魔王と呼ばれる元聖女の祝福はラッキースケベ

参(まいり)

39話 パリピ王陛下


 聖女だ
 あの姿はなんだ
 王の前で正装をしないとは不敬な
 あの衣装、魔王という噂は事実だったのか
 しかし聖女を我が国に取り込むことは利になるのでは
 聖女ではないと聞いているが
 パノキカトでは新しい聖女は出ていないはず
 新聖女が決まっていないのであれば、まだ聖女なのでは
 しかし聖女でなくなるのなら迎え入れる必要もない

「下がらせよう」
「いいよ」
「しかし」
「私はこの姿に、聖女をいずれやめることに、何も思うところはないから」
「イリニ」

 何を隠そう、あの城を構えてからのパンツスタイルのままやってきた。
 さすがにうけはよくないだろうと分かっていたけど、だからといって聖女らしい姿で行く気は全くない。

「大丈夫、そのうち女性のパンツスタイル流行るから」
「イリニ」

 うーん、冗談言っても真面目な王子殿下モードのエフィにはだめか。

「なら、側にいて」
「え?」
「私が自信持って立っていられるように、側にいて支えてくれる?」

 紛れも無い本音だ。
 ずっと一人で立ってなきゃだめだった。強がって嘘ついて聖女をやって、なのに人の悪意がある場所に立ち続けるのが苦しくて仕方ない。でも元婚約者は隣にいてもいないようなものだったし、少しでもミスをすればお叱りを受ける。あまつさえ最後の方は隣にすらいなかった。
 だからエフィがこうしてずっと隣にいてくれるのは王子殿下の立場として必要なことであったとしても嬉しい。添えられた手が温かいだけで立っていられる。

「そんなことでいいのか?」
「うん」

 エフィが私を見下ろして、私も見上げる。
 その瞳に蕩けてあたたかい光が灯った。目を細めて笑うのをしっかり見届ける。
 なんだろ、なんだか今胸の内が跳ねた感じが、したような?

「喜んで引き受ける」
「ありがと」
「君が嫌だと言っても側にいる」
「いやさすがにそれはちょっと」
「はは」

 エフィが声を出して笑ったのが、この城の中では意外だったらしい。周囲が少しざわついた。
 それも気にせず、私とエフィはさらに奥の謁見の間に進む。大きな扉をくぐりそれが閉まれば、多くの視線から外れ静けさが訪れた。
 決められた場所、決められた礼と挨拶をこなす。
 長年やってきた聖女経験から完璧に決めて、王の許しを得て顔をあげた。
 うん、長い間外交と社交で見てきた時と変わらない普通の王様に見えるよ? 見た目えらい格好なのかと思ったけど、きちんとした正装だね?

「話は耳にしている。シコフォーナクセーに居を構えたいと?」
「仰る通りで御座います」
「シコフォーナクセーの国民になる事を希望しているのだな?」
「はい、王陛下がお許し下されば」
「構わない」

 私の所在をお求めなのはシコフォーナクセー側なんだけど、エフィの立場もあるし私が望んでいるという形をとるのがベストだろう。陛下もそういうニュアンスで言葉を発したから合わせてしまえばいい。実際お許しもらわないと国民になれないから形としては正解だ。

「申し出が遅れましたこと申し訳なく思います」

 きちんと納税もするしいいよねということを堅っ苦しい言葉で伝え許しを得る。

「山の城に居を置き続けたいか?」
「はい」

 ここは譲れない。たぶん王としては、この城に留めたいだろうけど、後宮で過ごすなんて聖女の頃に逆戻りだ。それはもういらない。
 断られた時の返しの言葉をありったけ思い描きながら、王陛下の言葉を待った。

「良い」
「……え?」
「あの城に居する事を許す」
「よろしいのですか?」

 エフィも驚いているようだった。ポーカーフェイスが少し歪む。対して王陛下は軽く笑みを零しながら片手に紙の束を出して見せた。

「イリニ・ナフェリス・アギオス侯爵令嬢にあの山に留まるよう嘆願書が提出されてな」
「え?」
「湖の麓の村全員の署名があるな? 魔物と人の諍いが減ったと」

 村長たちだ。動いてくれたの。諍いが減るもなにも、元々の約束だから守っただけだよ。

「王城周辺の専門技術で商いをしている商会連合からも別で嘆願書が届いてな。アギオス侯爵令嬢の希望を叶えた上でシコフォーナクセーに迎え入れるようにと書かれている」
「うそ」

 キャンプギアとか釣り道具とか頼んだ皆が? なんで今日の謁見を知ってたの?

「我が国の中でもばらばらだった村や街が繋がり協力するようになった。おかげで新しい経済基盤が確立され、良い循環が生まれそうだな。魔物との諍いがないのも我が国としては非常に助かる。その事を考えれば、貴殿にはあの山に留まってもらった方が最善だと考えた」

 聖女としての価値より、自国の結びつきを優先した。
 この国の王は聖女という見せかけの外交よりも国の中の未来についてよく考えてくれている。

「話は済んだな。下がらせよう」
「え?」
「王陛下、しかし」
「私が下がれと言っているのだが?」

 訴え虚しく護衛の騎士たちは下がり、王と王妃、私とエフィの四人だけになる。

「アギオス侯爵令嬢は前世の記憶があると聞いたが?」
「え、あ、ありますけど」

 突然の話題ふりに戸惑うものの、王陛下はそのまま続ける。

「前世は異世界の人間だと聞いた」
「はい」

 前世の一人、ひじりのことだ。エフィが報告を王陛下に多少なりともあげていれば耳にしているだろうけど、なんで今その話題を持ち出すのだろう?

「日本という国だそうだな」
「はい、そうですが陛下、いかがされました?」

 王と王妃が顔を合わせてから私を見た。

「私達は異世界、日本という国に行ったことがあってね」
「はい?」
「やっと話が分かる人間キタわ」
「え?」

 王陛下が立ち上がって、こちらに歩み寄る。王妃も後ろからついてきて、二人目の前まで来て片手をあげた。

「うぇーい!」
「え?」

 条件反射じゃないけど片手あげたら、王がぱちんと手を叩いた。次に王妃殿下も同じように手を挙げて私の手と合わせる。

「アガるわー!」

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