魔王と呼ばれる元聖女の祝福はラッキースケベ

参(まいり)

13話  ラッキースケベのハグ係(エフィ視点)


「お前もまた思いきったなー! うけるわ」
「この城、割と快適だしねえ。綺麗で可愛い女の子が沢山いれば言うことないのに」
「カロ、遊びに来たんじゃ、」
「はいはい。そういうエフィは聖女ちゃんの為に同居申し出たくせに」
「ぐっ」

 アステリがイリニと同じ場所に住んでいるのが許されるなら俺だっていいだろ。
 彼女が婚約破棄を言い渡された日、アステリは俺とカロにイリニを助けて逃がすと端的に話してパノキカト王城を去った。
 その後は適当にやると言っていたから、てっきり彼女の元を離れたのかと思っていたが、実際は今までずっと一緒にいたという事だ。
 僅かとはいえ、イリニと同じ屋根の下にいる。
 事情が事情だろうが納得がいかなかった。
 それが可愛いくもない嫉妬なのは重々に理解している。アステリがイリニの事を深く理解し、より仲が深まっているのも嫌で仕方ない。イリニにはこの心内を知られたくないが、気持ちが抑えられなくて隠すのが難しかった。

「カロ、イリニの前でそう呼ぶなよ?」
「聖女ちゃんてやつ?」
「そーだよ。あいつ聖女やめたがってるし、聖女として見られるのも嫌がってるしな」

 ほら。
 こうして理解者ですと言わんばかりに彼女の気持ちを代弁する。納得がいかない。

「いつの間に、そんなにイリニの事を知ったんだ」
「はあ?」

 おま、ちっちぇえと呆れられる。
 ほぼ初対面の俺と、命を助け共にこの城にいて彼女を支える男とでは、親密さは雲泥の差だ。そう簡単に埋まるものではないと理解している。これは完全に八つ当たりしているだけ。

「ラッキースケベにかこつけてハグできたんだからいいじゃねーか」
「それは……」
「役得だったろ?」

 何も返せない。令嬢を理由もなく抱きしめるなんて通常の礼儀の範囲ではする事ではない。
 彼女も嫌がっていたし、相当恥ずかしい思いをしていたはずだ。けど、華奢な身体を抱き寄せて腕の中で緊張を解き力を抜く彼女を腕に感じて嬉しかったかと問われれば当然だと言えてしまう。

「ラッキースケベとはなんだ」

 イリニの力について説明をうける。
 聖女としての力を強めてしまったイリニは、感情の機微だけで強い魔法を発動してしまう。それを種類別にモードという名称に分けたのだそうだ。ラッキースケベは淋しい思いがあった時で、偶発的にいかがわしい状況を作り出し強制的に相手に触れてしまう魔法だと言う。

「ああしないと治まらないなら仕方ない」
「内心ウハウハだったろ」
「ふざけんな……本来男女の触れ合いには順番があってだな」
「このムッツリが」
「ぐっ」

 アステリは見ようと思えば他人の心内が見える。俺のイリニへの邪な気持ちはとっくの昔に知られていた。
 前から俺がイリニを好きな事も知っている。

「傍から見れば、お前が聖女ちゃん好きなの誰でも分かるぞ?」
「カロ……」
「まあ本人には伝わってないだろうけど」

 なら安心だ。
 男の沽券に関わる。
 彼女の前ではなるたけ格好よくスマートでないといけない。格好良い隣国の王子として見えるようにしないと。

「お前、そのままだと性格誤解されたままになんぞ」
「イリニに良く見られるなら、なんでもいい」
「緊張してガチガチなだけだろ」
「……」

 まあ確かに言葉遣いも堅苦しいし、表情筋も固まりきっている。
 寡黙で真面目すぎる男に見えているかもしれないな。それがイリニにとって好感が持てるなら、そのままでいいんだが。

「お、話をしてればなんとやらだな。イリニ」
「!」

 顔を向ける。
 イリニは書庫に置かれた広く大きなソファに座り本を読んでいた。一人で読んでればよかったのに、余計なものが側にいて眉間に皺が寄った。

「なんだ、またラッキースケベか?」
「おー、ここ二日なかった反動じゃないか?」

 彼女の後ろに座る人型魔物の足の間にイリニが座り、魔物に寄り掛かって本を読んでいる。人型魔物はイリニの読む本を後ろから覗き込んでいた。傍から見たら恋人たちのようだ。

「ふーん。何された?」
「アステリ、聞かないでよ」
「尻触られた」
「ディアボロス!」

 イリニが顔を後ろに向け、人型魔物に恥ずかしさを混じらせながら怒っている。
 自分への態度と違って面白くない。こっちは剣を向けられ爆発までして、ラッキースケベで抱きしめる時は拒否された。なのに目の前の魔物には触れさせている。

「エフィおさえろって」

 耳元でカロが囁く。
 腹の底から熱い何かが競り上がった。子供じみた嫉妬だ。それが殺気にならないよう努めて隠す。怖がらせるわけにはいかない。

「イリニ」
「なに?」

 思っていた以上に低い声が出た。
 けどイリニは全く気にしてない。返事こそすれど視線は手にしている本に一直線だ。
 イリニと俺を交互見たディアボロスが、腕の中のイリニに問うた。

「イリニ、人間増やしたのか?」

 頭から角が生え、畳んではいるが翼がある。間違いなく魔物の男が、不思議そうに首を傾げた。

「うん。アステリの友達なのよ。しばらく城にいるみたい」

 今はアステリに城の中を案内されている途中だった。イリニに「好きに書庫使って」と言われ、分かったと短く応えるだけの味気ないやり取りに悲しくなる。
 違う、こんなはずじゃない。
 もっと沢山話して笑ってもらって、そこそこ好感を得て、それなりに認めてもらえたら、その内改めてまた婚約を申し込もうと思っていたのに。彼女はまったくつれない。他人事だ。

「お前……」

 じっと俺を見ていた人型魔物が、何を思ったかイリニの頭に自分の顔を乗せ、その頬をぐりぐりと寄せてきた。目が見開かれたのが自分でも分かった。

「ふーん?」
「ディアボロス、本読みにくいからやめて」
「んー」
「イリニ」
「なに?」

 再度彼女を呼ぶ。
 相変わらず視線は本のままだった。

「ラッキースケベは抱きしめれば解除されるんだな?」
「え?」

 アステリから話は聞いている。
 人恋しい、つまりイリニが淋しいと感じる時にラッキースケベが起きる。
 彼女の淋しい気持ちを満たせば治まる。一番手っ取り早いのが抱きしめることだと聞いた。

「今後ラッキースケベが起きたら、全部俺が君を抱きしめる」
「え?!」

 ブフォと隣と後ろで吹き出した。
 なんだ、あいつら。
 そしてさすがに驚いたイリニが今度は本から俺を見てくれた。どんなに印象を変えようとしても、イリニはイリニだ。真っ直ぐこちらを見てくる。

「ディアボロスと言ったな。今後、その役目は俺が引き受ける」
「んー? いいぜー?」
「ちょっと勝手に決めないでよ」
「俺はエフティフィア、エフィと呼んでくれ」
「分かった」

 握手をする俺とディアボロスを見つめながら、イリニが眉間に皺を寄せていた。

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