魔王と呼ばれる元聖女の祝福はラッキースケベ
37話 下山中のラッキースケベ
「よし、いくか」
さすがに山の上まで馬車は来れないので、湖の町まで足で下山することになった。そこにお迎えの馬車を呼んでくれている。さすがエフィ、仕事が早い。
「アステリ、城よろしく」
「おー、根性だせ」
「言われなくても」
「お前じゃねえ」
「んん?」
よく分からないまま下山となった。
下山は口数少なくて、ほぼ無言。足場が悪いと手を差し出してくれるけど、エフィはどこかぼーっとしている。前を歩くエフィを見ながら、たまに声をかけるけど、やっぱり反応は終始よくない。
せっかく一緒に行くなら、取り留めのない話をしながら、まったりした雰囲気で山を下りたい。いつもは話をしながら隣を歩いてくれるのに、全然そんな気配もないしどうしたのだろう。帰城が嬉しくて心ここにあらず?
「あ」
「?!」
滑った。
そしてそのまま前を歩くエフィのお尻にダイブし、すぽっと鼻先を突っ込んでしまった。
割れ目に鼻突っ込むとか、女性がすることじゃない。それを見ていたカロが吹く。
「ブフッ」
「ごめん」
「いや、」
「ここでラッキースケベなの、イリニちゃん」
「だって」
エフィを見上げる。
お尻に突っ込まれたからか、頬を少し赤くして恥ずかしがっていたのを、すぐに思い直して私の手を取った。このままハグはだめだ。
「待って、もう着いたし」
前は対岸におりた、湖畔キャンプ地、湖向かいの村だ。もう城の人以外の目があるのでハグをお断りしたら、手を繋ぐだけで済んでくれた。
しかもこのタイミングで声がかかる。よかった。ハグしてたら見られてたわ。
「いっちゃんだったか」
「いっちゃん?」
「村長お久しぶりです」
「え?」
エフィが驚くのも無理はない。
キャンプ場として使わせてもらう話を村長さんとしたここに来た最初の時、念の為本名伏せていた。バレてたけど。
山の魔物の管理の話とかしてた時点で知られていたけど、分かった上で付き合ってくれる村長は優しい人だと思う。
「王家の馬車なんて来る所じゃないからね。いっちゃんなら納得だ」
「お騒がせしてすみません」
「いいんだよ。いっちゃんが来てから村は平和だし」
「よかったです」
「山の城は?」
「アステリお留守番してますし、今日中には帰ってきますよ?」
「そうかい」
ちらりとエフィを見て、村長さんは遅れて正式な礼をとろうとした。エフィがいいと端的に正式な礼を断ると、村長は軽く話して村の奥へ戻ろうとする。
「また顔出しますね」
「ああ」
他の村の人たちと話すことなく馬車に乗り込んだ道中、下山も馬車もエフィはとても静かだった。カロは今回馬車の側を馬に乗って護衛してくれてる。
向かい合ってだんまりは気まずいなあ。
「エフィ」
「なんだ」
「様子変だけど、なにかあったの?」
びくりと肩が鳴った。気まずいのか、視線が彷徨っている。じっと見つめながら返事を待っていると、一つ溜息を吐いて分かったと言って頷いた。
「俺は、イリニと一緒にいたい」
「ん?」
「けど、イリニは俺に帰城するよう言うから」
「ああ」
「俺が側にいてもいいと言ってくれたのは、本音ではなかった?」
「ううん、いてほしいよ?」
あの時言ったことは間違いなく本音だ。
でも結果が散々だった。弟殿下をああいう風に追い返せば、いずれまた誰かが来るだろう。その時、また追い返すと全力を出して魔力枯渇でエフィが苦しむことを繰り返したくなかった。
だからエフィの立場の為にも危険回避の為にも、シコフォーナクセーに保護されることを了承するしかない。身柄保護を選んでしまうと、エフィはもう山の城には戻ってこないとは思うのだけど、そこも覚悟の上で決めた。
私と一緒にいる必要がなくなって離れてしまっても私には魔物がいるもの。きっと大丈夫のはずだ。
「つい最近父上に知られたから、もうイリニの保護は必要ないんだ。もちろん、今回の謁見はあった方が父上にとって助かるんだろうが」
それもそうだろう。
シコフォーナクセーの手札の一つになるし、使いようによってはパノキカトを手中に収めることも可能だ。王陛下が掲げた聖女の確保という命令は間違いない。にしても何を知られたんだろう?
「帰城を勧めるという事は、イリニは俺の事が嫌いになったのかと」
「エフィ勘違いしてる?」
「え?」
「確かに住民票移動してエフィが一旦帰城しちゃうと、もう山の城で一緒にいられないかなあとは思ったんだけど」
「帰城してほしいんじゃない?」
「うん。エフィのことが嫌いになったとかじゃないよ」
直近きちんと好きって言ったじゃん。気兼ねない仲になりたいってお互い同じ気持ちだったわって理解しあえたんじゃなかったの?
「魔力枯渇になるような争いごとを回避したいのが一番」
エフィが真剣なまなざしで聞いている。誤解してそうだから説明して正解かもしれない。
「エフィが当初の王陛下の命をきちんとこなしたことを証明したい」
「俺の為?」
「そう捉えてもいいよ」
我が身を犠牲にして他者を助けようという聖女的な思考でやろうと思ったんじゃないことだけは念を入れて話した。
今の私の思考と行動理念は、私がしたかったから、この一点しかない。
エフィはどこか期待しているような光を瞳の奥に忍ばせつつ、「別れる為じゃないんだな」「俺を追い出す為じゃないんだな」と何度か聞いてきた。ので、きちんとエフィと一緒にいたい気持ちに変わりないことは伝えた。
真面目に言えば言うだけ恥ずかしい気がする。加えて帰城の話を持ち出しただけで、ここまで不安にさせて申し訳なくなった。言葉が足りてなかったのね。
「私の為に色々してくれたから、エフィが苦しまないようにする為に、何かできないかなって考えて」
「イリニ」
「毎日信書を出して自分の部下にも手紙書いたりしてたの見てたから」
立場云々ならよく知っている。その立場の危うさから脱する手段が私の住民票移動なら安いものだった。
エフィは大事なものがたくさんある。国から始まり、シコフォーナクセーの民に、エフィの家族、騎士の部下のこと、エフィの立場は守るものが多くあり、彼自身も多くを大事に考えているのが分かった。
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