魔王と呼ばれる元聖女の祝福はラッキースケベ

参(まいり)

11話 ラッキースケベ


「ふむ」

 轟いていた雷が城に当たり、一部を壊していたらしい。穴があいていたので、そこから城内に戻った。
 風属性の時と比べると被害が最小だ。爆発した第三王子殿下が少しずつ降下して城内に戻っていくからそれを追って私も城内に戻る。
 にしても、第三王子殿下はとても丈夫だった。手加減したとしても、俺つえええモードの攻撃を受けたら意識は保てないと思っていたのに、ボロボロだけどしっかり自分の意思で城に戻るなんてすごい。
 まあ意識があろうがなかろうが、これで諦めてくれるでしょ。
 城内に戻れば、焦る側近とお説教の一つでもたれそうな険しい顔のアステリが待っていた。

「帰ってくれる?」
「……しかし、」
「はいはーい、帰ります!」

 ちゃら男くんはきちんと状況読んだ。えらいぞ。

「ま、また明日、来る」
「ええ? 来ないで……」

 肩を支えられながら、しぶとい第三王子殿下は帰っていった。
 静まる城内に長い溜息が響く。アステリのものだ。

「お前な?」
「ごめんて。モード解くにはやりきらないとだしさ」
「俺のダチだっつったろ」
「お友達割で、かなり手加減したよ?」

 アステリの友達だから快く迎えたいけど、国の代表として来てるなら、敢えて嫌われるぐらいやって二度と来ないようにしないと面倒なことになりそうだもの。
 土地の使用権とか建築物や居住に対しての税金は後々お手紙でも出して払う手続きすればいいだろうし、短期間滞在を許してもらえれば後は接触なんていらない。
 幸い、自国パノキカトからは無事婚約破棄の手続きも済んで受領の書類も届いていた。後はさっさと精霊王に接触して聖女やめるだけなんだけどなあ。

「アステリ、友達いたんだね」
「ひでえな。いるわ」
「どこで出会ったの? 社交界? でもあんまアステリ社交界来ないし」

 シコフォーナクセーの第三王子殿下なら公の社交界で何度か顔を見た記憶はあったけど、あまり深く話すことはなかったはずだ。精々挨拶ぐらいで、会話は元婚約者である王太子殿下がしていた。

「貴族院でだ。エフィもカロも同じ学年だったろうが」
「そうだっけ?」
「あー……まあお前いつも一人でいたな。取り巻きがたまにいるぐらいで」
「やめてよ、取り巻きと呼べるほどの仲じゃない」

 聖女というだけで崇めようとするような人間はこちらからお断りで、取り巻こうとする人間には塩対応を貫いた。そうすれば自ずと私の周囲に人は集まらなくなったし、婚約者である王太子殿下はピラズモス男爵令嬢に夢中で私の元に来ることはない。
 学生時代に見切りつけとけばよかった。一度目と二度目の私はあんなのが好きだったなんて浅慮だったなあ、遠い目しちゃう。

「はあ……いいわ、もう寝よ」
「エフィたぶんまた来んぞ」
「俺つえええモードの直撃くらって来るわけないじゃん」

 魔王という存在の恐怖を体験してまた来ますなんてドMなんじゃないの?

「んー……あいつは特殊というかなあ」
「随分お友達をかってるのね」
「イリニ」

 アステリが何か言いかけるのを無視して自室に戻る。
 学生時代、特別な友達は作らなかった。王太子妃になることもあり、公平を期す為に敢えて作らないようにするしかなかったのもある。でも本当は。

「いいな……」

 ベッドに潜り込んで、ぽつりと囁く。
 アステリが力の強さ故に孤独だと勝手に思い込んでいたのは私だ。その勝手を裏切られ、羨ましがるなんておかしいわね。
 友達いるなんて羨ましいって思ってしまった。


* * *


「うそ、来たの?」

 掃除でもしようかなとはたきを持って玉座の間に入ったら、既に第三王子殿下と側近が来て待っていた。
 誰だ入れたの。
 誰もいないと思ってたから油断していたじゃない。何事もなかったかのように三角巾をとる。昨日の魔王としての威厳が全然ない姿だった。

「アギオス侯爵令嬢」

 相手の眼差しが少し悲しそうに見えて、眉根を寄せて目を細めた。なに、私を見てその顔するなんて失礼じゃない?

「アステリを呼ぶわ」
「いや、俺は君と話が」
「結構よ」
「しかし」
「アステリの友達なんでしょ? 今呼んで来るから」

 友達かあいいなあなんて、また考えてしまったのが良くなかった。昨日は寝るっていうから誤魔化せたけど、今は誤魔化せない。

「待ってくれ」

 王子殿下が去ろうとする私の手をとった。
 反射的に手を払い、振り返ろうとして足がもつれた。

「うわ」
「君、」

 玉座は段差の上にあるから、必然的に僅かな階段を転がり落ちることになる。
 それを王子殿下は私を抱き寄せ守ろうとした。その時にやっと気づく。
 やば、モード発動してた。

「……」
「っ……大丈夫、か?!」

 状態に気づいた王子殿下の語尾が跳ね上がる。
 そりゃそうだろうな。

「……大変申し訳ございません」

 ゆっくり顔を離した。
 私の顔はものの見事に王子殿下の股の間、端的に言えば股間にダイブしていた。
 よりにもよって今発動することないのに。

「……い、いや、問題ない。そ、それよりも怪我は?」
「ないです」
「そ、そうか」

 すると聞き慣れた足音が聞こえた。
 遅いよもう。

「お、なんだお前ら……ああ、ラッキースケベモードか?」
「え? ラッキー?」
「アステリ……」

 側近のちゃら男くんが身体震わせながら笑いを堪え、アステリには見下ろされながら指さされる。

「股間を枕にでもしたんだろ?」
「アステリ!」
「なんだよ。ホームシックだろ? 昨日なかったから不思議だったけどよ」
「これ以上喋らないで!」

 恥ずかしいわ。
 初対面の人にラッキースケベのことは知られたくない。
 これが聖女の力なんておかしいもの。

「あ、待てイリニ」
「違うんだから!」

 城の天井から何かが降りてきた。
 途端、出入り用の大きな扉からなだれ込んで来る城に住んでる魔物たちには、どれも植物の蔓が巻き付いている。

「やっぱりイリニだ」
「ラッキースケベね!」
「ひえ」
「ぎゅする?」

 天井から降りてきた蔓がアステリや側近を捕らえようとしなる。生易しいものではなく、それはとても速い。目の前の第三王子殿下はかわしつつも勘違いしているのか私を守ろうとしている。
 攻め狂う蔓をかわしながら、アステリがこちらを見た。

「くっそ、おいエフィ! 今すぐ! イリニを抱け!」
「え?!」

 素っ頓狂な声が真上から聞こえる。
 だめ、それはいや。

「ばか、抱きしめんだよ!」
「え?」
「だめ!」
「人恋しい時にラッキースケベが起きんだよ! さっさとハグしろ!」

 祝福のパワーアップで今すぐにでも解消して欲しいのがラッキースケベモードだ。
 淋しい思いが形になったモードがラッキースケベ。
 友達いるアステリが羨ましくて、友達がいないのが妙に淋しくて、人恋しい思いが具現化するところまで膨れ上がっていた。
 その結果がこれだ。
 もう本当、すごく、恥ずかしい。

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