オールFでも実は本気出したら無敵なんです!!〜美人女神にお願いされたら記憶が無くても異世界だろうが行くしか無い〜

長縄 蓮花

14話 我思う、故に我あり

 あの女神のことだ、何か条件を呑む代わりに提示したのだろう。
 美人で性悪な女とはタチが悪い。
 密かに心で愚痴を吐く。



 なんとなく“扉”について知れたところで、ララに聞いておきたい事がある。

 今さらこんな分かりきったことを聞くのも時間の無駄かも知れないが、重大なことを確認しとかねばならなかった。

「ララ、君は俺と同じ世界からこの異世界にやって来たのか?」

 またもや、ララは物憂な顔をして答える。

「……うん」
「――やっぱり……やっぱり、ルークスは覚えてないんだね……」

 ララを見つめることしか出来なかった。

 俺はこの子に会ったことがあるのか?
 先ほどから感じる愛くるしさや、守ってあげたくなる気持ちは、記憶がなくなる以前の俺が抱いていた感情の断片がフラッシュバックしている現象なのかも知れない。


「――み様」
 良く聞き取れなかった。

「女神様にはもう会った?」

 やはりあの方が関係していた。
 まあ、俺たちにこんな人外な力を授けることができるのは同じく人外な者だけだ。

 俺が首を縦方向に動かすと、ララは続けて掠れるように小さな声で質問する。


「ーーその時どこで生まれたか聞かれなかった?」
 なぜそれを知っている? あの女神の冷え切った表情、闇に光る金色の瞳が脳裏によぎる。

 ――「上出来だ」――

 あの時は気にも留めなかったが、このタイミングでララが出生を尋ねきた事実が、恐怖に似た寒気に変わりが俺の体をそっとなぞった。

「き、聞かれた。さっきも答えたように、クリアナと答えた……」
 急に自分の答えに自信が持てなくなっていた。
 確かに存在していると思っていた記憶が、誰かの記憶を上書きしただけに過ぎないハリボテの物に思えてくる。

「そっか」

 その短い返事が逆に俺の不安を強烈に掻き立てる。
 ララは俺のことを何処まで知っている。

「ララ、俺のことを教えてくれって言ったらどうする?」

「――ごめんね。ルークスの魂については話せないの。本当にごめんね」 
 
 誓約か……。

「あたしのあたしのことは聞いてるのかな?」

「聞いてるも何も、俺がこの異世界に飛ばされた理由は、“彼“と呼ばれる人の願いを叶える事なんだよ。そしてその願いってのが君の手助けをして欲しいというものだ」

 怖かった。このお願いがもし俺の居場所や存在を否定するものだったら、俺は心を保つことができなくなると思った。
 しかしこれを聞かないことはそれこそ俺のこの世界での存在を自分が否定することと同義だろう。

 恐怖からか、いつもより音程が高い声で質問する。

「ララ、俺に対するお願いってなんなんだ?」


 ララはその質問を最後まで静かに聴くと、背もたれに全体重をかけた。



「ーーごめんね! ……あっ、あたしやっぱりまだ眠いからまた寝ちゃうね! ルークスもシャルちゃんが帰ってきたらしっかりごめんなさいするんだよ!」

 突然そう言って立ち上がり階段を駆け足で駆け上がる。
 自称お母さんの綺麗な琥珀色の瞳には光るものが溜まっているようにも見えた。


「――俺とあの子はどんな関係なんだよ……このモヤモヤする感じはなんなんだ」

 何故あの子は記憶を保持したままこの世界に来れた?
 俺の出生には何か隠されている。
 そして俺は果たしてあの子が知るルークス・アルフレッドなのか? 


 俺が俺と認識している俺は元の世界の人間からしたら俺なのだろうか。

『我思う、故に我有り』なんてものは強者の意見だ。
 
 扉にしてもそうだ。なんで俺の方が消耗が激しい?
 魂とはなんなんだ。

 分からない事が分かれば分かるほど分からなくなる。

 静寂の客間には、時計が正確に一定のリズムで時を刻む音のみが響いていた。




 ――時計の音が六百回ほど俺の鼓膜を揺らしたとき、玄関からシャルルさんの買い過ぎた荷物が先頭で入ってきた。


「ちょっと買い過ぎちゃったー。坊やちょっと手伝ってくれるー?」
 無表情でその任務をこなす俺を見たシャルルさんが、まるで歴戦の名探偵の如く的確に状況を分析した。

「椅子が二つ机からはみ出てる……これは坊やとララ様がしっかりテーブルにつき、話し合いをした証拠ね。でもさっき坊やが座っていた場所の反対側の椅子。はみ出し方が乱暴だわ。これは勢いよく椅子を引いたという事」

「よって、坊やの誘い方にロマンが無さ過ぎて、ララ様が怒って部屋に帰ってしまったということになるわね!」
 どうしてそこまで辿り着いて、盛大に間違えることが出来るのか。
 でもツッコむ気にもなれなかった。

「とまぁ、冗談はさておき何かあったのね」
 落ち着いた声に戻ったシャルルさんが心配そうに俺を見つめる。

「――そうですね。少し混乱しています」


「じゃあ坊やお姉さんとデートしよっか」
 普段なら飛び跳ねて喜ぶべきスペシャルなイベントだ。嬉しくないというわけではない。
 しかしその感情を飲み込むほどに、ララの悲しい顔が俺の心を曇らせる。


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