魔王と呼ばれる元聖女の祝福はラッキースケベ
29話 目覚め、涙の跡(エフィ視点)
目覚めはとてもよくて、心地好いぐらいだった。
「目、覚めたか」
ゆっくり起き上がる。
少し身体に痛みが走り、ベッド端を枕にして眠るイリニが視界に入ったところで、意識を手放す直前を思い出した。
「イリニ」
呼んでも目覚めない。逆側から呆れた溜息がおりてきた。
「その様子じゃ頭いかれてねえな? 覚えてるか?」
「ああ」
目元にかかる髪を避けてやると、イリニの目元がよく見えた。頬に跡がついている。
「泣いたのか?」
「さあな。少なくとも俺がいる間は泣いてねえぞ」
人前で泣くような奴じゃねえからなとアステリが言う。それには同意だ。彼女は基本的に自分の感情を抑えている。
今でこそ自由だと言って心内を吐露したり、モードという形で彼女が何を考えているかが分かるが、癖なのか気持ちを知られないようにしていることが多い。
「ずっとここに?」
「おー」
心配だったんだろ、と言うアステリの言葉が嬉しい。
不謹慎だがイリニの視界に自分が入っていると思えて喜んでしまう。それを感じたのか、再びアステリから溜息が漏れた。
「お前、わざと意識飛ばしたろ?」
「まあな」
ばれているか。まあそうだろうな。
「理性きかないからって意識飛ばすヤツ初めて見たわ」
「仕方ないだろ。あのままじゃどうにかなってたんだぞ」
「こいつがその覚悟で来たの分かってんだろが」
「……」
死なないギリギリで魔力を使う。魔法使い一個師団、騎士一個師団、この人数相手にはその選択肢しか浮かばなかった。アステリの魔力枯渇用の治癒魔法もある。死にはしないと確信していたし、数ヶ月寝込む覚悟もあった。
ほぼ全力で弟達を退かせて城に戻ったら、イリニが部屋に入ってきて正直焦った。彼女が来るとは想像もしてなく、完全に後手に回り彼女を傷つけてしまったのだろう。
「なんで止めなかった」
「こいつきかねーし。まーそれで最後まで致してもいいんじゃねって。本望だろ?」
「ふざけるな」
「お前、どーせ国から既成事実作ってでも聖女手に入れろとか言われてんだろ?」
王陛下である父からは聖女をシコフォーナクセーに留めるため保護をと言われている。
手段を問わないとも。手籠めにしろとはっきり言葉にしないまでも、同等のことは命じられている。
だからこそ弟に任せるわけにいかなかった。そして今回、手段を問わない現実が、彼女自らが目の前に来ることで成立してしまう。回避するしかなかった。
「駄目だ」
「いつまで経っても告らねえくせに」
「……しようとした」
「そこから何もしてねえ奴にどうこう言えるか」
「ぐっ」
この城で再会した時、手に入らないと思っていた彼女のことをもしかしたらと期待しすぎた挙げ句、緊張も相まって結婚をなんて言ってしまった。俺の本音だとイリニは信じていない。
それは構わないが、いざ気持ちを伝えるという場面で失敗してから一向に思いを伝えられなかった。
言い訳をするなら、抱きしめるようとするのを逃げられたりしている現状、告白しても断られると思って出来なかったところでもある。
それもキャンプに行った時に覆された。俺がイリニの前で緊張しすぎていたのを、彼女が不満に思っていたと分かって、チャンスがあるのではと思った。
「ま、お前が軽く済んでよかったわ」
「?」
「お前、一晩で目覚めたぞ」
「は?」
そんなわけはない。
死なないまでも枯渇していた魔力を、体液交換を回避したにも関わらず一晩で動ける程戻せるわけがない。
「聖女様様だな。イリニに感謝しとけ」
該当することが一つしかなかった。
「聖女の血か」
「おーよ」
イリニの血を飲んだことは覚えている。
血なんて美味しさもないはずのものが、あの時はひどく甘く、あるだけ全部飲み干したい程だった。
聖女としての魔力の高さが露呈したわけだが、まさかここまで効くものとは思わない。聖女とは本当に特別な存在だ。
「イリニはまだ自分を犠牲にしようとしたのか」
「ん? 犠牲?」
聖女として自分の身を簡単に差し出してしまう。
今回だって、いくら自分に親しみをもちつつあったとしても、常識的に考えればその身を全て捧げるものではない。
「お前、馬鹿かよ……」
「なんだ」
アステリの物言いが気にかかる。盛大な溜息をわざと吐いて大袈裟に肩を落とした。
イリニの頬に指を寄せると涙の跡がかさついている。
「今のイリニは聖女じゃねーよ」
「そうだな。けど癖は抜けないだろ」
「ある程度の自由を得たこいつが自分で選んでお前んとこに行ったんだぞ? 少しはその良い頭使って考えろ、馬鹿が」
何度も馬鹿と言われたくない。
「黙れ」
「あーそーかよ。お前ら揃いも揃ってデレなしかよ」
「今までのこと考えたら、そんなすぐ自惚れられるか」
「まー、ラッキースケベがあっても、イリニの感情は分かりにくいからな」
でもな、とアステリが続けた。
「イリニが聖女をやめたら、この城での関係は終わるんだぞ。分かってんだろ」
今は彼女の一番近いところにいる。隣に立てて、話も出来て、たまに淋しいと分かったら抱きしめることだって出来てしまう。
でもそれはこの城にいる間だけだ。
イリニが聖女の力を失い、彼女の望む東の国へ行ってしまえば、もうその隣には立てない。彼女の望んでやまない自由の最たる姿だから笑顔で肯定したい事なのに、別れの風景を考えるだけで苦しくなる。
「……分かってるさ」
上掛けを握りしめると寝ているイリニが身じろいだ。
様子を見れば起きていない。今更がが、その態勢はきつかったか。
「寝かせるか」
「お前、動けんのか?」
「ああ」
なるたけベッドが軋まないようにおりて、起こさないよう極力ゆっくりと背中に腕を回して傾かせ、崩れたところを膝裏にもう片方の腕を通して抱え上げて、静かにベッドに降ろす。
幸いイリニが起きることはなかった。
そして客間とはいえ、自分の使うベッドにイリニが寝ているのを目の前にして、昨日の今日でこそばゆいものを感じてしまう。
「ムッツリが」
「黙れ」
見てなくても分かるぞと言われ内心面白くない。健全な男の反応というやつだ。
「昨日さっさとヤッてりゃよかったじゃねーか」
何度も組み敷いたさ、頭の中で。
それを現実にしたくなかったから意識を飛ばした。
「イリニが俺を好きになったらだ」
「へーへー、この格好つけ野郎が」
確かに格好つけはまだ改善されない。
けど好きな女性を目の前にしたら大体そんなもんじゃないのか。
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