魔王と呼ばれる元聖女の祝福はラッキースケベ

参(まいり)

26話 ラッキースケベスライム


「アギオス侯爵令嬢はシコフォーナクセーに害を与えない。俺も帰る気はない」
「ええ、兄様はそう父様に報告されているんですよね? けれどアギオス侯爵令嬢の身柄はパノキカトにあり、シコフォーナクセーからすれば他国の人間です。その人物がシコフォーナクセーの土地に築城し、い続けることが問題なんです」

 やっぱり住民票移動とか、固定資産税納付とかしないとだめなやつかな?
 いや今はそこじゃないかな?

「父様も兄様の事を心配されているんですよ?」」
「俺がどうにかする。お前達は帰れ」
「あの女性関係に困ることのなかった兄様ですら落ちない女性なんでしょう? 来る者拒まずで寛大な兄様に靡かない女性なんてそういないのに、聖女様は駄目だったんでしょう? 父様は僕と代わってでも兄様の帰城を望まれています」
「駄目だ」

 エフィの機嫌がさらに悪くなった。
 しかも私の前では心内がよく分からないエフィの素性が明らかになっちゃったけど、聞いててよかったのかな? 女性関係に困ることがなくて、来るもの拒まずで、なびかない女性がいない。想像できないけど弟殿下が言うのだから事実だろう。

「エフィって遊んでたんだ」
「おい」
「学生の時?」

 アステリが苦い顔をして後頭部を乱暴に掻いた。

「……あいつの名誉の為に言っとくが、あいつには本命がいる」
「なのに遊んでたの?」
「ちげーよ。女と付き合ったことがないってんじゃねえけど、お前が考えてるような不誠実なやつじゃねえ」
「そう」
「お前、俺の言ったこと信じてねえな?」
「参考にはしてるよ」

 だからハグ係とか言い出したの? 女性とのハグなんて余裕ですがなにか的な? けど私はウェルカムな感じでハグされていない。

「歓待されない私は女性として落第?」
「はあ?」
「だってエフィ、私に対応かたかったから」
「あー、それなー」

 アステリが言葉を濁す。あいつが言うべきことだからなとブツブツ言っている。

「兄様、もしかして」
「なんだ? 話はもういいだろ? 早く帰れ」
「聖女様のこと、本気だったりします?」
「なっ!」

 エフィが明らかに動揺した。後ろ姿だから、表情見えないけど驚いてそう。

「そ、そんなわけないだろ! なんでそうなる?!」
「兄様?」

 必死すぎ。
 そこまで否定することないじゃない。女性落第の印、押される私の身にもなってよ。

「お前、エフィの言うこと鵜呑みにすんなよ」
「はいはい」
「鵜呑みにしてんな?」

 弟のカーリーだって私のこと女性扱いしてくれた。あーもーまた思い出しちゃうじゃん。
 エフィだって家族と一緒にいたいだろうし、城に戻れって王陛下も仰ってるなら戻った方がいい。
 でもその障害が私だ。私がパノキカト国民なのに、シコフォーナクセーにい続け、聖女として保護もできていないから、任務不履行も兼ねて帰城が命じられてしまった。
 本来あるべき場所へ帰るだけで元通りになるのに、エフィがいなくなると城が静かになりそうな気がした。
 エフィのいない城かあ。ちょっと前の話なのに、どうしてもエフィがいない城を考えられない。

「お?」
「どうしたの?」
「あれ」

 アステリが指差す。
 二個師団がざわつき始めた。

「た、隊長! スライムが!」
「落ち着いて、負傷者は?」
「い、いないですが、服が!」
「え?」
「服が溶けます!!」

 ブフォと隣のアステリが吹いた。
 まずい。

「やらかした」
「なかなか面白えな!」
「成程、服だけ溶かされ裸になってしまうのか」

 だんまりだった後ろのドラゴンが納得~みたいな雰囲気になっている。ほっこりしてる場合じゃない。
 大地の隙間からにゅるにゅるわいて出てくるスライムは的確に人間だけ狙って引っ付いてくる。騎士と魔法使いの皆さん、色々すみません。

「てか、エフィだけが被害者じゃないし」

 アステリに訴える。エフィだけラッキースケベの被害があると指摘してたけど、今日はエフィ以外の皆さんが被害者だ。個人特定のラッキースケベは起きないが立証された。
 意気揚々と訴える私にアステリは肩を落として「はあ?」と呆れた声を上げる。

「お前、自覚ねえの?」
「え?」
「エフィに帰ってほしくないんだろ?」
「え?」
「だから邪魔な二個師団をラッキースケベが襲ったんだろ」

 私にとってラッキーだから、スケベが二個師団を襲う?
 エフィが帰城しなければ、ハグ係がそのままで私の淋しさが緩和される。エフィがいないと淋しいってことだ。
 エフィのいない淋しさを回避するために、私のラッキースケベは私にとってラッキーと思える叶え方をしてきた。

「……うそ」
「自覚ねえのかよ」

 モヤモヤするなとは思っていたけど、アステリの言う通りなの?

「……ラッキースケベ」

 エフィが周囲を探る。
 キョロキョロあたりを見回して、距離がある中でばっちり目が合ってしまった。
 まずい。

「アネシス、少し待ってろ」
「兄様?」
「すぐ戻る」

 と、エフィが消える。

「イリニ」

 一瞬で私の目の前に現れた。
 アステリと同じ転移を使うなんて可能なの? エフィは魔法使いではなくて騎士だ。多少の魔法は使えても、転移魔法は高度すぎて手が出せないはずだ。

「待っ」

 驚いて一瞬怯んだ隙に抱きしめられる。
 来るなって言ったのに、と小さな囁きがおりてきた。

「弟さん、私に用があるんでしょ。だったら私が」
「これは俺の問題だ」
「でもエフィ帰らなきゃで」
「俺は、この城に……イリニのいる城にいたい」
「え?」

 ぎゅっと抱きしめる腕に力が入った。

「イリニが許してくれるなら、この城に帰りたい」

 駄目だろうかとエフィが問う。
 さっきのアステリが言ってた言葉はどうやら間違いじゃないらしい。エフィがここに戻りたいと言うだけで、じわりと胸の内側があたたかくなった。
 抱きしめられたまま小さな声で返す。

「エフィに、帰ってきてほしい」

 抱きしめる腕が僅かに震えた。

「エフィがいない城は、嫌」

 そうか、と掠れた声がおりてくる。

「必ず戻る」
「うん」

 城で待っててくれと言われて頷いた。
 しばらくして眼下のざわつきがおさまっていく。
 エフィの腕の隙間から見ると、スライムは自ら地面の隙間やら森の方へやら帰っていった。するりとエフィの腕が解かれ離れていく。

「後で」
「うん」

 見上げた瞳はいつもと変わらなかった。あっさり転移で弟殿下の元へ戻っていく。
 私はアステリにお願いして城の中に戻った。城内、玉座の間でアステリと一緒にエフィの動向を見ることにする。
 ラッキースケベで服が失われた人達は後退してるみたいだけど、エフィに立ち向かう数は少なくとも一個師団と少しぐらいは残っていた。

「兄様?」
「お前は帰れ。無理だというなら力付くで帰ってもらう」
「……この数相手に力付くで?」
「ああ」

 誰がどう見ても無茶だろう。
 騎士のトップに立つエフィでもだ。特に魔法使い相手なら、同じように魔法を使わないと対抗できない。
 騎士のエフィに大量の魔法使いを相手にできる魔力があるの? いくら転移という高度な魔法が使えても無茶な話だった。

「少し骨が折れるな」
「いくら兄様でも二個師団再起不能にするには魔力が足りませんよ」
「全部使い切ればいいだろ」
「無茶苦茶ですって」

 もういいだろ、とエフィが肩を鳴らして弟殿下の制止を振り切った。

「やる気が出た。久しぶりに本気出す」

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