魔王と呼ばれる元聖女の祝福はラッキースケベ
5話 聖女、テンプレおつな婚約破棄を飾る
私が婚約破棄を言い渡されるのは、公の社交場だ。三度目になってやっとギャラリーが沢山いるのは助かると思えるようになった。
「イリニ・ナフェリス・アギオス! 今この時をもって、貴様との婚約を破棄する! 今まで聖女と謀り続け王国を陥れた罪、万死に値する! 真の聖女はここにいるパンセリノス、お前は偽物だ!」
「……」
テンプレおつ、と言いかけて止めた。
三度目だ。仕方ないから黙って言い終わるのを待とう。
「アギオス侯爵令嬢が?」
「何かの間違いでは?」
「アギオス家は代々聖女を排出する家柄、間違いなどないはず」
周囲の動揺はごもっともだ。
私の家系は魔力が強く、歴史の中で何度も聖女を排出してきた。
まあそれも目の前の元婚約者には意味ないし、周囲のひそひそも彼には聞こえていない。
「王国を陥れた罪、死をもって償うがいい!」
「そんなバシラス! それだけはいけないわ!」
残酷すぎると涙目になりながら、元婚約者にしなだれかかる新聖女は多少なりとも良心は持っているらしい。死ぬのは駄目だと聖女様は国に尽くして下さったのにと擁護してくれている。
元婚約者はそんな新聖女の話を一切耳に入れず、彼女に笑顔を向け優しく肩を抱く。
私にはここ数年向けられたことのない笑顔だった。
「パンセリノス、ああリズ……これは次期王として必要な事なんだ」
「バシラス、考え直して」
私を擁護してくれるのはありがたいけど、この国の王位継承権第一位の王太子殿下を気安く名前で呼ぶものじゃない。二人きりならまだしも、今ここは公の場だ。
ともあれ、この三文芝居に付き合う義理はない。
「王太子殿下」
発言の許しをもらう。
見据える元婚約者は心底不快だと言わんばかりに醜悪な顔で私を見下ろしていた。
これが一度目と二度目の頃は好きだったのだから不思議なものだ。
「私は王国を陥れたこともありませんし、聖女であることに変わりはありません」
「嘘を言うな! 聖女と偽り、国民を騙し続け、国費を浪費し続けていたではないか!」
「聖女の認定は神殿を通して行われます。ですが、私は神官長から聖女でなくなったと聞かされておりません」
「はっ! そんなのリズが俺の目の前で、俺の怪我を治したのが証拠だ! 指の傷をいとも簡単に治したんだぞ!」
その程度なら初歩の魔法で治せる。少なくとも魔法を学ぶ場である貴族院に通っていた学生なら基本の基だ。
確かにこれからのシナリオを考えれば、彼女は近く祝福を受けて聖女になるけど、社交の場というオーディエンスが多い場である以上、話題にするならもっと聖女らしいエピソードを持ってくるべきだ。こんなにも浅慮だと先行きが不安になるな。
溜息が漏れた。
私が聖女として、この国をどういった魔法で守っているか知っているの?
この人、馬鹿なの?
「国費についてですが、聖女にあてられる費用は全て辞退させて頂いております。私は侯爵家の私個人の資産を使用しただけで、国費には一切手を付けていません。それは殿下の方で確認できるのでは?」
「言い訳など見苦しいぞ! やはりお前は断罪されるべきだ!」
これ以上見苦しくも抵抗するなら、俺自ら鉄槌を下すまでだと、腰につる下げられた上等な剣を抜く。
周囲から悲鳴があがった。
何から何まで、一度目と二度目と同じね。
「よろしいでしょう、殿下。私の……聖女の祈りはなくなりますが、構わないのですね?」
「祈りなど何の役にも立たないだろう!」
「聖女の魔法も必要ないということですね?」
「そんなもの最初からあるわけがない! 嘘をつくな!」
この国を守っている聖女の魔法、それは結界だ。国一つを祈りという形で魔法をかけて、外敵や災厄から守っている。この聖女の祈りという魔法でこの国は繁栄してきたというのに、この男は何も分かっていない。
やっぱりこの人馬鹿ね。
「王太子殿下の御言葉は王陛下の御言葉と見做します。よろしいですね?」
「そうだ! だから今ここでお前は死ぬ!」
「お断りだ」
地の底を這うような言葉が紡ぎ出される。
それが自分の口から出てきたものなのに、割と内心感心しつつも驚いた。
「え?」
私の顔を見て元婚約者が怯み、一歩足を後ろに引いた。
きっと今の私は、瞳を鋭くし、全身で怒りを纏っているに違いない。
おおよそ聖女とは掛け離れた姿だろう。
「嘘に塗り固められた話に乗って死ぬ気はないですねえ」
「な、え?」
「ネフェロマ魔法使長」
落ち着きったいつもより低い声で呼べば、一人の魔法使いが人の輪の中から出てくる。
王国専属の魔法使い部隊のトップ、アステリ・ガラクシアコ・ネフェロマ伯爵だ。
齢十五にして現部隊トップに踊り出て、二十歳になった今でも他に及ばない世界最強と謡われる魔法使い。
「な、何故魔法使長が……」
「ご協力をお願いしましたので」
「この、悪女がっ!」
「はっ」
鼻で笑ったら、元婚約者である王太子殿下の顔が引き攣った。
私と魔法使長の足元に浮かび上がる魔法陣は、私たちを囲うように現れ光っている。
「何を」
「死にたくないので」
「な、」
雰囲気は不穏なまま、侯爵令嬢として綺麗な礼を一つ、そして笑顔で元婚約者を見つめて言い切った。
「殿下とは今後会うこともないでしょう。御機嫌よう、さようなら」
光と共に私と魔法使長はその場から消えた。
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