魔王と呼ばれる元聖女の祝福はラッキースケベ

参(まいり)

25話 弟殿下、来訪


「イリニ、人が来たぞ」
「最近来てなかったのに珍しい」

 ディアボロスが大きな翼をはためかせて城に戻ってきた。
 アステリに視線を移せば、きちんと見えていたらしい。
 いつもは淡々としているのに、珍しく神妙な顔をしていた。

「知ってる人?」
「あー、まーな……てかお前も知ってるはずだぞ」

 となると、外交、社交、貴族院で出会った人間になる。

「誰?」

 アステリがちらりとエフィを見た。

「……アネシス・アスファレス・パネモルフィ」

 エフィがぴくりと分かるか分からないかぐらい小さく反応した。

「それ、誰?」

 名前だけじゃ分からないんだけど。あ、待った。姓はパネモルフィってことは。
 アステリのかわりにエフィが応えた。

「俺の弟だ」
「王子殿下?」
「ああ」

 シコフォーナクセー第四王子殿下、アネシス・アスファレス・パネモルフィ。
 まさかまた王子殿下が来るなんて思ってもみなかった。社交界で彼がいた記憶がないから貴族院で顔を知っているところだろうか。年齢的なものもあるだろうし、シコフォーナクセーは第一王太子殿下からエフィまで代わる代わる来ていたから、第四王子殿下まで順番回ってこなかったのかもしれない。

「魔王討伐?」
「討伐はねーだろ」

 最近は私に関する新聞の記事も小さくなってきてたし、訪問者もほぼいなかった。
 よりにもよって国代表が来るなんて考えていない。可能性としてはエフィがここにいるから、連れ戻しに来た系かな? どこのヒロインなの、エフィったら。

「お前の弟って、宮廷のお抱え魔法使いだったよな?」
「ああ」

 エフィの表情が暗い。弟が来て嬉しくないの?

「魔法使いで編成された一個師団と、お前の直轄一個師団つきだぞ」
「……俺が行こう」

 長い溜息をついてエフィが言葉を落とす。

「え? 迎え入れなくていいの?」
「いい。イリニはここにいろ」
「用があってここに来たんでしょ?」

 二個師団で来てるなら、やっぱり私の討伐が目的なんじゃない? 魔王モードと俺つえええモードで勝てるから問題ないし、エフィの弟なら手加減もする。
 けどエフィは語らず、首を横に振るだけだった。

「エフィ、でも」
「これは俺の国の問題だ」

 頼むから来てくれるなよと言って外へ向かう。カロが当然のようについてく。
 私はだめで、カロは許される。

「ふうん」
「納得いかなそうだな」
「せめて来た理由ぐらい聞きたかったわ」
「なら、行くか?」
「でもだめって」
「遠くから眺める程度なら問題ねえだろ」

 アステリがパチンと指を鳴らせば、あっという間に外だ。
 転移の魔法をこんなに気軽にできるのはアステリぐらいなんだろうな。

「おや、イリニも見学か?」
「まあね」

 ドラゴンがよく見張りに立つ場所だった。背後にドラゴン、眼下にエフィとカロが見える。城から出てきた二人に丁度弟殿下に近づくところだった。

「ここからじゃ話聞こえなくない?」
「聞こえるようにしてる」
「ん、ありがと」
 
 アステリの準備が早い。おかけでテレビを見てるぐらい、よく聞こえた。

「兄様、久しぶりです」
「アネシス」
「僕の来た理由分かってますよね?」
「……ああ」

 弟殿下、可愛い系だ。
 なんだか自分の弟カーリーのことを思い出してしまう。人懐っこい笑顔が懐かしい。

「カーリーどうしてるかなあ」
「ん? お前の弟?」
「そ。両親と一緒に離島に避難中のね」

 念の為ってことで、手紙のやり取りは一切していない。やり取りをして、それを逆手にパノキカトが家族を追い詰めてきても困るからだ。

「元気かなあ」

 考えてしまうと、会いたい気持ちがわく。
 十歳で聖女になってから、聖女の仕事と国としての仕事ばかりで、両親と弟にまともに会ってた時間なんてなかったのに、余裕がでて自由な今、ふつふつと会いたい気持ちが出てきてしまう。私の心はご都合的で不思議なものね。

「兄様にしては手こずってますよね? 随分時間かかるなーと思って」
「……まだかかる。今日は帰れ」
「んー、それもちょっと。父様が気にされてるんですよ」
「……」

 国王陛下が気にかけてる案件かあ。自国内で起きているし、私はパノキカトのせいじょだった。当然気になる案件だろう。挙句時間も結構経過している。国として放置してていいのかと問われる線まで来てしまったのだろう。

「僕が命じられたのを、自分がと言って行かれたぐらいだから、僕も気になっていたんです」

 エフィの目的は、私の身柄の保護、それだけだった。
 そういえばエフィはこの城に住むって言ってから、私の保護の話を一切してこない。
 今みたく多少なりとも親しみがあるようになったなら、改めて保護の話を出してきてもおかしくなかった。
 目的のために友好的な態度を見せ信頼を得る。初対面なら当然拒否される案件も信頼の度合いで変わるからだ。

「父上には報告をあげてるだろ」
「それでもです」
「なんだ、お前とかわれって?」

 エフィの機嫌が悪い。やっぱり私の前だとまだかたいのね。
 キャンプ以来、少し肩の力は抜けたと思ってたけど、私の前での不機嫌と弟殿下の前での不機嫌はやっぱり違う。

「ええ、それもありますし、今日この場で聖女様を確保するよう命じられてます」

 なにそれ。私、犯罪者みたい。犯人現行犯です的な?

「力付くで?」
「ええ。兄様が聖女様の雷に打たれたという話もあったので、騎士と魔法使いで二個師団用意しました」

 エフィに俺つえええしたのが広まってた。まあ山の上でやらかせば、麓の王都からもよく見えるよねえ。

「加えて、兄様の帰城も命じられています」

 弟殿下の言葉がじわりと腹の内を撫でた。
 エフィが王都に帰る? この城を出るってこと?

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