魔王と呼ばれる元聖女の祝福はラッキースケベ
34話 壁ドン→逃走→パティシエモード
エフィって背が高いから壁ドンされると追い詰められた感がハンパないな。切羽詰まってるし、圧迫感がすごい。
「なんで、いつも」
じっと見つめると、エフィが少しだけ息を止めた。緊張している。改善されつつあったけど、昨日のこともあったから元に戻ったかあ。
「エフィまた緊張してる」
「え」
「私の前はやっぱり無理だよね」
「違う。今日伝えようと思ってることが、」
「いいよ」
「え?」
「時間おいてからがいいって」
焦るエフィの緩んだ隙を狙って、ドアノブを後ろ手で開けて廊下へ出た。
ひとまず逃げよ。
そもそも泣いた後の寝起きで顔もひどいし、人と向かい会う姿でもないし、本命いる人に近づくのも失礼な話だもんね。
「イリニ!」
「げ」
追いかけてきた。
いつも通りなんだけど、今回は引いてくれてもいいと思う。
私としては女の自信を喪失してるし、先走ってしでかしたことに恥ずかしさ感じている。なのにエフィはそんなのおかまいなしだ。
もしかして昨日のこと記憶にない? 高熱のせいで一晩の記憶がありませんっていうテンプレもあるけど素振りはなかったし、アステリだってそんなこと言ってなかった。ということは、エフィは真面目に昨日のことを話す気だ。
「もう」
角を曲がってすぐの裏扉を開けて中に避難した。中はキッチンだから隠れる所もたくさんある。
「ふう」
「イリニ」
「ひえ」
誰もいないと思ったのに声をかけられ大袈裟に跳ねてしまった。振り向くとエフィではなくてほっとする。
「パーン」
「イリニ?」
どうやらつまみ食いにきていたらしいパーンは口をもごもごしている。口の端にたくさんつけて可愛い。ここでは特段つまみ食いをだめにしてないけど、フェンリルやドラゴンは割と厳しいからなあ。
汚れた口元を持ってたハンカチで拭いてあげると、嬉しそうに目を細めた。
下半身は山羊の上半身は人間で、親は人間に殺されてしまって逃げ込んできた魔物の子供だ。
「どうしたの、イリニ」
「ちょっとね?」
「エフィとケンカした?」
「え」
「エフィの匂いが近くにきて遠くなった」
魔物は私達よりも五感が優れているから、壁隔てても分かるんだった。誰から逃げてたなんて説明しなくても……というか私を追いかけてくるの、エフィしかいない気もする。匂い以前の問題だった。
「エフィに謝る?」
「え、えー……」
今回のこと謝らないとかな? 相手いるのに迫ったこととか? 正直蒸し返したくない。
私はエフィを助けたくてやったことだから、謝るのもおかしいような、ああでも犯罪と言われると逃れようがないし一方的過ぎた。本来は相手の同意を得ないといけないもの。
「イリニ素直に言えない」
「ぐぐぐ……謝るならきちんとやるよ」
ぎくしゃく感はどうにかしたい。やっぱりエフィの言う通り話をしないとだめなの?
「はあ……だめだ、なんか食べよ」
するとパーンが顔を明るくさせる。
「イリニ、オカシ作って!」
「あー、お菓子かあ」
「食べたい!」
「ん、いいよ。甘いもの大事だしね」
お菓子でも差し入れして、軽く謝って何事もなかったかのようにしてけばいけるかな?
なんだかとても打算的だけど、何かきっかけないとやってけないし、その程度の軽さで行くならできそうな気がした。
今まで社交と外交でしか人との付き合いがなかったから、それ以外の人との付き合い方が分からない私にはちょうどいい。
「お菓子作ってエフィにあげるか」
「それで仲直りする?」
「できるといいねえ」
さてやる気になったところでパティシエモードがおりてきた。お菓子を作りたいって私の思いに呼応して現れる祝福、お菓子作りが三ツ星レストランの腕前になるパティシエモードで上等なスイーツ作ってみせる。
* * *
「やば、パティシエモード神がかってるわ」
「すごいね」
三ツ星おりてきてる。こういうのなら祝福の力も悪くないなあ。私のお菓子作りたいって前向きな気持ちに応えてくれる祝福という名の力は美味しいお菓子ができるという結果を齎してくれる。最高だ。
困るのはラッキースケベだけね。
「皆呼んでくる」
「ありがと、あと一時間ぐらいって伝えて」
「うん」
この匂いであらかた知られているとは思うけど、伝えたくて仕方なさそうだからお願いした。
パーンが出て行ってすぐにまた扉が開いた。入ってきた人物に瞠目する。なんで。
「イリニ」
「エフィ」
パティシエモード中にキッチンに入ってきた。なんで今というタイミングで来るの。よりにもよって一人になった瞬間にやってくるんだから困った人だ。
「匂いが……」
「お菓子作ってて」
「多くないか?」
城内にいる子たち全配布だと、どうしても量が必要になる。スイーツ店で働いたことないけどクリスマス前の繁忙期のようだ。
「皆に配るから」
「……皆」
「エフィの分もあるよ?」
「……」
あれ、不満そう。
入ってきた瞬間の緊張は少しなくなったのは嬉しい。けど、クレームいれられるようなことしてる? 匂いのテロ? 甘いのだめ?
「お菓子嫌いなの?」
「え?」
「嫌そうにしてるから」
「嫌じゃない」
前も作ったのかと問われたけど、いいとこで作ったのはいい子ちゃんしてた学生時代だったかな。侯爵令嬢がやることではなかったけど、こっそり隠れて作った気がする。その話をそのまま伝えると、鬼気迫る様子で前のめりになった。
「なら初めて作った?」
「人にあげるっていうならね」
姿勢を正し、既に出来上がり済みのクッキーをじっと見つめるエフィはどことなく満足そうに見えた。不満そうな様子から急な感情の変化が今一つ分からない。
初心者だけどパティシエモードのおかげで出来はプロ級、三ツ星の味だから安心してね。
「味見する?」
「え?」
「心配なら、そこにあるの一つ食べてみて」
スイーツの差し入れから、なんとなく和解して、通常運行に戻るの流れにしたいから、差し入れを苦なく渡せないとね。このタイミングで来てしまった。和解をするなら今しかない。
私の内心なんて知らないエフィは黙ったままゆっくり手を伸ばして、クッキーを一つ頬張った。うん、さくさくのいい音だ。
「美味しい?」
「……」
何も言わないけど、しっかり頷いたから大丈夫なんだろう。
「今は何をしてる?」
「生クリーム泡立ててる」
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