、あの王太子の事をまだ」
語尾がごにょごにょしてる。
なんなんだろう。んー、いやでもまさか恋愛的な意味できいてる?
「元婚約者のことなら、なんとも思ってないよ?」
「なんとも?」
「うん」
「そうか」
んん?
あかさらさまにほっとしてる。待って。そんな嬉しそうにされると、もしかしてとか思っちゃうじゃん。
「エフィ、それやきもち?」
「は?! そんなわけないだろ!」
「そう……なんか嬉しそうだったから」
「違っ、その、」
「ふうんへえふふふ」
「だから違うとっ! その顔はやめろ!」
「えー?」
なんだかもぞ痒くて笑いが止まらない。固くなってた頃が嘘のように顔に出た。こんな分かりやすく出てくれるなんて心許してくれているようで嬉しくなる。
「おーい、そろそろいーかー?」
「あ、いいよ」
アステリに呼ばれて向かう。エフィは顔を赤くして不機嫌になった。
「イリニ機嫌いいな?」
「ふふふ、そう見える?」
「まーいいけど」
アステリがちらりとエフィを見る。
「いちゃつくなら別でやれって」
「アステリ!」
エフィが怒る。謁見の間が遠くて良かったね。
あんまり声大きいと聞こえちゃうし、王子殿下として大声っていうのはなしだ。
「ほら、さっさと終わらせて、終わったらもっかいお茶でも飲もう」
「おー」
「……ああ」
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